文=小松美羽

苦しみを認識し、葛藤しても、留まらず、
自分が信じる道を深めていきたい。
(今回は「新人アーティストから巨匠と呼ばれるまでの芸術家の経験的段階とは、なんだろう?」という疑問から始まり、最後の文章にその現時点での答えを記して幕を閉じたい)
美術館やギャラリー、公共の場所等で展示を重ねていく経験が増えていくと、幼い頃に私の作品を見たことがあるという子供達が成長していって何かを成し得たという報告を受けることがある。それはとても嬉しいことで、本当に心の底からあたたかくてじんわりとした気持ちになる。
私の個展会場に足を運んでくれた当時小学生だった加藤清志郎さんはその一人で、今は高校生になり、処女作として描き上げた渾身の漫画が「週刊少年ジャンプ」で入選した。作中に描かれた線からはペンのスピードが感じられ、集中力の高さが窺えた。本人に話を聞くと漫画を描くのは好きだけど、多くの漫画作品を読んでいるわけではないそうだ。またイベントなどで絵画作品を展示したり、販売をしたりする行動力があった。
*集英社「ジャンプ次世代バトル漫画賞」入選(受賞作『WHOSE CATHARSIS』は、8月12日に発売された「ジャンプGIGA 2025 SUMMER」に掲載)

小松美羽と加藤清志郎
同じレベルで語っては加藤さんに失礼になるのでこれは余談なのだが、私は学生時代にギャグ漫画を趣味で描いていた。漫画家になりたいというわけではなかったが、私の内なる心から溢れ出るギャグを吐き出す場所が欲しかったのだと思う。無謀にも集英社や講談社から発行されている3雑誌に持ち込みをした、当時の私。編集さんからは「この漫画、そもそも人が出ないけど、うちの漫画は人が出る漫画雑誌なので」や、「あなた、美術の学校に通っているのね……。ちゃんと絵の勉強をして、それでも漫画を描き続けるならまた持ってきなさい」と名刺をもらった。編集さんたちが原稿を読んでいる時、誰も笑っていなかった……。むしろ野生動物の豆知識が書かれていたので、ためになったと言われた。「ふう、これが現実!」と、しょぼくれた日の帰り道に原稿を無くしてしまったのだった。それがきっかけで私がギャグ漫画を描くことはなくなった。原稿を失って何かが吹っ切れたのだと思う……。所詮、私はその程度だった。
だからなのか、当時の私を思い出しながら、目の前で未来を語る加藤さん……いや、加藤先生の熱意を目の当たりにし、先に生きたものとして作品の成長をこれからも見守っていきたいと思った。きっとこれから思いもよらない険しい道が待っていると思う、好きで始めたことなのに「苦しみ」を感じて悩むこともあると思う。でも、それら全てが、きっとその人のために与えられたギフトだと今なら明言できる。

北海道立函館美術館『小松美羽 祈り 宿る』のテープカット
(左から2人目は大泉潤函館市長、3人目は鈴木宗男参議院議員、5人目は向山じゅん衆議院議員)
この原稿を書くキーボードの打つ手を止めながら、ふと思い出したのが、李白の書いた
「夫れ天地は万物の逆旅にして、光陰は百代の過客なり」
という一節だった。
*李白『春夜宴桃李園序』
この一節から、私たちの肉体は地球の要素から構築されたもので、自分のものであって自分のものではないと諭されているように、今一度教えられているように思える。ゆえに、私たちはこの頂き物の肉体という宿にて、どう生きていくのか、どう旅をするのか。その全ての月日のあり方を天が見定めているようにも感じた。
李白の言葉に私は、己の道の険しさのありがたみを感じるのだ。
人は学べば学ぶほど「苦しい」ことを認識し葛藤する。しかし、留まることはできない。時間は動き続ける。肉体も朽ちていく。魂の旅路の終着点が光り輝く安寧の地であるなら、私たちは魂の宿である肉体をどう活用していけばいいのだろうと、自問自答する時間を今どれくらい持てているだろうか。
それは人類だけではなく全ての生きとし生けるもの、生命全てに共通する、時間の制約。生まれて、成長して、死んでいく。この成長期間は長いようで短い。
改めて自分の今を知ることも大切なことなのかもしれない。

自分の今……。私がこの原稿を書いている今は……札幌芸術の森美術館の個展が終わり、巡回展として北海道立函館美術館での展覧会の最中である。大きな展覧会でのキャリアも少しずつ重ねるようになってから、今では周りから「中堅の作家になってきたね!」と言われるようになり、やっと「Midcareer Artist」に足を踏み入れているように感じる。
今まで精一杯駆け抜けてきたからか、そう言われた事で歳月の積み重ね方を振り返るような体験があった。ステージが上がるにつれて、道は険しくなっていくのだろう。山は標高が上がるほど空気も薄くなり、険しい岩道も増えてくる。海は潜ることで水圧も増していく。どんなことでも、突き詰めて深くなっていくことは困難を要する。 私はまだ深いところまで行き着いていないが、これから向かう深層へ、覚悟を持って進んでいく。

小松美羽《黒曜石は旧石器時代のインターネットのようなものだった》(部分)
2025年 黒曜石、木、石膏粘土、ミクストメディア
そうして私は、駆け出し時代からご教授くださっていて、日本を代表するアートアドバイザーである塩原将志さんに改めて、新人とか中堅とか巨匠とか、アート界でのそのような言葉の位置付けってなんなのだろうという疑問をぶつけてみた。そうしたらインラインホッケーの試合の合間なのにも関わらず、ありがたいことに丁寧にわかりやすく回答していただけたので私なりに解釈をし直してまとめてみた。
まず、どの分野でも最初はたいていキャリアを積み始める新人から始まる。アートの世界ではこの初期段階を
「Young Artist」
と呼ぶ。ロールプレイングゲーム(RPG)で言うと、最初の職業設定で芸術家を選択し、初期段階でつく称号のようなものだと考えると分かりやすいかもしれない。まずここから基本はスタートしていく。そうしてだんだんと経験値を上げて称号が上がっていくのだ。
その中でも、
「Upcoming Artist」
「Rising Star Artist」
と呼ばれる方々がいる。新進気鋭のアーティストだとか、急浮上してきた期待の新人であったり、注目の新人をこう呼んだりするそうだ。
そうしてキャリアを積んでいく中で次に呼ばれるのが、
「Midcareer Artist」
ここでは、美術館や多くの展示経験と活動の積み重ね、公共性と認知度、アート業界での経験値、セカンダリーでの取引、価格の信頼性、まだ挙げてもキリがないのだが、多くのキャリアを積んできた人たちのことだ。私は今やっと、この場所まで来て足を踏み込んでいる所。このMidcareer Artistにはさらに、彫刻でのTop、絵画でのTop等ジャンルで細分化されていく
「Leading Artist of the Sculpture」だと、彫刻の分野においての称号で、評価において他より抜きん出ている。

そうしていくうちに限られた少数のアーティストが行き着く場所、そこが……
「Master」
である。そしてさらにその上が、
「Grand Master」
と呼ばれる。経験やキャリアだけでなく、年齢も重なり、重厚化していく。例えばAndy Warholは「Contemporary Old Master」と言われるそうで、さらに細分化されて呼ばれていくこともある。
そして最後は・・・。
「Legend」
なのだ。
称号が上がっていくと、不思議と途中からArtistと言う文字が消えていく。
最後は伝説。それだけ、シンプル。

北海道立函館美術館でのサイン会の模様(2025年9月20日)
全ての人が、この地位まで行くことは難しいけれども、各々の人生における物語の中で自分が自分を理解し生き抜ける物語が、今世の自分の“魂史”における伝説であったらいいなとも思う。与えられたこの宿を、私たちはいかに傲慢にならずに過ごすことができるだろうか。私は時に傲慢な考えになり、愚かで醜い一面を曝け出してしまう。こうして文を書きながら、未来の自分を戒めていくしかない。
アーティストには資格はなく、ランクの基準も明確ではない。だからこそ、素人もプロも関係なくひしめき合って切磋琢磨できる場所であり、厳しい世界でもある。
よし、生きるぞー!描くぞ!

「札幌芸術の森開園40周年記念 小松美羽 ライブペインティング」(2025年6月14日)
小松美羽 祈り 宿る
「Great Harmonization(大調和)」を理念に掲げ、世界的に注目を集める現代アーティスト・小松美羽(1984―)。黒を主調とする銅版画からキャリアをスタートさせ、出雲大社への参拝と作品奉納の体験を経て色の世界に開眼し、近年では、鮮やかに色彩踊る大型の絵画作品や立体作品、さらにインスタレーションへと表現を展開させている。
多様化する表現の中で、小松が一貫して表現しているのが神獣。小松は、幼少期から自分を導く神獣の存在を身近に感じてきたと語る。そして世界中を旅してあらゆる信仰や宗教に神獣が登場することを知ると、やがて世界に共通して人々が天に祈り、祈りを繋ぐ存在が神獣であると確信を得るに至った。すなわち神獣は、小松の理念の中核を成すモチーフであるといえるのだ。
深い瞑想の果てに、神獣が放つ熱をその身に宿し、熱に突き動かされるように筆を走らせる小松美羽。この展覧会では、そうしてかたちを成した神獣たちを中心に、各地の民話や伝説を図像化した連作、独自の宇宙観による大型作品、そして北海道の風土から想を得た新作をふくむ約60点が展観される。

会期:9月20日(土)〜11月30日(日)
会場:北海道立函館美術館
住所:北海道函館市五稜郭町37-6
時間:9:30〜17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日(ただし10/13、11/3、11/24は開館)、10/14、11/25
入場料:一般920円、高大生610円、小中生300円
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳をお持ちの方、付き添いの方(1名)は無料
TEL:0138-56-6311
URL:https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/hbj