コラム

日々是好日 −画家の書斎から−
第8回

      文=佐々木 豊

団体展の功罪

団体展廃止論が猛烈ないきおいで巻き起こったのをご存じかな?
団体展は戦後、いち早く、文化、芸術を主導したのにもかかわらず。
1960年代のことだ。
二科展の初日、上野の森をねり歩く画家たちによる裸踊りが写真入りで、「美術の秋来たる」という季語と共に大新聞の夕刊の第1面を飾ったのだった。
ところが、「読売アンデパンダン展」をはじめとする無監査の展覧会が開かれるようになると、他人の絵を先輩画家たちがふるいにかける権威主義が識者たちに攻撃され、団体展離れが画壇全体に広がったのである。
小生の属する国画会でも大勢の先輩画家たちが去って行った。後進に道をゆずるという美名と共に。会員になったばかりの気鋭の画家たちの退会がどの団体展でもみられた。その後、彼等がどうなったか?

《おんなの部屋》画像

佐々木豊《おんなの部屋》130.3×162.1cm 1978年

団体展、黄金時代のあの頃

その頃、つきあっていた女子美大生から、グループ展の案内状が届いた。会場の銀座の画廊へ出かけた。
入口で彼女が出迎えてくれた。だが、すぐ奥へ消えた。いつもと違ってよそよそしい。奥では1人の男が絵の前で、とうとうとまくしたてている。哲学者風の容貌はどこかで見た顔だ。そうだ、1週間前の読売新聞の夕刊の第1面にアンフォルメル風の絵と共に顔写真が大きく掲載されていた。彼、志賀健蔵は読売アンデパンダン展の若きスターだったのだ。
時、降りて、40年後の世紀の変り目の頃、高知県展の審査に呼ばれて出かけた。
二日間にわたる審査が終って時計を見ると、飛行機の搭乗時間までかなりの時間がある。貸自転車で海の見える公園へ向った。帰りの坂道をおりて来ると、「アトリヱ」と書かれた看板が目に止った。
中へ入ってみると、部屋の真中に大きなトランクが一つ。海外の空港のラベルがべたべたと貼ってある。俺は外国へしょっ中出かけているゾ、とこれ見よがしに。
と、主人らしき男がのっそりと現れ、「絵描きさんですか?」
どこかで見た顔だ。40年前に、銀座の画廊で、まくしたてていた志賀健蔵だ。あいまいな返事をして奥へ目をやると海が見える。そしてブランコが。生徒が来ない日はこのブランコにゆられて1日中海を見て過すんだな。

飛行機の時間が気になったので出口へ向うと本棚が。
美術雑誌がぎっしり並んでいる。小生が連載している雑誌を抜き取り、掲載頁を示すと、
「あ、ササキさん? それ読んでますよ」それからが大変だった。
「仲間を呼ぶから一杯やろう。今夜は、ぜひ泊ってくれ」
「あんたはスターだった」
「二階へおだて上げて、はしごをはずす。それが評論家だ」
と実名をあげてまくしたてる。ひと晩中、悪口を聞かされるのはたまらない。泊るのはよそう。

 

“贅沢な絵描きたち”よ、永遠に

《夜会》画像

佐々木豊《夜会》180.1×227.2cm 2009年

志賀健蔵氏が、いい例だが、60年代以後、主役を演じたのは、無所属の作家たちだった。
その頃、小生は美術関係者なら誰でも読んでいた「美術手帖」誌で作家訪問記を連載していた。岡田謙三、元永定正、前田常作氏らのアトリヱをたずねたが、団体展作家はほとんどいなかった。
ところがである。2007年になって、主要団体展が上野の都美館から、六本木の国立新美術館へ移って、団体展は息を吹き返す。
都美館では100号が限度だったが、国立新美術館では天井の高さが8米近くもある。二紀会の遠藤彰子氏のように1000号の大作を描く作家も現れた。

国立新美術館 外観

国立新美術館 外観

小生の属する国画会の国展は5月に開かれる。「われに五月を」と寺山修司が書いたあの5月である。
会場に出かける度に嬉しそうな入選者に出会う。
「今日はご近所の方々をお連れしたの」
「この前は?」
「小学校の同窓生。来週は、高校の…」
16年前の開館当時、飲食店が二軒しかなかった。
今はどうだ。美術館の周辺は飲食店だらけだ。
遠藤彰子、絹谷幸二の両氏と小生と評論家の山下裕二氏で、世界堂主催の「世界絵画大賞展」の審査をしている。
ある時、気づいた。実作者の上記の審査員はみな団体展作家だ。
このコンクールは、団体展作家のためにではなく、むしろ無所属作家のためにある。変ではないか? なぜだろう。
審査員にふさわしい同世代の実作家がほとんどいない。ま、横尾忠則くらいだ。50年前に、団体展に引導を渡して退会していった連中はみな行方不明。
結論を言おう。毎年、東京のど真中の六本木に、8米の高さの壁面が用意されている団体展作家。この贅沢さ。描かずにいられようか。
会田誠がどこかに書いていた。「団体展は既得権の乱用だ」と。その時、彼は、小生の国展出品作2米大のポスターを新美術館のロビーで見たと、小生との対談で言っていた。口惜しそうだった。

佐々木豊《怪鳥コロナ》 画像

佐々木豊《怪鳥コロナ》 227.3×343.9cm 2023年

佐々木 豊
画家/1935年愛知県出身。1959年東京藝術大学油画科卒業、1961年同専攻科修了。受賞:1959年国画賞(1960年も)、1961年国画35周年賞、1992年第15回安田火災東郷青児美術館大賞、1993年・2001年両洋の眼展:河北倫明賞など多数。1991年〜2006年明星大学教授。日本美術家連盟理事。技法書『泥棒美術学校』(芸術新聞社)は10版を重ねる。他に著書多数。

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