アーティスト

黒木リンインタビュー
──1本のつけペンから

 

2024年1月12日からREIJINSHA GALLERYで開催される「黒木リン展 ハザマとジカン」。この展覧会は、「日常的な風景」と「非日常的な動物たち」の邂逅を描く画家・黒木リンによる個展だ。

黒木作品で特徴的なのが、つけペンを用いるという作品の描き方だ。実は漫画家を目指して活動していた時期がある彼女。そのことが関係しているようだ。
そんな黒木の制作や、これまで一貫してテーマとしてきた「ハザマの世界」について、編集部が話を聞いた。

《HAZAMA-45 Pacific white-Sided dolphin》2023年 墨、アクリル/和紙、パネル

漫画から絵画へ
絵画はじっくりと時間を共にできる存在」

──黒木さんは以前、漫画家を目指されていたそうですね。なぜ絵画作品の制作に転向されたのですか?

実は、現在も漫画家アシスタントをしながら、自身の作品制作をしています。
以前は漫画家を目指していましたが、起承転結のある物語ではなく、一枚の絵で空気感や距離感を描きたいと思ったのが、絵を描き始めたきっかけです。
仕事や自身の漫画制作で無理をしすぎたことが原因で体調を崩していた時期があるのですが、その時に受賞歴もない自分はこれからどうしようかと悩みました。
でも「創作すること」「表現すること」をやめる選択肢は全く浮かばず、マンガ以外の表現を模索する中で絵画に行きつきました。

──漫画と絵画の表現に違いや、似ている点はありますか?

今は電子書籍も多いですが、マンガは印刷が前提で同時に多くの方が読めるものです。
絵画は一枚の絵を、絵の前に立った鑑賞者が独り占めできる。じっくりと時間を共にできる存在、それが絵画作品だと思っています。
類似点を挙げるならば、どちらも作家の思考や感覚を見える形にしているところでしょうか。
表現する方法が違うだけで、表現したいという気持ちは同じだと思います。

 

つけペンを操るテクニック
細いペン先で、掘るように線を重ねる

──漫画制作に携わっておられることの他に、つけペンを画材として選び、使い続けている理由は何でしょう?

絵具や筆の表現や粘土などによる立体、色々と試していけばいくほど、自分が使い慣れ、自由に扱うことができる道具が「つけペン」なのだと実感できましたし、自信にも繋がっていきました。
絵具を盛るような“足し算”の表現ではなく、描かないところがあったりあえて余白を残したりする、“引き算”の表現が自分には合っていたので、その点でもつけペンとは相性がよかったです。

──実際に描いていく作業はどういった感覚なのでしょうか?

ボールペンと違い、つけペンは先がものすごく尖っています。見たことがないという方は、針の先を思い浮かべていただければと思います。
線を描くというよりは、細いペン先で和紙を削り、掘るように線を重ねていくのが私の描き方です。
ガリガリと音を立てながら、線を重ねていくうちに少しずつ空間が浮かび上がっていきます。
リズムよくペン先が動くとき、頭で考えているのではなく、体と手が自然と空間を作り上げている感覚なのですが、その時間が楽しいなと感じます。
ボールペンでのペン画とは違う、細いペン先で和紙を削り描くことで出来上がる、表面の柔らかさや温かみが魅力の一つだと思っているので、そこを感じていただけたら嬉しいです。

──つけペンを扱うのは非常に難しそうですが、具体的にどのような点に苦労されていますか?

作品を描いている途中で修正できないことが一番難しいというか、神経を使うので大変です。なので描いているときはずっと気が張っている状態ですね。
鉛筆であれば消しゴムで線を消せますよね? 油絵具であれば上に絵具を重ねることで修正することができると思います。ですが、私は和紙に墨で描いているので、描き間違うと消すことができません。一発勝負です。
線の太さや本数、線と線の間隔など微妙に変えているのですが、そこにもっとも神経を使います。そこが難しい部分であり、まだまだ空間表現を磨いていくうえで技術の向上ができる部分であるとも考えています。

 

──表現や作品によって、いくつかのつけペンを使い分けているのですか?

使用するペン先は1種類で、全ての線を描いています。作品が大きくなっても、ペン先の太さは変わりません。
ちなみに、ずっと日光の丸ペンを使っています。

黒木が実際に使っているつけペン

 

「ハザマの世界」
現実を生きながら、心地よさを感じる空間

──黒木さんの多くの作品において舞台となっている「ハザマの世界」とは、どのような世界なのでしょうか?

一言でいうと、“私(または絵の鑑賞者であるあなた)”と“生きもの”とが繋がれる空間、それが「ハザマの世界」です。
光、音、におい…日々さまざまな感覚が私を刺激する中で、時に疲れ、立ち止まりたくなります。
そんな時「ちょうどよい距離感で生きたい。」という願いからハザマの世界は生まれました。

《HAZAMA-2 通過点》画像

《HAZAMA-2 通過点》2017年 墨、水彩/和紙、パネル

──「ハザマの世界」は黒木さんにとって必要な世界なのですね。

私にとってハザマの世界に心を置くことは、現実を生きながら、心地よさを感じること。安らげる時間がハザマの世界には流れています。

私の故郷・新潟の冬は、見える何もかもが家も木も空さえも雪に覆われ、あたり一面が真っ白になります。空気は澄み切っていて、音も心地よく無音。住んでいる生きものとしては不便な部分もあるのですが、そんな新潟の冬が私は好きです。
『感覚が制限されている』からこそ、私はそこに心地よさを感じます。

──「ハザマの世界」を描くことで、鑑賞者にどういったことを伝えたいですか?

絵の前に立ち、あなたの好きに感じてほしい。その時間を楽しんでほしい。ただそれだけです。

 

日常と非日常が混ざり合う
動物たちに「通ってもらう」

《HAZAMA-17 Malayan tapir》画像

《HAZAMA-17 Malayan tapir》2018年 墨、アクリル/和紙、パネル

──日常的な風景と、非日常的な動物の組み合わせを、どのようにして決めているのでしょうか?

ここを描こうかな~と、日ごろ撮りためているスナップ写真の中から風景を選び、そこを彼ら(動物たち)に通ってもらいます。私の頭の中で。
作品の風景として選んだこの場所に彼らがいたら、どんな動きをしてくるだろう? こちらをじっと見つめ様子をうかがってくるのか、はたまた襲いかかってくるのか…
そんな感じで自由に通ってもらいます。

──動物たちに「通ってもらう」という表現が、とてもおもしろいですね。

例えば、まずトラに通ってもらいます。
そこでしっくりとこなければ別の動物に通ってもらう、またしっくりとこなければちがう動物に…ということを繰り返し、しっくり来たら脳内でカメラのシャッターを切ります。脳内でシャッターを切った空間、それを私の手で絵という形に具現化する。それがHAZAMAシリーズです。
風景は実際に私が足を運んだ場所で、日本です。
動物たちは日本にはいない野生動物を描いています。日々生きる中で出会うはずのない生きものたちと、ふとした瞬間に目の前の空間のチャンネルが合い、出会う…そんな白日夢のような空間をHAZAMAシリーズでは描きたいのです。

──インスピレーションは何から得られることが多いのでしょうか?

日々生きている中で、感じ取る感覚すべて…と言っても過言ではないと思います。
光、音、空気の流れ、肌に当たる風、雑音、痛み、見聞きした情報で思った感情など…心地よい感覚も、心地よくないと思う感覚も、感じるものすべてが自分の中でぐるぐると渦を巻いていて、そこから突然ポンっと何かひらめくことがあります。

──黒木さんの作品には人間が描かれていませんが、それはなぜですか?

私の作品に人間を描く必要がないからです。
鑑賞者である作品の前に立った人、あなた(私)と作品が繋がれる空間を作りたいのです。
なので、絵の中に他の誰もいません。そこはあなた(私)と生きものだけの世界なので。

 

本展について
ハザマの世界に流れる「ジカン」を感じて

──「ハザマとジカン」というタイトルについてうかがいます。
「ハザマ」という言葉は以前から使ってこられた言葉ですが、今展では「ジカン」という言葉が加わりました。この言葉を使った意味や、作品との関連を教えてください。

時間は誰もが平等に与えられているものです。その私たちの知っている「時間」とは別の、「ジカン」がハザマの世界には流れています。
私たちが日々感じている昼や夜、何時といった特定の時間は存在していません。
私の作品を見ている方が、作品と時間を共有する中で、どんな「ジカン」を感じていただけるか、作者である私も楽しみにしています。

──2022年にREIJINSHA GALLERYで開催した個展「わたしのハザマ あなたのハザマ」では、花をモチーフにした「Black flower」シリーズを発表されましたが、動物以外のモチーフを扱いはじめた理由やきっかけを教えてください。
また、今回の個展でも、動物以外のモチーフを描いた作品を発表されるのでしょうか?

《Black flower 03》画像

《Black flower 03》2020年 墨、アクリル/和紙、パネル
(2022年「黒木リン展 わたしのハザマ あなたのハザマ」出品作)

 

HAZAMAシリーズ以外の作品の多くは、声をかけていただいた企画展のテーマに合わせて描くことが多いです。
花や植物は自分でも育てるくらい好きなので、選ぶことが多いモチーフですね。
今回も数点、植物などを描いた作品も展示させていただきます。

──「ハザマとジカン」は、どんな展覧会になるのでしょうか?
ご来場になる皆さんにメッセージをお願いします。

今回の個展では今までにない挑戦をしています。
これまで長く黒木作品を見てきてくださった方も、今回初めて黒木作品を知るという方にも楽しんでいただけるのではないかなと思っています。
ネットでも画像で作品を見ることができる、買うことができる時代ですが…
今回の挑戦は、実際にギャラリーに来ていただくからこそ楽しんでいただける内容なので、ぜひ個展に足を運んでくださると嬉しいです。

──今後、新たに挑戦したいことなどがあればお教えください。

特にないです。
まずたゆまず、日々通過点。そう思って今日までやってまいりました。
今後も作品を作り続けたい。一生表現者でありたい。今後もそこは変わりません。
あ、でもひとつありました。挑戦というよりは夢に近いですが、いつかHAZAMAシリーズの画集を出版したいです!

《HAZAMA-16 Argali》画像

《HAZAMA-16 Argali》2018年 墨、アクリル/和紙、パネル

 

今回の展覧会では「今までにない挑戦をしている」と編集部に語った黒木。どんな挑戦なのかは、実際に会場に足を運んで確かめてほしい。
REIJINSHA GALLERYの2024年最初の展覧会「黒木リン展 ハザマのジカン」は、1月12日(金)からスタートだ。

[Profile]
黒木リン
Kuroki Rin

1987年 新潟県生まれ
2008年 日本アニメ・マンガ専門学校卒業
【個展】
2018年3月 「黒木リン展 ハザマの世界」ギャラリー蔵織/新潟
2019年1月 「黒木リン展 いつか どこかの ハザマで」 REIJINSHA GALLERY/東京
2020年6月 「黒木リン展 ハザマへの扉」REIJINSHA GALLERY/東京
2022年1月 「黒木リン展 わたしのハザマ あなたのハザマ」REIJINSHA GALLERY/東京
2023年9月 「黒木リン展 白と線に色をそえて」Gallery Blau Katze/大阪
【企画・グループ展】
2023年3月 「第13回 小さな絵の大博覧会」DORADO GALLERY/東京
2023年4月 「Art Show FLOWER展 Ⅺ」羊画廊/新潟
2023年7月 「第13回 小さな絵の大博覧会受賞作家展」DORADO GALLERY/東京
【掲載歴】
2020年7月20日発売「月刊美術」8月号 作品とコメント掲載
2023年11月23日発売「にいがた市民文学」第26号 表紙、裏表紙に作品掲載
公式サイト http://blackxgiraffe.com/
Instagram @rin_kuroki_
Facebook @blackxgiraffe

[information]
黒木リン ハザマとジカン
・会期 2024年1月12日(金)~1月26日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル 1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜、祝日
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery

■展覧会予定
猫猫展Ⅳ
・2024年2月2日(金)〜2月13日(火)
・羊画廊/新潟
・TEL 03-3569-3620
・URL http://www.hitsuji-garo.com/index.html
※詳細は上記URLよりご確認ください。