コラム

街を歩けばアートに出会う
美術探偵の“街中あーと”めぐり  第20回

文・写真=勅使河原 純

私は街を飛ぶ

舟越桂《私は街を飛ぶ》(2022)、ブロンズ・着彩

 

東京のというより、日本全体の表玄関ともいえそうな東京駅。皇居に面したその西側一帯は、名立たる企業が本社を連ねる超高層ビル街として有名だ。東側がどちらかというと、洒落たショッピングストアがつづく八重洲エリアであるのとは、好対照だろう。実はこの格式あるビジネス街のど真ん中を走っている「仲通り」の落ち着きはらった佇まいこそが、ストリートギャラリー誕生の引き金を引いたともいえそうなのだ。
三菱地所と公益財団法人「彫刻の森芸術文化財団」が一緒になって、1972年にアートプロジェクトを始めたというから、今年ですでに53年目を迎える。辺りを行き交うビジネスマンたちは、意外なことにキャリヤウーマンに負けないほど、大型で現代感覚あふれる“街中あーと”に興味津々なのである。ある日突然目に飛びこんできた20点もの野外造形物が、見上げる角度や陽の当たり方ひとつで、その印象を大きく変えていく様は、アートに対する予備知識などなくても十分に楽しめること請け合いだ。
そうしたなかでも通りの中ほど辺り、仲通りビルの前に設置された肩から上の肖像彫刻は、その清楚な佇まいで行き交う人々の関心を惹きつけずにはおかない。気づいてみればハッとするほど美しい人が、すっとした顏をしてそこにいる。大理石の目を嵌めこんだ木彫のお洒落な像で知られる作家、舟越桂(1951-2024)の着彩されたブロンズ彫刻『私は街を飛ぶ』(2022)である。少し垂れた眼で、心なしか遠くを見遣っているようだ。思いの外の無表情。だが、わざとつくった身分証明書のごとき無表情ではない。鼻筋が通っていて、いわば丸の内の仲通りを飛ぶように行き来する理性派の女性かもしれない。何かの欲望に憑りつかれ、ギラついたところなど微塵もない。ところどころ赤く彩色されながらも、結局は素顔そのものといっていいだろう。恐らく作者・舟越桂の記憶のなかに立ちつづけ、棲みつづけてきた麗人の一人に相違あるまい。

舟越桂《私は街を飛ぶ》(2022)、ブロンズ・着彩

舟越桂《私は街を飛ぶ》(2022)、ブロンズ・着彩

舟越桂《私は街を飛ぶ》(2022)、ブロンズ・着彩

彫刻家という人種には、こうした「信じつづけたいことを信じさせてくれる人」が、時折ふっと目の前に降りてくるものらしい。彼女の何も意識せず、人にも意識させない無表情は、行き交う人々を守る守護聖人のようでもある。守られた人々は、信じられるカウンターパートをそこに見い出すことで、自身を勇気づけあるいは許してもいくのだろう。彫刻家は「彫刻的なおもしろさをもった顏というだけで、私は動き出せない。私が感じている人間の姿を代表し、象徴してくれるような個人に出会った時、私はその人の像を作り」はじめると呟く。
もともと「記憶」や「想い」というものについて、あれこれ考えを巡らし、それらを象徴するものを人の頭にくっ付けちゃおうというアイデアは、かなり以前からあったらしい。だが教会、並木道、本など「何らかのモチーフを人の体にくっつける手法自体は木彫でもやってきましたが、頭部につけるのは初めて」という。「僕は昔から、人間が作り出したいちばん美しいものは本ではないかと思っているんですね。本は場所を選ばずに広がり、万人に届くという点もすごいものだと思います」ということで、何冊かの本が選ばれたのだ。
いずれにしても、周囲の状況にあまり縛られることのない彫刻という有り様は、ひょっとすると絵画の姉妹ではないのかもしれぬ。むしろ視覚の自由を得た小説・文学の双子なのかもしれない。そこに内実を用意するためには、かなりの言葉をつむぎ出し、風にのって街を飛ぶように流されていく必要がありそうだ。

勅使河原 純
美術評論家。1948年岐阜県出身。世田谷美術館で学芸業務のかたわら、美術評論活動をスタート。2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所「JT-ART-OFFICE」を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。