アーティスト

春日佳歩インタビュー
──命を食べる、命を見つめる

聞き手・文/REIJINSHA GALLERYスタッフ

春日佳歩《惨くて、美味しくて、》2020年 油彩/キャンバス 130.0×162.0 cm

《惨くて、美味しくて、》2020年 油彩/キャンバス 130.0×162.0cm


雑然とした部屋の中で食べ物を頬張る下着姿の女性と、見慣れた料理の間に垣間見える血の滴るような獣の残骸。生々しい死の気配とほとばしるような生命力が混在する画家・春日佳歩の作品は、観る者の心に強烈な印象を残すことだろう。
2025年9月12日(金)からREIJINSHA GALLERYで個展「-血と肉-」を開催するのに合わせ、同ギャラリースタッフが作品に込めた想いについて話を聞いた。

 

◆理性と本能のはざまで

──2020年に第38回上野の森美術館大賞展にてグランプリにあたる絵画大賞を受賞されて以降、第59回昭和会展、第87回新制作展、FACE展2025など、数々の公募展にて受賞を重ねてこられました。
まさに快進撃ともいえる活躍ですが、これらの評価をどのように受け止めておられますか?

ありがたいことに、これまで多くの公募展で評価をいただく機会に恵まれてきました。
私は“不安”や“恐れ”をテーマに描いているのですが、受賞することで自分の表現が「それでいい」と肯定され、後押ししていただいているような気持ちになります。それは私にとって大きな自信となっただけでなく、作家としての活力であり、お守りのような大切な存在です。いただいた評価に恥じぬよう、今後も生き方や制作と向き合い、自分自身の作品や感情が、より多くの方に届くような制作に繋げていきたいと考えています。

──春日さんの作品といえば、下着姿の女性が貪るように何かを食べているシーンが強烈な印象を残します。春日さんにとって「食べる」という行為には特別な意味があるのでしょうか?

食べるという行為は、最も生きることに直結した、本質的な欲求だと思います。
その一方で、理性では制御できない動物的な本能が露出する瞬間でもあり、理性と本能、その両極が同時に現れる行為だと考えています。
命をいただくという行為には、常に残酷さが伴い、私にはそれに対する嫌悪感や罪悪感があります。けれども本能には逆らえず、感謝と葛藤が混じり合うような複雑な感覚を抱きながら食事をとります。この矛盾や複雑さこそが「食べる行為」によって現れる理性と本能の混在であり、このような感情が私の制作において重要な軸となっています。

──なるほど、春日さんの描く食事シーンには野蛮さがありながら、食べ物をもてあそんだり軽んじているような印象を受けなかったのは、そこに理性ゆえの葛藤があったからなのですね。
一方で、下着姿の女性、そして女性用の下着という、一見相容れないモチーフを描くことにはどのような意図があるのでしょうか?

自然界や生き物全体を通して見ても、衣服を身にまとう生き物は人間だけです。
私は衣服を、人間特有の「理性」の象徴と捉えています。一方で、他の動物と同じ裸の状態は「本能」を象徴するものと考えています。この「理性」と「本能」、相反する二つの性質を併せ持つ人間の中途半端な在り方を、私は下着姿として描写しました。服でもなく、裸でもない…。その曖昧で中途半端な状態が、理性と本能の狭間で揺れる人間の姿を象徴していると感じるからです。
下着姿の不思議さや滑稽さは、人間そのものの不安定さや矛盾を映し出しているように思います。そして、その違和感や異常性が、観る側にとって「人間」という生き物を客観視するきっかけになったら嬉しいです。

 

◆部屋と蟻

春日佳歩《溢れて、打ち寄せる》2024年 油彩/キャンバス 91.0×116.7 cm

《溢れて、打ち寄せる》2024年 油彩/キャンバス 91.0×116.7cm

──浴室や玄関など、春日さんの作品は室内が舞台となっていることが多いように思います。なぜでしょうか?

作品に登場する室内は、単なる背景ではなく、私自身の心の風景そのものです。
私は「部屋」を自分の内面を象徴する空間として捉え、一方で「外の世界」は、他者との関わりや自然界を表すものとして意識しています。外の世界には秩序や他人、果てには生態系が広がっていますが、部屋という空間はそれらから切り離された、より個人的で繊細な感情や思考が渦巻く場所です。
例えば、食事に対してグロテスクな印象を抱いてしまったり、心の内側が植物などの外的な存在によって侵食されていく感覚も、私の中だけで起こり、悩まされている出来事です。そうした心の在り様を描く場として、作品における「室内」は、私自身の内面空間となっています。

──食べ物や下着以外に、春日さんの作品においては昆虫もよく取り上げられるモチーフです。どのようなところに魅力を感じておられますか?

もちろん、虫の見た目の可愛さやかっこよさは、私が惹かれる要素の一つです。しかしそれ以上に、私が強く惹かれているのは、虫たちの「生き様」です。
虫は、生物として最もまっとうに生きている存在だと感じています。小さい体ながら、ひたすらに生きることだけを考え、多くの子孫を残し、ときにはメスや子どものために自らの命さえ差し出す。そうした在り方には、同じ生き物としての純粋な憧れと、強い尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。私にとって虫は、生物としての本質を体現している憧れの存在です。

作品の拡大図。春日作品では蟻がモチーフとして度々登場する。

作品の拡大図。春日作品では蟻がモチーフとして度々登場する。

また、私の作品には必ず蟻を描いています。それは、蟻は「死骸」と「食べ物」を区別しない存在であることに着目し、どんなにグロテスクでも、どんなに美味しそうでも、その二つは同じものであることを裏付ける役割を果たしてくれているからです。

──春日さんの作品で蟻を見つけたら、彼らが群がっている物が「死骸」なのか「食べ物」なのか、価値観を裏返して見るカギになるかもしれませんね。

 

◆鹿を食べる

──少し驚いたのですが、2023年にはご自身の手で鹿の解体をされたと伺いました。

鹿の解体体験に参加したのは、単なる資料収集だけではなく、私自身の制作において大切にしている「死骸」や「食べ物」というテーマに真正面から向き合いたかったからです。
モチーフとして命や死を描く以上、それが現実としてどのようなものであるかを、自分の目で確認する必要があるとずっと感じていたのですが、中でも特に確かめたかったのは、「死骸」が「食べ物」へと変わる、その境界が一体どこにあるのかという点でした。
自らの手で死骸を捌き、肉にして食べる過程を経て、命の質感や重さ、匂い、感触を体験することが、自分にとって確実に必要な物でした。

解体体験の様子。自身も鹿の体に直接触れ、作業に加わった。

解体体験の様子。自身も鹿の体に直接触れ、作業に加わった。

──解体して、食べるところまで……なかなかできない経験だと思います。それらを経て何か変化はありましたか?

もともと私は、食べ物がすべて「死骸」に見えてしまう感覚に以前から悩まされていました。例えば、食卓に並ぶ料理も、それがかつて生きていた命であったことを強く意識してしまい、加工された食品は「ぐちゃぐちゃに形を変えた死骸」のようにしか見えず、食べることに対して罪悪感や嫌悪感を抱くことが少なくありませんでした。ひどい時には動悸や吐き気をも感じ、生きることがままならなくなってしまうほどで。
しかし、実際に鹿の解体を経験したことで、その感覚に少し変化が生まれました。目の前で命が解体され丁寧に部位ごとに切り分けられていくその過程を、自分の手で関わりながら見ることで、「死骸」と「食べ物」の間には、決して乱暴な変換ではなく、丁寧に精肉として処理される工程があることを理解できました。それによって、これまで脳内で混同していた「死」と「食」のイメージが整理され、少しずつですが、食べることに対する抵抗や苦しみが和らいでいるように感じます。
生きるために命をいただくということの重さは変わりませんが、それをより実感と敬意をもって受け止められるようになったのかも知れません。

──食べるという行為が持つ残酷性と向き合った結果、ヴィーガンなど“命を奪わない”ことに重点を置いたライフスタイルを選択する人がいるわけですが、春日さんは異なる形でその事実と向き合われているのですね。
ここまで伺ったことを踏まえたうえで、改めて「人間であること」や「生きる」ことについてどのように捉えておられるのか、お聞きしたいです。

どれだけ残酷に感じたとしても、生きていくためには「食べない」という選択を取ることはできません。人間が理性を突き詰めて考えれば考えるほど、命をいただくことへの葛藤や罪悪感が増して、生きることそのものが辛く感じられることもあります。かといって、本能のままに生きようとすれば、私たちはいくらでも残酷になれてしまう。おそらく、理性と本能のどちらか一方だけでは人間らしさは保てません。
食事の場面で感じる葛藤や矛盾、苦しさ。命の残骸と向き合う恐怖や感謝、そうした感情を抱くことこそが、人間らしさの一つではないかと私は思います。
何の疑問も持たずにただ食べるのではなく、命をいただくことの意味に立ち止まり、考えようとするその姿勢が、人間が人間でいられる手段なのかもしれません。私たちは、理性と本能の間で揺れ動きながら、不安定で、矛盾だらけの存在です。そうした複雑さを抱えて傷つきながらも生きていくこと自体が、人間という生き物としての在り方の一つなのだと捉えています。

 

◆食べること、生きること

春日佳歩 出展作品《血と肉》2025年 油彩/キャンバス 45.5×65.2 cm

出展作品《血と肉》2025年 油彩/キャンバス 45.5×65.2cm

──この度の個展タイトル「-血と肉-」には、どのような想いを込められているのでしょうか?

私たちが食べるものはすべて生きていた物であり、やがて私たち自身の血や肉となって身体をつくっていきます。
食べることは、生きること。その当たり前のはずの行為の中にある、忘れてしまいがちな命との関わりや生き方。そういった感情に目を向けたくて、このタイトルを選びました。

──少々意外だったのですが、本展がギャラリーで開催する初めての個展なのですね。今回初めて取り組まれたことなどはありますか?

今まで公募展での展示がメインとなっていたので、一枚の絵で観る人にどれだけインパクトを残せるかなどが自分の中での課題となっていました。しかし今回の個展では、自分だけの作品空間の中で、観る人が最大限に私の世界観に没入できるような展示を目指したいと思っています。

──ご来場になる皆様にメッセージをお願いいたします。

本展では、「食べること」や「生きること」に向き合いながら制作してきた作品を、自分自身の世界観に沿った構成で展示したいと思っています。
個展という、自分だけの空間を持てるからこそ、より深くテーマに没入し、心情風景などの描写を細部に至るまで表現することができました。展示を通じて、来場された皆様の中に、作品を見終えた後もなお「食べること」や「生きること」への感情や思考、疑問が残り続けるような空間をつくりたいと思っています。
日々の生活の中での新たな視点やふとした気づきが生まれたり、食べること、生きることの意味について立ち止まって考えるきっかけになれば嬉しいです。

──今後挑戦したいことはありますか?

今後の目標や挑戦としては、映像作品の制作に本格的に取り組みたいと考えています。
油絵に身を置く以前は、アニメーション作品の制作をしており、映像という表現方法にはもともと強い関心がありました。現在取り扱っているテーマ「食べることや、人間の生き方」は、油絵という静止画の中で描いてきましたが、それを違うアプローチで作品にすることで、また違った伝わり方や感情の揺らぎを表現できるのではないかと感じています。
まずは、これまでに少しずつ制作を進めてきたアニメーション作品を完成させ、そこからあらゆる表現の可能性を広げて、時間の許す限り制作し続けていきたいと考えています。


食べることは、他の命を奪うこと。ともすると忘れがちなこの事実から目を背けることなく作品へと昇華する彼女の言葉からは、生きることへの強い覚悟が感じられた。その真摯な姿勢が作品に説得力を持たせ、私たちの心を惹きつけるのだろう。
春日佳歩個展「-血と肉-」は9月12日(金)から、REIJINSHA GALLERYにて始まる。

[Profile]
春日佳歩_プロフィール画像
春日 佳歩 Kaho Kasuga
1996年
東京都生まれ
2017年
女子美術大学短期大学部造形学科卒業
2019年
武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業
2020年
第38回上野の森美術館大賞展絵画大賞受賞(上野の森美術館/東京)
2021年
第38回上野の森美術館大賞展入賞者展(上野の森美術館/東京)
昆虫美展~標本とアート~(ego Art & Entertainment Gallery/東京)
2022年
第38回上野の森美術館大賞展絵画大賞受賞者春日佳歩展(上野の森美術館/東京)
2024年
第59回昭和会展日動画廊賞受賞(日動画廊/東京、名古屋、福岡)
ART OLYMPIA 2024 (起雲閣/静岡)
第20回世界絵画大賞展 2024諏訪敦賞受賞(東京都美術館/東京)※’23年伊研賞受賞
第63回ミニヨン展(日動画廊/東京)
FIRST CONTACT(REIJINSHA GALLERY/東京)
第87回新制作展新作家賞、 SOMPO美術館賞受賞(国立新美術館/東京)※’23年新作家賞受賞
FACE選抜作家小品展2024(REIJINSHA GALLERY/東京)
2025年
第87回新制作展受賞作家展-絵画-(シロタ画廊/東京)※’24年出展
FACE展2025優秀賞受賞(SOMPO美術館/東京)※’24年出展
第60回記念昭和会展(日動画廊/東京)※’24年出展、日動画廊賞受賞
第21回世界絵画大賞展2025 特別展示(東京都美術館)
個展「-血と肉-」(REIJINSHA GALLERY/東京)
現在、千葉県にて制作
Twitter https://x.com/kasuga_kaho
Instagram https://www.instagram.com/kasuga_kaho/
作家公式サイト kasugakaho.myportfolio.com

[information]
 春日佳歩 -血と肉-
・会期 9月12日(金)~9月26日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery

■展覧会予定
絵画のゆくえ2026 - FACE 2025受賞作家展
会期:2026年3月7日(土)~3月29日(日)
会場:SOMPO美術館(東京)