コラム

山の上で、Vol. 15

ヤマザキムツミコラム「山の上で、」タイトル画像

カナダへと旅立った。
日本はまだ長い長い残暑の中、時にはまだ半袖だった9月の終わりのこと。
モントリオールに4週間ちょっと、トロントに数日ほど。
1カ月という長くも思える月日は、文字通りあっという間に過ぎた。

モン・ロワイヤル公園

モン・ロワイヤル公園

生活文化的な側面ではおおまかには変らないように感じたけれど、街の規模が違うせいか東京のようなせせこましさは感じられなかった。
街のいたるところに椅子があって、それはとてもささいなことだけれど、この街が住民のための、居場所としての「街」であるように感じられた。
モントリオールで出会う人たちに「東京はBig cityだ」と言われた。東京は本当に大きな街なのだろうか。狭さを感じたことはあっても、広さを感じたことはない。

ある日のカナダの風景 / 何でもない道にもそこかしこに椅子が置かれている

ある日のカナダの風景 / 何でもない道にもそこかしこに椅子が置かれている

東京にはほとんど公共の場に椅子がない、ゴミ箱もない。お金を払って店に入るか、自分の家に帰るか。入れる喫茶店を探すことも困難で、土日などはいっぱいで入れないことも多い。数えきれないほどたくさんの店があるのだろうし、日々たくさんのイベントがおこなわれている。渋谷や新宿には歩くのが大変なほど大勢の人がいる。すべてが溢れすぎて、すでに豊かさを超えているように感じてしまう。

ある日のカナダの風景 / 街のど真ん中にあるアート作品、アパートやビルの壁には広告ではなくグラフィティや壁画が多く描かれていた

東京に戻ったのは10月末のこと。寒いのか暑いのか、不在だった1カ月は小さなことにも戸惑いを与える。渋谷に降り立ち、駅前の映画館で『見はらし世代』という映画を観た。日本人史上最年少で、第78回カンヌ国際映画祭監督週間に選出され話題を呼んだ作品だ。再開発が進む渋谷の街を舞台に、関係をふたたび見つめ直そうとする家族の姿が描かれている。英題は『BRAND NEW LANDSCAPE』。

団塚唯我監督『見はらし世代』全国公開中

団塚唯我監督『見はらし世代』全国公開中

誰のための街か、とよく思う。
渋谷の再開発で生まれ変わった宮下公園は以前の景色を瞬時に忘れさせるほど街に馴染んでいるようには思える。活気もある、ように見える。劇中でもたびたび触れられていたが、再開発によって居場所を奪われたホームレスの人たちはいま、どこでどうしているのだろう。
最近、クマが街に現れたというニュースが連日報じられている。クマのための居場所でもあったであろう山を人間の独断で切り崩し、クマが街へ降りてくると危険だと駆除をする。もちろん被害の大きさを鑑みた上で大変な問題であることも分かる。それでももっと駆除以外の道を模索することはできないのだろうか、とも思う。

ある日の宮下公園の風景

ある日の宮下公園の風景

失われていく風景について語られた映画『怒る西行 これで、いーのかしら。(井之頭)』のことも思い出される。玉川上水の沿道を沖島勲監督自身が散歩をしながら、変わりゆく風景に対する想いを淡々と語る様子が映されたドキュメンタリー映画だ。たとえば、駅までの道のり。何気ない、緑と緑の隙間から覗き見える風景がなんとなく好きだったりする、ということがある。その風景に束の間救われていたりもする。それでもある日突然、マンションが建ってそのバランスは崩れ、失われる。それは、きっと誰かのためなのかもしれないし、せめて、誰かのためであってほしいと思う。

日本の総理大臣が変わったというニュースはカナダで知った。それは本当に、よその国の出来事のように思えた。

※写真はすべて筆者撮影

ヤマザキ・ムツミ
ライターやデザイナー業のほか、映画の上映企画など映画関連の仕事に取り組みつつ暮らしている。東京生活を経て、京都→和歌山→熱海へと移住。現在は再び東京在住。