アーティスト

萩原亜美インタビュー
──融解する現実と虚構

聞き手・文/REIJINSHA GALLERYスタッフ

映画のように物語を紡ぎ、絵画として昇華させる萩原亜美。
その没入感のある画面は観る者と作品の境界すら曖昧にしていく。
REIJINSHA GALLERYで二度目となる個展「Dissolution of Boundaries」が8月22日(金)より開催されるこの機会に、その想いや制作背景について、ギャラリースタッフが話を聞いた。

 

萩原亜美《The Hand》

出展作品《The Hand》2025年 油彩/キャンバス 24.2×33.3cm

 

◆“手”が語る物語

──今回の個展DMに使用された作品『The Hand』はどのような作品なのでしょうか?

『The Hand』は、バーで数人がテーブルを囲んでポーカーをしている実際の場面を切り取って描いた作品です。タイトルは“手札”という意味で、プレイヤーの手は無言の会話を交わし、駆け引きの緊張感や親密さを物語っています。酒のグラスやチェイサー、使い込まれたテーブルはその場の空気や時間の蓄積を暗示し、観る者をその一瞬に引き込むようにしています。「境界の融解」という個展タイトル通り、誰もがどこかで経験したことのあるような風景が鑑賞者自身の記憶を静かに呼び起こし、個々の過去の断片や感情と作品とが重なり合うことで深い没入を促すように構成しています。

──それぞれトランプの持ち方や飲み物の選び方の違いなど、細やかな描写に目を引かれますね。
人物を描くうえで意識されていることはありますか?

目と手の描写は、人物を描くうえで特に意識している部分です。『The Hand』は実際の光景をもとにした作品のため特別な作為は加えていませんが、それでもカードの持ち方や指先の動きなどに自然とその人らしさがにじみ出ていると感じています。今回の展示でも、前回に引き続き“手”にフォーカスした作品が多いです。「目は口ほどに物を言う」という言葉がありますが、手もまた、その人の内面や背景を語ると考えています。

──なるほど、そういった視点でアートを見ると新しい発見がありそうです。
ところで、こちらの『The Hand』は会期前にもSNSで多くの注目を集めました。以前はSNS運用に苦手意識があると話しておられましたが、今回の反響をどのように受け止めておられますか?

率直に言って、自分が描いた一枚の絵にこれほど多くの方が反応し、何かしらの感情を動かされていることに驚きました。同時に、どこか不思議な気持ちも抱いています。
今回の反響はほとんどが海外からのもので、特に「これは私の至福の時間です」とコメントしてくれた方々が印象に残っています。絵を通して、国や文化を越えて日常の小さな共通点のようなものが浮かび上がったことに、深い感慨を覚えました。

 

◆変わるもの、変わらないもの

出展作品《Paradise》の制作風景。黒い絵の具で形をとった後、ピクセル状に色が置かれている。

出展作品《Paradise》の制作風景。黒い絵の具で形をとった上に色を重ねている。

 

──2022年に初めてインタビューさせていただいた際には「いつか映画を撮りたいという願望と、絵を描きたいという願望の二つを合わせて“絵画の中で映画を撮ろう”と考えた」と話しておられました。当時は脚本やイメージボード制作といった、まさに映画を思わせる制作過程が印象的でしたが、3年を経て制作方法やスタンスに変化はありましたか?

現在は、描画手法を“ピクセルシェーディング”に固定するようになりました。今回の展示作品の多くも、この手法で描かれています。
技術的な話になりますが、キャンバスの地の凹凸を残したまま、真っ黒の絵の具を最初に置き、それをピクセル状にシェーディングしていきます。その後、明るい部分に色を重ねていくという、独自のプロセスです。この方法は、油絵特有の“ぼかし”とは真逆で、画面上で絵の具を混ぜたりなじませることはほとんどなく、まるでパズルを組み立てるように、色を一つひとつ配置していきます。この手法は、効率的かつストレスなく制作を進めるために非常に有効で、作業時間を大幅に短縮できるだけでなく、強いコントラストによってドラマチックな画面効果を生みだすこともできます。今後より大規模なストーリーボード作品に取り組むにあたり、表現力とスピードの両立が求められる中で、自分にとって最適な方法だと感じています。

出展作品《Temperature of the Borderline》の拡大図。四角く置かれた絵の具部分に”ピクセルシェーディング”の特徴が見られる。

作品の拡大図。四角く置かれた絵の具部分に”ピクセルシェーディング”の特徴が見られる。

 

──萩原さんといえば、たくさんの映画をご覧になっている印象があります。前回の個展以降の2年間で印象に残っている作品はありますか?

ドキュメンタリー作品です。世界情勢が不安定な今、フィクション以上に心を揺さぶられる瞬間が多くありました。中でも『サウンド・オブ・フリーダム』(2023/アメリカ)、『マリウポリの20日間』(2023/ウクライナ、アメリカ)、『ビヨンド・ユートピア 脱北』(2023/アメリカ)は特に強く心に残っています。どれも最前線で命懸けで撮影された作品で、今この世界で何が起きているのか、何が正義で何が悪なのかを真摯に伝えようとしている姿勢に圧倒されました。リアルに基づいた圧倒的な説得力があり、見終えた後も長く考えさせられるものでした。ほかにも『どうすればよかったか?』(2024/日本)、『正義の行方』(2024/日本)など、ドキュメンタリーならではの視点を持った作品から多くの刺激を受けています。
こうした作品は娯楽ではないですが、だからこそ見過ごしてはいけないものだと思います。映画は誰かの創造を映しだすだけでなく、現実を伝え、他者の経験を追体験することで視野を広げる手段にもなり得る——そんな映画の力を、改めて実感させられました。

──現在、特に心を惹かれるテーマや注目している題材はありますか?

モチーフはさまざまですが、直接的であれ間接的であれ、私は常に「人間」を描いていると思います。これからも、人を理解するために描き続けていきたいと考えています。
中でも特に関心があるのは、道徳心や理性、つまり“人が人であるために最低限持つべき姿とは何か”というテーマです。ラース・フォン・トリアー監督の『ドッグヴィル』という作品は、その問いに対して強い影響を与えてくれた一本です。非常に真面目で深い映画で、ざっくり言えば「人の不道徳さを許してはならない」という内容なのですが、そのテーマがずっと頭から離れません。こういった題材を絵で表現するのは容易ではありませんが、だからこそ、自分なりの答えを画面に落とし込めたらと願っています。

出展作品《Before the Ceremony》の制作風景。

出展作品《Before the Ceremony》の制作風景。

 

◆自己と他者の境界に

──今回の個展タイトルである「Dissolution of Boundaries」は、日本語では“境界の融解”と訳されます。どのような意味が込められているのでしょうか?

「Dissolution of Boundaries」は、“自分”という存在の輪郭が、他者や外の世界との関わりによって少しずつ溶け変化していく──そんな感覚から付けたタイトルです。育ってきた環境や価値観、信念といった、個々が持つ「内側」の境界線が、外部との接触を通じて揺らぎ、新たな形へと変容していく意味を込めています。
作品を通して描きたかったのは、その曖昧になっていく瞬間の空気感や、境界線がにじむように交わる場面です。個人と他者、現実と虚構、演じる側と見る側、そうした境界が曖昧になることでこそ立ち現れる、人間らしさや本質のようなものがあると感じています。

萩原亜美《Temperature of the Borderline》

出展作品《Temperature of the Borderline》2025年 油彩/キャンバス 53.0×33.3cm

──本展の見どころなど、展示をご覧になる皆様にメッセージをお願いします。

鑑賞者が自身の経験や感情と重ねながら、その「融解」の感覚を追体験できるような展示になれば嬉しいです。本展ではあえて説明を限定せず、観る人の解釈に委ねる余白を大切にしています。

──今後の目標や挑戦してみたいことはありますか?

今回は比較的小さな作品が中心となりましたが、次の展示では、より物語性のある、まるで一編の小説のようにストーリーを感じさせる作品を制作できたらと考えています。そのためにも、これからはより多くの文学作品に触れ、自分が本当に描きたいものとは何か、どんなテーマに最も強く心が動くのかを、丁寧に見つめ直していきたいと思っています。

 

作品を通じて人々の営みや世界のあり様を見つめる萩原亜美。その視線は登場人物の一人ひとりに対してどこまでも誠実に、温かく向けられていた。
個展「Dissolution of Boundaries」は、REIJINSHA GALLERYにて8月22日(金)より開催される。

[Profile]

萩原 亜美 Ami Hagiwara
静岡県生まれ
2019年
グループ展「Bijo展」(ASAGI ARTS/東京)
個展「Deep Psyche」(清水港湾博物館フェルケール博物館/静岡)
2020年
静岡大学アート&マネジメントコース卒業
めぐるりアート静岡 2020「箱の生活+」“Life in the Boxes Plus”(東静岡アート&ス
ポーツ/ヒロバ コンテナ・アートベース内ギャラリー及び外壁)
2022年
第1回Gates Art Competition人物部門 グランプリ受賞(Gates The Virtual Art City)
Gates Art Competition グランプリ受賞作家展 –萩原 亜美–(Gates The Virtual Art
City)
2023年
個展「Palm-Sized Stories」(REIJINSHA GALLERY/東京)
個展「TIME: Broaden the Scope」(Art Gallery TOKYU PLAZA GINZA/東京)
2024年
CULTURE ART PARK2024 ArtSticker Selection(代官山蔦屋書店/東京)
ART ART KOBE - ArtSticker SELECTION-(大丸神戸店/兵庫)
30の顔2024(REIJINSHA GALLERY/東京)
2025年
個展「Dissolution of Boundaries」(REIJINSHA GALLERY/東京)
現在、静岡県にて制作
<メディア>
ArtSticker【連載】アーティストインタビュー|萩原亜美
Twitter @OscarSolanum
Instagram ami.storyboard

萩原亜美展2025DM

[information]
 萩原亜美 Dissolution of Boundaries
・会期 8月22日(金)~9月5日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery