
文・写真=勅使河原 純
「ヒルズ」文化の総仕上げ
地下鉄日比谷線の神谷町駅周辺は、かなり高低差の大きい、いわば山地のように入り組んだ地形だ。そこでは大使館やホテルの瀟洒な建物がある高台と、中小のオフィスビルのあいだにときおり戸建て住宅も顔をのぞかせる低地特有の見慣れた佇まいが、連綿としてつながっている。さらに近くには、首都圏のシンボル・東京タワーさえ聳える、尋常ならざるエリアだ。そんな東京の、いわば申し分なく成熟した一画に森ビルが、「ヒルズ」文化の総仕上げといわんばかりの「Vertical Garden City - 立体緑園都市」構想を持ちこんだのは、2013年であった。

「麻布台ヒルズ」高層タワー群
もともと森ビルの「ヒルズ」による街づくりは、「アークヒルズ」開設の1986年に始まっている。以来「六本木ヒルズ」、「虎ノ門ヒルズ」と続いてきたが、この間基本的なポリシーは今日までさほど変わってはいないようだ。一貫して緑あふれる魅力的な都市生活であり、それぞれの歴史や時代との対話を重ねるなかからみえてくる、地元のポテンシャルを最大限に引き上げることだろう。今回の「麻布台ヒルズ」でも森JPタワー、レジデンスA・Bという3棟の高層タワーと、ランドスケープを含むユニークな低層部(ガーデンプラザA・B)からなる「緑に包まれ、人と人をつなぐ『広場』のような街」の全貌が、いまようやく心ゆくまで見渡せるようになってきた。マーケット、レストラン、スパ併設ホテル、ギャラリー、ミュージアムはもちろんのこと、医療施設からインターナショナルスクールに至るまで、いまの住民たちの暮らしに必要なものは、ほとんど漏れなく兼ね備えていると云っていい。

「麻布台ヒルズ」ガーデンプラザA・B

「麻布台ヒルズ」アリーナ
谷筋に沿って、細長くT字型に伸びている「麻布台ヒルズ」のロケーション。いわばその玄関口に当たるのが、ガーデンプラザAからはじまるセントラルウォークだ。桜麻通りという坂道を挟んで、ガーデンプラザBがこれと対峙している。地上の表通りに立って両プラザを見上げた人は、そのインパクトのあまりの強さに思わずハッとするのではなかろうか。ビルのネットフレーム(網目状の建築構造帯)そのものが、飴細工のように溶けだしているようにみえなくもない。いまや通りに向かってグニャリと曲がって垂れ下がり、何とその先端は大通りの地面へとのめり込んでいるではないか。

ガーデンプラザBのネットフレーム部分
少なくとも鉄筋コンクリートと石でつくられることの多い現代建築物からは、夢想さえできない突飛な姿だ。もっと率直に云えば、あってはならない崩壊の危機を匂わせるところがある。つまりここではアートとしての驚きや目の愉しみに付随する形で、いまにも崩れ落ちようとする建物への恐怖心、あるいは建物がヒューマンスケールを勝手に越えていくことへの云うにいわれぬ抵抗感などがないまぜとなって、一気に押し寄せてくる仕掛けだ。これをいま一度安心安全なアートへと引き戻すため、ネットフレームなどの構造物には最大限の技術が動員されたに違いない。
この奇抜なニュー・シティを着想し、みごとに仕上げてみせたのは低層部(ガーデンプラザA・B)担当の建築家トーマス・ヘザウィック(1970-)と、森JPタワー・レジデンスA・Bという3つの高層タワーを担当したアメリカの建築事務所ペリ・クラーク・アンド・パートナーズ(創設者:シーザー・ペリとフレッド・W・クラーク)の面々たちだ。ことに飴細工を手がけたトーマス・ヘザウィックは、生まれ育ったイギリスでは「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と呼ばれているというから、その驚異的ユニークさは間違いなく本物といっていいだろう。
勅使河原 純
美術評論家。1948年岐阜県出身。世田谷美術館で学芸業務のかたわら、美術評論活動をスタート。2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所「JT-ART-OFFICE」を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。