
文・写真=勅使河原 純
リバーサイド・トリオ
戦後の彫刻家・舟越保武に、「笛吹き少年」(1967)という有名な立像がある。通常ブロンズの人物像は、着衣もしくは裸体で、ただひっそりと屋内外に佇む芸術的置物であることがほとんどだ。等身大のこの彫刻も、そうした意図で制作されたことはほぼ間違いないだろう。だがふと手にしたタテ笛を、少年が直接口に当てていることから、見る人たちの印象は俄かに変化していく。清らかで端正な笛の音が辺りを包みこみ、いままさに見る人それぞれに妙なる響きが伝播していくと実感されるからだ。均整のとれた優美なフォルムに、至福の音色が加わることで、ブロンズ像のイメージは否応なく膨らんでいくのである。
以来この笛の効果に、引き寄せられるアーティストは少なくなかった。JR田町駅から海岸通り方面に、5分ほど歩いたところに細長い公園がある。この港区新芝運河沿緑道に3点1組の「リバーサイド・トリオ」(1992)を設置した黒川晃彦などは、さしずめその「音の彫刻家」の典型と云っていいだろう。彼は東京藝術大学で彫刻を学んだ後、ただひたすら楽器を手にした演奏姿を追い求めていくことになる。1989年、初めて人とベンチを組み合わせた、「プリーズ・リクエスト」を発表している。冷たいブロンズ彫刻に人間らしい温かみを賦与し、生活のエリアにそのまま持ちこんだことが高く評価され、さっそく横浜美術館長賞に輝いた。
「リバーサイド・トリオ」ではトランペット、アルトサックス、フルートを吹く人物たちの合奏を、大都会の運河地帯いっぱいに響かせるのである。演奏家の一団は、そこに彫刻家が加わることで、初めて立体作品となる契機が与えられる。だが彫刻家はそれを再び風景の中にもどし、行き交う人々とコミュニケーションさせ、自然そのものに溶けこませてはじめて完成に近づいたと感じるのだ。それにしても三人の演奏家が三つの異なる笛で、緑道の隅々にまで届ける音色とは、はたしてどんな味わいのものなのだろう。

黒川晃彦「リバーサイド・トリオ」(1992)
トランペットは、金管楽器特有の明るく華やかな音色で、ファンファーレのときや突撃の合図の際などに、決して欠かすことのできない楽器だ。同時にまた抑えた演奏によって、内面の切々たる哀愁などを情感ゆたかに謳いあげることもできる、いわば両極の味わいを得意とする器用さを備えた楽器だ。マウスピースに振動させた息を吹きこみ、三本のピストンバルブで音の高低をつけていく。見た目にも力強い動きで人々を惹きつけずにはおかない。

黒川晃彦「リバーサイド・トリオ」(部分、1992)
フルートは長い伝統をもち、高めの音域を得意とする横笛だ。もっとも人の声に近い楽器ともいわれ、細かい音符に即してさまざまな音色を自在に操れる。これ1本でクラシックからポピュラー音楽・映画音楽まで、およそ歌うことができる曲なら何でも吹きこなせるといわれる。吹き口に息を送りこみながら、両手を右方向に大きく伸ばす独得の演奏スタイルは、彫刻に置き直した際にも、十分ヴァイオリンに対抗できる優雅さに満ちていよう。

黒川晃彦「リバーサイド・トリオ」(部分、1992)
一方アルトサックスは、金管楽器の大きくて華やかな音が出せるかと思うと、木管楽器の多音で複雑な演奏にも適した、いわば両者のいいとこどりの楽器だ。さらにはビブラート奏法、超絶技法など、演奏者それぞれの感情表現をとりこむ余地も残されている。そのためポップス、ジャズなどアルトサックスの活躍領域は限りなく広いと云っていい。こうして花形楽器たちがみせてくれる音楽は、明るく華やかな男性的響きに、女性らしい優しく典雅な旋律が混じり、さらには茶目っ気たっぷりなベテラン奏者のアドリブも顔を覗かせ、底抜けに楽しいミュージックとなるに違いあるまい。

黒川晃彦「リバーサイド・トリオ」(部分、1992)
勅使河原 純
美術評論家。1948年岐阜県出身。世田谷美術館で学芸業務のかたわら、美術評論活動をスタート。2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所「JT-ART-OFFICE」を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。