文=松本亮平
私は毎朝の散歩で富士山を眺めている。遠くそびえ立つ富士山だが、丹沢山地の奥で穏やかな表情でこちらを見守る姿は身近にも感じられ、心を落ち着かせてくれる存在である。また時間帯や日によって、雲や雪の状態、陽のあたり方が変わり、見え方が異なるため、その時々の心情を投影することができるのも富士山の魅力の一つだろう。

散歩中に見る富士
聖徳太子と富士山
富士山は古くから霊峰として崇拝されてきた。平安時代の秦致貞の『聖徳太子絵伝』には、険しくそびえる富士山とそれを跳び越える黒馬に乗る聖徳太子が描かれている。その時、聖徳太子は山頂にて、山の神から教えを受けたと伝えられており、富士山がいかに神聖視されていたかがわかるエピソードである。富士山の険しさを強調するために、傾斜は実物よりも急峻に誇張して描かれている。また時が止まったように宙に浮いている聖徳太子が非現実的な印象を与えている。

秦致貞《聖徳太子絵伝(部分)》東京国立博物館
一富士二鷹三茄子
富士山は、江戸時代には「一富士二鷹三茄子」と初夢に見ると縁起の良いものの筆頭となっていた。その由来は徳川家康の好物や家康の隠居地である駿河国(静岡県)の名物など諸説あるが、日本一高い山、富士山を一番の縁起物に据えたのは今となっては自然に思える。礒田湖龍斎の『初夢』では今まさに「一富士二鷹三茄子」の夢を見る女性が描かれている。夢の中と現実の女性が同時に描き出される手法は漫画的であり、縁起物、美しいものその全てを一つの画面に収め、吉祥絵にふさわしい華やかさを獲得している。
私も『一富士二鷹三茄子』をテーマにした作品を複数描いている。本作品では片山楊谷の『朝日鷹図』を下地にして、猫たちが富士山と茄子を描き加える様子を描いた。

礒田湖龍斎《初夢》東京国立博物館

松本亮平 《一富士二鷹三茄子》2024年 アクリル、墨/板 41.0×31.8cm
富士山の造形美
富士山はいかなる山地にも属さない独立峰であり、余計な凹凸も少なく、均整の取れた円錐形ですっきりしたフォルムをしている。今まで見てきた富士山の絵はその特徴を捉えながらもさらに少し誇張して描かれている。
この形状を一層強調し、スマートな富士を描いたのが葛飾北斎である。『冨嶽三十六景 青山円座松』では手前のこんもりとした山のような笠松と遠景の富士山を対比させ、富士山のシャープさを際立たせている。手前の酒盛りに興じる民衆の生活感と、奥の富士山の神聖さの対比と関連づけて見ることもできる。
モネの『モナコ近郊のラ・コーニッシュ』も手前に起伏のある風景を配し遠景に山を据えた似た構図の絵であるが、見比べると北斎の富士山の急峻なフォルムが際立って見える。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 青山円座松》

モネ《モナコ近郊のラ・コーニッシュ》
古くから信仰の対象であり、縁起物として愛され、造形美の極みとして描かれてきた富士山は、日本人にとってかけがえのない存在である。時代を超えて多くの画家たちは富士山の魅力に感化され、独自の工夫を凝らして多くの名作を生み出してきた。私も日々、富士山を眺めその魅力をどのように描くべきかを考えている。過去の作品の精神性、造形性から学び、富士山の多様な表現を探究していきたい。

松本亮平 《白昼夢》2018年 アクリル、油彩/板 41.0×31.8cm
松本 亮平(まつもと・りょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
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