文=松本亮平
駿府城の『竹千代手習いの間』の再現部屋を訪れた。徳川家康が今川家のもとで過ごした幼少期の勉強部屋で、今川家の軍師、大原雪斎から教えを受けたとされる場所である。その当時の様子を想像して、動物達に置き換えて再構成した作品『手習いの間』を描いた。机に向かい龍の絵の模写に取り組む虎(家康)、その指導役の龍(大原雪斎)を組み合わせた。しかし虎は、猫たちに気を取られ、つい猫の絵をいたずら描きしてしまう。歴史画が持つ「過去を想像する」面白さを、自分自身の画面でも試みた。
歴史画はある出来事を後世に描いたものである。そのため分かりうる範囲の当時の情報を用いて、過去に想いを馳せ、分かりえない部分は画家の想像力により独自の表現として描かれる。そこに画家の個性や表現の幅が生まれ、単なる記録画とは異なる魅力が宿るように思う。

松本亮平《手習いの間》2025年 アクリル、墨/板 130.3×162.0cm
◆西洋における権威ある歴史画
フランスの王立絵画彫刻アカデミーにおいては、歴史画は最も権威のある絵画ジャンルとされた。人物や動植物、建物や自然風景を自由に描きこなせる描写力に加え、歴史に対する知識とそこに寓意を込める知性が求められるためである。
ダヴィッドの『ソクラテスの死』はその代表的な名作である。不当な裁判により死刑を宣告されたソクラテスが、悲しむ弟子たちを逆に励ましながら、毒杯をあおり尊厳のある死を選ぶ場面が描かれている。この絵は画面全体がソクラテスの崇高さを表現するために構成されている。画面の中で最も強い明暗対比をソクラテスに定め、光り輝くような美しさを感じさせている。また色調は抑制され厳粛な空気が漂う。弟子たちは、背景に溶け込むようにまとめられ、主役の周りに広く空間を開けることで、死を前にしたソクラテスの毅然とした表情を一層際立たせている。構図、光、色、配置、それら全てが画家の意図するメッセージへ向かって緻密に統合されている。

ジャック=ルイ・ダヴィッド《ソクラテスの死》メトロポリタン美術館蔵
出典:https://www.metmuseum.org/ja/art/collection/search/436105
◆歴史の一瞬を切り取る日本の歴史画
日本における歴史画は平安時代の『聖徳太子絵伝』(参照:「富士山の絵に学ぶ」)に始まり、鎌倉時代以降には物語や合戦をテーマに頻繁に描かれようになる。日本の題材を日本的な描法・色彩で表現する「やまと絵」やその伝統を継承した「土佐派」により多くの作品が制作されていった。
その一例が『平家物語』の一場面を描いた『一の谷合戦図屏風』である。画面左の平敦盛は白い肌に髭のない、中性的な顔立ちの若者として描かれている。また武具や馬の壮麗な装いから高貴な出自が示されている。一方、画面右の熊谷直実は勇猛な表情の馬に乗り、荒々しく大きな布をたなびかせ疾走する猛々しい武将として対照的に描かれている。この絵は、一の谷の合戦に敗れ、逃れようとする若武者、平敦盛に歴戦の猛者である熊谷直実が一騎討ちを求めている場面である。熊谷直実は平敦盛を捕らえ討ち取るが、自分の息子ほどの年齢の若者の命を奪ったことで、戦の無情さや世の無常観を感じ、後に熊谷直実は出家したとされている。この絵はまさに運命の分岐点を切り取っている。

『一の谷合戦図屏風』東京富士美術館蔵
出典:https://www.fujibi.or.jp/collection/artwork/03559/
こうしてみると、歴史画の一つの役割は儚い物語の一瞬を切り取り、未来に瑞々しく伝えることにあると言える。『手習いの間』はその挑戦の始まりである。これからも私自身の絵を通して、過去の物語と対話する楽しさを皆様と共有できたら嬉しい。
松本 亮平(まつもと・りょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
REIJINSHA GALLERY https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/