アーティスト

マツシタユキハ。インタビュー 
部屋が内面を映し出す

《一人で死にたくない。》2021年 FACE2022 審査員特別賞受賞作品

《一人で死にたくない。》2021年 FACE2022 審査員特別賞受賞作品

SOMPO美術館と読売新聞社が主催する「FACE」は、新進作家の動向を知ることができる公募展だ。第10回となった「FACE2022」で、審査員特別賞(野口玲一審査員)を受賞した日本画家・マツシタユキハ。は、同年「第22回 福知山市佐藤太清賞公募美術展」日本画の部で特選 横浜賞にも輝いた。

彼女の作品は、画面いっぱいに雑然と物であふれた部屋が広がり、しかも、その一つひとつのモチーフが詳細に描き込まれている。さらに注目したいのはタイトルだ。『一人で死になくない。』『ここから出るにはまだ少しだけ早い』など、胸の内を吐露するような直截的な言葉は、観る者の心にも迫るのではないだろうか。

2023年11月17日から12月1日まで、REIJINSHA GALLERYで開催されるグループ展「LIFE」に参加する彼女に、アートの道に進んだきっかけや、最近の制作について話を聞いた。

部屋を描くことで、その人物の内面を描き出す。

──美術に興味を持ったきっかけを教えてください。

気付いた時にはもう美術が好きだったと思います。
別居ではありましたが私の祖父が絵を描く人で、母も美術が好きでした。家には祖父の絵が飾ってあったり、母の集めた画集があったりと、美術は常に身近にありました。

──キラキラした岩絵具を可愛く感じて日本画を専攻されたそうですが、作品を制作する際にも、岩絵具の粒子感や輝きを意識されているのでしょうか? また、画材の魅力を引き立てるために工夫していることはありますか?

制作中は岩絵具の素材感よりもモチーフの形や色を注視していることが多いので、うっかり忘れてしまうこともあるのですが、岩絵具の粗さをモチーフの質感や陰影、光などに合わせて選ぼうと心掛けています。
また、絵具の密度を上げると、絵に光が当たった時に画面全体がキラキラと輝くので、できるだけ多くの色を重ねて描くようにしています。

《夏生まれの私と温室育ちのあなたの折衷案》2022年

《夏生まれの私と温室育ちのあなたの折衷案》2022年

──「持ち主の心情や人柄など、内面を目に見えるかたち」にするために部屋を描いているとのことですが、卒業制作『夏生まれの私と温室育ちのあなたの折衷案』のように、散らかった部屋を描かれることが多いように感じます。そこにはどのような意図があるのでしょうか?

部屋は普段他人に見せることのない自分だけのためにあるものだと考えています。どれだけ荒れていても迷惑をかけることはありません。だからこそ、そこからその人の生活リズムや日常の中の優先順位、好きな物、苦手な事までも見えてきます。
たとえば私の場合、部屋の外に出るとちゃんとした理想の自分を演じようとします。本当の、部屋を片付けられないようなだらしない自分はできるだけ隠そうとします。
卒業制作では、一つの絵にその理想と現実、両方の自分を詰め込みましたが、多くの場合は、絵というフィルターを通してなら、本当の自分を見せられると思って描いています。
ただ、それはあくまでも実物ではなく虚像です。少し物を動かしたり、見せたくない物をしまったりと演出をしています。すると、その中で矛盾が必ず生まれてしまうのですが、私はずっとそれが悪いことだと思っていました。しかし今は、何かを隠してしまうこと、よく見せたいと思うことも含めて今の自分なのかなと認めようとしている最中です。

──雑然とした部屋を描く際のこだわりや、必ず描くモチーフなどはありますか?

全ての部分にピントが合うように、視点を限定せず、画面全体の描写の密度が変わらないように心がけています。それは絵を見てもらうというより、絵というフィルターを通して部屋そのものから、その人の中身を好きなように見て欲しいからです。ですので、質感や立体感よりも、例えば細かい文字や模様など、その物の要素を取りこぼさないように描くようにしています。

──今後もこの部屋を描くシリーズを継続されますか? 他にも構想があるのでしょうか?

しばらく部屋は描き続けるつもりです。特に今年は大学を卒業し環境が大きく変わったので、違う目線で違う意味を込めて、描くことができるかもしれないと思っています。
部屋を少し出て、自分が何気なく見ている街並みなども最近描き始めました。自分が環境を変えることもあれば、環境が自分を変えることもあるのかもしれないと思ったからです。

マツシタユキハ。《ずっとこのまま》

《ずっとこのまま》2023年

──今回のグループ展「LIFE」出展作について、新しく実験的に取り組まれたことなどはありますか?

先に言ったように、基本的に描写の密度は画面全体で均一にしているのですが、今回は画面の切り取り方や構図で疎密を作るということに挑戦しています。要素の少ないモチーフや一見何もないように見える部分も魅力的に見せられるようになれたらと思っています。

──新型コロナウイルス感染症の流行を経て、生活が一変した方も少なくありません。ご自身は何か変化を感じられましたか?

散らかった部屋を描くことになったきっかけが、新型コロナの自粛期間です。
大学のアトリエが思うように使えなくなり、1Kの狭い部屋で絵を描き始めたことで部屋がとても散らかりました。また、一人の時間が増え、自分自身について考え込むことが多くなりました。そして私は初めて自分の部屋を描きました。それからずっと部屋の絵を描き続けていますので、大きなターニングポイントでした。

──今、日々の生活の中で大切にしていることはありますか?

とりあえず、目の前のことから目を背けないようにしています。
学生時代は常に先を見て焦ってばかりいました。そうしていろいろなものを取りこぼしてきました。少しでも余裕ができた時には、置いてきてしまったものを少しずつ拾っていけたらと思います。

──アーティストとしての目標や、これから挑戦してみたいことをお教えください。

自分で100%やり切れたという作品を死ぬまでに作れたらいいな、とは思っています。
これといった方針はまだ決まっていないのですが、大学卒業以来となる50号以上の大きな絵をそろそろ描きたいです。

《うまくできなくてごめんね》2023年

《うまくできなくてごめんね》2023年

マスクの着用が個人の判断となり、インフルエンザと同じ「5類感染症」に移行したことで、新型コロナにまつわる状況も落ち着きを見せている。コロナ禍による生活環境の変化は、アーティストの制作にもさまざまな影響を与えたようだ。これから彼女の作品に起こる変化は、そこからさらに前進した、作家自身の内面の進化かもしれない。ぜひその変化に注目して欲しい。

 

[Profile]
マツシタユキハ。 matsushita yukiha.
1999年
静岡県生まれ
2021年
第39回 上野の森美術館大賞展入選(上野の森美術館/東京)
2022年
FACE2022 審査員特別賞受賞(SOMPO美術館/東京)
第22回 福知山市佐藤太清賞公募美術展 日本画の部 特選 横浜賞受賞
ASYAAF2022(弘益大学現代美術館/韓国・ソウル)
FACE展選抜作家小品展2022(REIJINSHA GALLERY/東京)
2023年
多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻卒業
ASYAAF2023(弘益大学現代美術館/韓国・ソウル)
エピソードone vol.2 次世代アーティスト11人展(阪急うめだ本店 アートステージ/大阪)
現在、千葉県にて制作

X(旧:Twitter) @matsushita1698
Instagram matsushita1698

[information]
LIFE
・会期 2023年11月17日(金)~12月1日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル 1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜、祝日
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery