コラム

DIG A PICTUREBOOK
写真集を掘れ! Vol.009(前編)

絵画と写真の接点
ときには画家の気分で遠近法を
考えてみよう
-前編-

たまには写真のお隣の美術についても触れてみたい。写真と絵画は、切っても切れぬ仲である上に、ときにお互いを求め合い、拒絶し、あるいはこっそりと垣間見る、という複雑なからまりがある。リスペクトもあれば敵対する不穏な状態もこれまであった。

写真史と美術史の接点はいくつもある。1839年のダゲレオタイプ発表以降、雨後の筍のように誕生した「にわか写真家」の多くは、食い詰め画家たちだった。才能があれば画業を続けられたものの、それが足りないわけだから、新しく誕生した近くて異なる写真の世界に身を投じた、という経歴を持つ。絵に対するコンプレックスを抱いた人間、それが写真家ということになるだろう。そんな彼らにとって「何を撮るか」「どう撮るか」は大問題で、その足りない部分を当然のように絵画に求めていた。当時の画家たちの名作を悪気もなく(あるいは尊敬を込めて?)100%下地にしていたのである。中でも人気があったのは、完璧なポーズをとるゴヤの「裸のマハ」であろうし、アングルの「グランド・オダリスク(横たわるオダリスク)」「泉」などの妖艶で神々しいヌード、ポートレートの分野ではチャーミングな色気を振り撒くやはりアングルの「ドーソンヴィル伯爵夫人肖像」あたりが人気のアイデアソースだったに違いない。アングルの「グランド・オダリスク(横たわるオダリスク)」に見られるような胴を長く美しく描くデフォルメは、写真家にとってみればレンズ効果の腕の見せ所でもあった。

ドミニク・アングル《グランド・オダリスク》画像

ドミニク・アングル《グランド・オダリスク(横たわるオダリスク)》

こうした場当たり的なパクリ時代を過ぎると、絵画に秘められた表現の高度な魅力を探り出そうとするものも登場する。19世紀中もっとも有名なポートレート写真家であるナダールは、駆け出し時代にルーブルに通い詰めて、とりわけレンブラントの光とそれのもたらす画面効果の研究に熱中し、撮影の際の自分の最大の武器とした。ナダールの元を訪れる依頼人たちは、レンブラントライトの効果を最大限にいかせるように、カーテンを思わせる黒いスモックに着替えるように強く勧められた。
こうした写真の黎明期を経て写真が急速に日常化してゆくと、今度は反対に、写真=海外の珍しい風景写真など=を下絵に使う画家たちもちらほら出てくる上に、ドガのようにカメラを積極的に操り、スナップショットの偶然性あふれる斬新な画面構成のインスピレーションを享受する画家まで現れた。「バレエのレッスン」「オペラ座のオーケストラ」などは、あえて完璧ではない構図が目を引くが、その不完全であるがゆえのリアルな魅力が、スナップショットから引き出されている。
パリを毎日撮り歩き、屋台を引きながらその写真を売ることを生業とした写真家アジェの写真は、多くが画家たちに買い求められ、画家たちはそれを下地に作品にしていったが、そのあたりのことはまた別に書かせてもらおうと思う。

Petit marché, place Saint-Médard, 1898.画像

ウジェーヌ・アジェ 《パリ5区、サン・メダール広場の小さな市場》
Petit marché, place Saint-Médard, 1898. Photographie d'Eugène Atget (1857-1927). Paris, musée Carnavalet.
https://www.parismuseescollections.paris.fr/fr/musee-carnavalet/oeuvres/petit-marche-place-saint-medard-5eme-arrondissement-paris

 

さて、美術史をさらに遡ってみると、写真史と美術史の最大にしてもっとも有名な接点を見つけることができる。それが「遠近法」である。遠近法の意味するところは、3Dであるこのリアルワールドを、いかにして2Dの平面に落とし込むか、そのための理論や技術を指す。古代の遠近法の発見や、ルネサンス期に遠近法に取り憑かれた建築家や画家、彫刻家の話は長くなるのでここでは省略せざるを得ないが、その上で、美術史上、そして写真史上ともにハイライトとなるものは、フェルメールの完璧な遠近法とその取り組みに尽きる。
そもそも、フェルメールが世界で知られるようになってまだ80年少しだというのに、フェルメール分析のほとんどは、彼の完璧すぎる遠近法ゆえに、その再現技術、描画技術に関する話題で埋め尽くされてきた。彼は、あの「完璧な」遠近法を得るために、カメラ・オブスクラなどの機械を使ったのか、それとも、天才ゆえに機械や測定法など必要とせず一気に描き上げることができたのか。この二択を巡って議論は続いた。
加えて、こうした議論にはつきものとも言えるが、カメラを使ったかどうか論じることそもそもが、素晴らしい芸術の才能に泥を塗るものであって、それこそ芸術への冒涜である、という超越的な精神論もからんでくるからややこしい。

後編へ続く-

高橋 周平
1958年広島県尾道市出身。1980年代中盤より、写真・美術を中心に評論。主な著作に「写真の新しい読み方」「彼女と生きる写真」、ザ・ビートルズ訳詩集「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」など。
企画・編集写真集に「キス・ピクチャーズ」「イジス」ほか、エリオット・アーウィット写真集数冊、など約30タイトル。
展覧会としては「ハーブ・リッツ・ピクチャーズ」展など多くをディレクション。
1996年からスタンフォード大学研究員、1998年より多摩美術大学。現在、美術学部・教授。

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