アーティスト

川上椰乃子インタビュー
──日常の隙間から

聞き手・文/REIJINSHA GALLERYスタッフ

何気ない日常を洗練された感性ですくいとり、描き出す川上椰乃子。
日本画ならではの余白の美に包まれた風景は、どこか愛おしく、見る人の心をやさしくほどいていく。REIJINSHA GALLERYで二度目となる個展「黄金風景」が5月9日(金)から始まるのに合わせ、その想いや制作背景についてギャラリースタッフが話を聞いた。

 

◆日々を描きとめる

《天使の背中》画像

《天使の背中》2025年 墨、顔料/楮紙 27.6×37.0cm

 

──今回の個展DMに使わせていただいた作品『天使の背中』、本当に素敵でした。どのような経緯で制作されたのでしょうか?

ありがとうございます。こちらは当初DM用として使う予定はなく、身近なものを描いていくうちに自然と生まれた作品です。
今回の個展ではこのほかにも天使をテーマにした作品が数点あるのですが、本作では自分にとっては一番ローカルな天使であるキューピー人形を描きました。可愛らしさを象徴する正面だけでなくもう少し違うところも見てみようと思い、背面から描きました。
結果的に本展のテーマとした「物事の多面性」を端的に示すものとなったかと思います。

──川上さんの作品は街並みや、日常の一場面を描いているものが多い印象です。モチーフ選びの基準や、そうしたテーマを描くようになったきっかけについてお教えください。

あまりモチーフを選んでから始めるという感覚はなく、どちらかと言えば日常生活の中で目にとまったものに対して描きたいと気持ちが動いたら制作に取り組むことが多いです。これは自分の性格の良くない所でもあるのですが、待っているばかりでなかなか制作に繋がらないので、最近は過去のスケッチや記録などを元に、当時や特定の情景を思い出して絵にすることも増えました。いずれにせよ日常風景に基づくものが多いです。
また、私は自分の目の行き届く範囲以上のものに対する想像力や興味が乏しいこともあります。逆を言えば自分の把握できる範囲や出会った物事に対してだけは、できる限りの誠意をもって向き合っていきたいというところは、モチーフを選ぶときに共通するポイントかもしれないです。もちろん単純に「愛おしい」という動機だけで筆を取ることもあります。
テーマ選びのきっかけは定かではないですが、おそらく家庭環境の影響は少なからずあるかと思います。人並みに家族問題はあれど、ありがたい事に私は幼少の頃よりのびのびと過ごさせてもらい、日常の中に沢山の喜びや面白みが転がっていること、日々を楽しむことの豊かさと、同時にその難しさも感じさせてもらえました。
何か特別な経験はしていませんが、今まで享受してきた日々が現在の私の制作スタイルとなっているのかと思います。ややのびのびしすぎて社会への適応に時間のかかる体質となってしまいましたが…とにかく常に面白い母をはじめ、家族や出会ってくれた仲間には心から感謝しています。彼らの存在が制作の着想源となることも多々あります。

川上椰乃子「幼少期の写真」

幼少期の川上椰乃子

──画中の余白や色彩がより一層、物語性を生み出しているように感じます。描く際に心掛けていることはありますか?

私は絵画においてモチーフと空間の関係は切り離せないと考えております。それは対象を立体的に見せるためのというより、どちらかと言えば臨場感という意味合いでの空間です。
先に申し上げましたように、日常で心に残った情景を「わざわざ絵にする」際に自分のすべき仕事は、写真では言い表せないような臨場感を出す事だと思っています。選択した情景の何が良いと思ったのか時間をかけて整理していくと、モチーフやモチーフの中の不要な要素や必要な余白などが見えてきます。画中の空間や色彩の配分はそれによって決めているので、どうしても自身の目で見たり、感じたりした経験が必要となります。
わざわざお伝えすることではないかも知れませんが、そういった描いていない部分を鑑賞者の方が自由に想像し補うことで成立する作品を目指すことで、私なりの他者との対話を図っております。まだまだ近作を振り返るたびにその精度は甘く、時として独りよがりになってしまったと恥じることもあるので、今後も研究していきたいと考えております。
また、写真や映像などから速写的な良さを学ぶことも多いにあるので、できる限り写生も重ねて、図像としての美しさの追求も必要だと日々痛感しているところです。

──ご自身で額装や表装をされているとお聞きしました。特にこだわっている点はありますか?

最近は既成のものやオーダー品の額縁を使用しておりますが、作品の周りに付ける裂などの装飾は、作品の雰囲気や色味に合わせてその都度自身で付けています。
よく美術館などで掛軸や額装作品を観て気に入り、作品集などを買ってみると、作品画面以外はトリミングされてしまっていて少し残念に思うことがあります。作品の持つ魅力には、表装が成す役割も大いにあると私は思うのです。
先人の作品には様々な伝来があり、当初とは全く違う表装や形式にされてしまった事例も多々あります。しかし、そこには作者だけでなく、その時々の持ち主の方がよりその作品を楽しみたいという想いが感じられて面白いです。
私は作品を買っていただくのがゴールではなく、所有した方それぞれに楽しんでいただくことを目指しているので、作品内容はもちろんのこと、なるべく表装も意識していきたいと思っています。
掛軸や屏風など表装自体にも面白みがある東洋絵画の敷居を下げたいのではなく、単純にもっと身近な鑑賞形態として見ていただければ良いなと思います。中には前提知識を必要とするものもありますが、美術館に収蔵されている国宝も、私だったらこんな風に飾りたい、こんな表装にしたいな、と妄想するくらいは許されているはずです。

川上椰乃子《銀に蜘蛛》画像

《銀に蜘蛛》2024年 墨、顔料、アルミ箔/楮雁皮紙 30.0×60.0cm

 

◆「制作」と「研究」のあいだで

──日本画に関心をもったきっかけは何でしょうか?

小さい頃から勉強や運動は苦手でしたが、絵や工作などの創作をするのは大好きでした。我が家には高価なものではないものの、絵画や掛軸、小磯良平のリトグラフや藤田嗣治のポスターなどもよく飾られており、そのせいか美術への興味はいつからかわからないくらい昔からありました。その頃はそれら作家のほか、黒田清輝や萬鉄五郎など日本の近代洋画に対する興味がほとんどだったように思います。
日本画自体に関心を持った明確なきっかけは自分でも定かではないですが、前述したように家庭内に転がっている美術にまつわる物の中に、横山大観や菱田春草、奥村土牛など近代日本画家の画集やカレンダーなどもありました。それが妙に自分にとって心地いい存在でした。また高校生の時に展覧会で目にした竹内栖鳳の作品に惹かれるなど自然と居心地のいい日本画の方を向くようになった気はします。

──大学院では文化財保存学を専攻されたとのことでしたが、日本画制作とは少し異なる分野かと存じます。関心を持たれたきっかけをお教えください。

これまで申し上げた通り、私はかなりのんびり育ててもらったため、将来画家として生きていきたいという気持ちは常に根幹にありつつ、お恥ずかしいことにそれ以外の考えがなさすぎて、大学卒業を控えたころは大変悩みました。そのまま同じ日本画の大学院で学びたいという思いもありつつ、本当に贅沢なことですが、そのまま好きな仲間と慣れ親しんだ場所にいては、環境に甘えて自分を見失う危険があるとも感じていました。その時、新たに視野を広げていけそうな分野として、文化財保存学という存在に直感的に惹かれました。文化財の修理や装潢技術などの仕事には元々興味はありましたが、正直いうと、この分野への関心自体は大学院に進学して勉強するうちに徐々に湧いてきたように感じます。

──文化財保存学の研究を通して新しく得た気づきや、作品制作に対する想いの変化はありましたか?

保存修復日本画研究室の学生として在籍していた頃は毎日とにかく覚えること、やるべき事が多く、目の前のことで精一杯でしたが、知識だけでなく様々な先生や仲間、考え方など、ここに来なければ得られなかった沢山の出会いがあったことは、今後の人生においてとても貴重な経験となりました。
私は修士・博士課程ともに明治の日本画家、川端玉章作品の模写を通して、近代日本画形成の上での伝統技法の役割を研究テーマに扱ってきました。最後の円山派とも言われる玉章に、時代の転換機に立たされる画家の有り様を垣間見、ただ「好きだから」という理由だけで辿ってきた私自身の文脈を、今一度見つめ直す良い機会となったと感じています。
また修理や装潢などの実習を通し、伝統的な素材や手仕事の美しさに感動するとともに、昔の作品や技術が今日まで伝承されてきた事実に、作家として自分がやるべき事と、やらなくて良い事を整理するきっかけとなったと思います。それは制作のたびに考えていることなので明確な答えは現状出てはいませんが。

 

◆少しだけ新しい毎日を

川上椰乃子 《黄金風景》画像

《黄金風景》2025年 墨、顔料/楮紙 50.2×69.0cm

 

──今回の個展タイトルは太宰治の短編『黄金風景』から引用しているそうですが、どのような想いでつけられたのですか?

太宰治は昔から好きな作家の1人で、本作はその中でも好きな作品です。作者は比較的暗く破滅的な作品の方が有名ですが、私はそんな彼の描くユーモラスで穏やかな作品にとても惹かれます。
本作はとても短い作品なのですが、その中に激しい言葉や強い印象を与える行為はなく、明瞭な表現で人生における出来事の受け止め方について優しく描かれている所が、どんな環境に生まれた人でも共感できる内容なのではないでしょうか。「黄金風景」という題も幻想的でありながらも物語を端的に示す言葉であるところが好きです。
おこがましくも最近の私自身のやりたい仕事内容とリンクしていると感じて、タイトルを拝借いたしました。

──REIJINSHA GALLERYでは2回目の個展となりますが、2021年の前回と比較して気持ちや制作の面で変化があればお教えください。

前回の時点ではそれまでで一番広い空間での展示でしたので、作品の数や大作を用意したりなど、あまり展示全体を通した内容にまで意識を向けられなかったように思います。今回はそういった点で、展覧会の副題についてもそうですが、当時より考える余裕ができたかも知れません。
制作の変化については、内容や表現に合わせて様々な種類の和紙を基底材として選定するようになりました。また鑑賞者の方が感じられるかはわかりませんが、以前よりも絵の外側を意識して制作するようになったかと思います。

──本個展へお越しになる方々へメッセージをお願いします。

本展では日常の中で出会う事物に垣間見られる、様々な表情に焦点を当てた作品を展示いたします。
対象と正面から向き合った時に見える側面には、それまでの常識が覆されることも、想定内で安心することもあります。悪いことの中にある良いことやその逆も然り、いずれも対象の中に新しい相手を見つける事が生活に広がりをもたらすのだと思います。今回は表現においても、自分なりに違ったアプローチで取り組んだものも複数点ございます。
皆様の「いつもの風景」がより豊かになる一助となれば幸いです。

──それでは最後に、今後の制作や展示で新たに挑戦したいことがありましたらお教えください。

もう少し大きな作品にも取り組む機会を増やせればと思います。作品サイズは絵の良し悪しにはあまり関係ないと思っていますが、単純に大きな対象を描いてみたいという気持ちもあります。そのために遠方での取材もできたら嬉しく思います。

 

伝統的な技法に学びながら、研究を通してこれまでの制作を振り返ることとなった川上椰乃子。新たな視座から紡がれる日常の多面性は、私たちの心に優しい余韻を残すことだろう。川上椰乃子個展「黄金風景」はREIJINSHA GALLERYで5月9日(金)から始まる。

 

[Profile]
川上 椰乃子 Yashinoko Kawakami
1995年
東京都生まれ
2018年
東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業
2019年
FACE2019損保ジャパン日本興亜美術賞展(東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館/東京)
Seed山種美術館日本画アワード2019未来をになう日本画新世代(山種美術館/東京)
2020年
東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画修士課程修了
FACE展選抜作家小品展2019(REIJINSHA GALLERY/東京)
第1回三越伊勢丹・千住博日本画大賞展(日本橋三越本店/東京)
個展「小さな話」(銀座中央ギャラリー/東京)
2021年
個展(フリュウ・ギャラリー/東京)
第30回奨学生美術展(佐藤美術館/東京)
個展(REIJINSHA GALLERY/東京)
2023年
東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画博士課程修了
個展(画廊宮坂/東京)
個展(松坂屋上野店/東京)
2024年
個展「旅の途中」(海風美術店/三重)
第11回郷さくら美術館 桜花賞展(郷さくら美術館/東京)
個展「-家族へ-」(新生堂/東京)
現在、東京都にて制作
東京藝術大学大学院美術研究科文化財保存学専攻保存修復日本画研究室教育研究助手
・Instagram:@yashinoko.kawakami
・webサイト:https://yashinoko.com/

 

2025年の展示情報
「やっぱり日本画が好き」
会期:2025年6月4日(水)~6月10日(火)
会場:丸善丸の内本店

「THE ANIMALS 銀座×国立」
会期:2025年9月8日(土)~9月13日(土)
会場:銀座中央ギャラリー

個展
会期:2025年9月16日(火)〜9月21日(月)
会場:Art Gallery TOKYU PLAZA GINZA

「Group AXIS -千住博と日本画の未来- vol.2」
会期:2025年9月17日(水)~9月22日(月)
会場:日本橋三越本店