3月15日から、東京・日本橋のREIJINSHA GALLERYでスタートした展覧会「FOOD ‐おいしいを創る‐」。その名のとおり、食べ物がテーマの作品が揃う展覧会だ。
百兵衛編集部は、ここに出展する油絵作家の倉持リネンにインタビューをおこない、「おいしい」絵が生まれる瞬間について話を聞いた。
はじまりは一枚の『うどん』
──2019年にSNSで一躍脚光を浴びた『うどん』の作品について聞かせてください。
描こうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
うどんの絵を描いたのは2019年の秋頃ですので、少し長くなりますがその当時の話をさせていただきます。
私は2018年末に大学を退学し、就職する気も無かったので2019年は貯金を切り崩しながらマレーシアと日本を行き来していました。そこで出会った友人やルームシェアをしていた人たちが、私が絵を描くことを知って「アーティスト」と呼んでくれたことや、彼らも私と同じように夢を追いかけていたことに勇気づけられ、油絵作家として生きていきたいと思ったのがその頃です。
でも、作家として生きていくといっても私が油絵を描き始めたのが2017年、高校3年生の時だったのでまだ2年くらいしか描いていないし、その半分は受験対策用の絵……堂々と作家を名乗るにはまだまだ経験も練習も足りていませんでした。
そこでまずは基礎からいろいろなマチエールを自分のモノにしようと、川の水面のクローズアップ、雲のクローズアップ、炊飯器を開けた時のお米のクローズアップなど、小さめのキャンバスにひたすら一つのモチーフを時間をかけて観察しながら描く練習を思いつき、実践し始めました。
そして、4枚目に描いたのがあの「うどん」の絵です。
──そして、いわゆる「バズり」を経験されたのですね。
はい。でも正直、うどんの絵が注目された時は焦りました。
自分でSNSに載せておいて理屈に合わないのですが、練習で描いたつもりの絵が今までで一番注目されてしまったというやるせなさがありましたし、もっと練習して上手くなって、代表作といえる絵をたくさん描いてから有名になった方が格好ついたのに!なんて悔しく思ったりもしました。
ですが今思えば、早い段階でたくさんの人に見てもらえたおかげで多くの意見やアドバイスもいただけましたし、自分の絵の成長をリアルタイムで見守っていただくこともできて、貴重な経験になったと考えています。
──注目を浴びたことでどういった変化がありましたか?
やはり多くの方に見てもらえたので、作品を購入したいと連絡してくださる方はそれ以前と比べると増えました。たくさん反応をいただいたので「展示もできるかも!」と思いギャラリーに持ち込みもしたのですが、数軒立て続けに断られてしまって、そんなに甘くないんだなと背筋が伸びたのを覚えています。
今思えば、「展示経験もなければ画風も定まっていない、美大も出てないし美術関係者の知り合いもいないです!」なんて得体の知れない未成年が飛び込んできたら当然追い返しますよね。(笑)
自分自身も含め、家族や親しい友人などリアルでの変化は、そこまではなかったように思います。というのも、子供の頃からブログやSNS、動画投稿サイトなどに自分で作ったコンテンツを載せるのが趣味で、ネット上で一度にたくさんの反応をいただくこと自体は初めてでは無かったからです。
ただ、それまでは油絵を載せたことはほとんど無く、主にお笑い系の投稿などをしていたため「あ、油絵もバズることあるんだ」と思ったのを覚えています。
新しい経験を栄養にする
──倉持さんのSNSには作品以外にもさまざまな写真が投稿されていますね。制作にも影響を与えているのでしょうか?
写真撮影に関しては、もちろん思い出の記録や制作の資料集めが目的の時もありますが、同時に自分で撮った写真が他でもない自分の絵のライバルであると感じることもあります。
──自分で撮った写真がライバルというのは興味深いお話ですね。
私自身が写真を撮るのが好きで、かつ、絵の画風も写実寄りですので「わざわざ絵にしなくても、写真でいいじゃん」という感想をいただくことがあります。自分の中では「この光景は写真として残したい」「この光景は絵にしたい」という判断を一応毎回しているのですが、そこは鑑賞者には知り得ない部分ですし、いちいち説明するのも野暮だなと思います。ならば、そもそも「写真でいいじゃん」といった感想を浮かばせないくらい、わざわざ絵にすることを選んだ光景については少なくとも「自分で撮った写真は超える!」という意識で、絵だからこそ出せる良さを考えながら描いています。
──写真の他にも、映画鑑賞や海外旅行などの趣味もあるそうですね。それらも作品に反映されているのでしょうか?
直接的な影響がどれくらいあるのかはわかりませんが、どの趣味も少なからず制作の支えになっていると思います。
映画鑑賞と海外に行くことはどちらも今まで持っていた常識を壊したり、視野を広げてくれる体験だと思っています。
持論ですが、多種多様な文化に触れたりいろいろな考え方の人がいると知ったりすることは、自分が寛容になることにも繋がると思っています。嫌なこと、ショックなことがあっても「そういうこともあるか、いろんな人がいるもんな。人生だな」と切り替えて制作に戻れるような……これが毎回できているかといわれると、まだまだ道の途中ですが、映画鑑賞や海外旅行はそんな寛容な人になるための手助けになると思います。
──多様性を受け入れることで「寛容な人になる」ということは、表現の幅を広げることにも繋がりそうですね。
基本的に制作に反映されているのは日々の生活なのですが、毎日同じものを見ているとどうしても見慣れてしまって絵にしようという気持ちにならないこともあるので、本当の意味でインスピレーションの源になっているのは新しい経験なのかも、と思います。
例えば、今回のグループ展に出展したF6号の絵の中のコップやお皿、テーブルクロスなどは実際の生活で愛用しているものなのですが、この組み合わせで絵にしようと思ったのは、人生で初めて海でイワシを釣り、持ち帰って捌いた夜でした。
──「新しい経験」といえば、倉持さんは軽井沢のアーティストインレジデンスで制作と展示をおこなっていましたよね。
ご覧いただきありがとうございます。インスタレーションとして『絡み合う二本の枝とその再構築』という作品を発表しました。
これは、大雪が降った翌日に雪の重みで折れてしまった2本の枝を拾い、その形や自然と絡み合っていた様子が面白かったので制作したものです。
以前から一枚の作品に対して、モチーフの一つの側面しか描けないことを窮屈に感じていました。どの角度から見ても素敵なモチーフなのに、選べないなぁと。ならばいっそ一つのモチーフをさまざまな角度から、さまざまな表現で制作し、それらをまとめて一つの作品とすればどうだろう?という発想を実験的に形にしてみました。今回はドローイングが中心になりましたが、いつか同じことを油絵でもやってみたいなと考えています。
また、これとは別に、主人をモチーフにしたドローイングを滞在中毎晩ベッドで一枚描き、それをベッドの側に貼り付けて発表しました。さらに、実際に滞在中着ていた寝巻きを身につけベッドの上で最後の一枚を描き上げるパフォーマンスというも予定していました。これは、発表を見にきてくださる予定だった方が急遽来られなくなってしまったため中止としたのですが、無人の中演じるのも面白かったかもしれませんね。
──このプロジェクトに参加して場所を変えて制作したことで、何か変化を感じましたか?
滞在中は久々に家事も仕事も休んで朝から晩までひたすら絵と向き合うことができたので、絵に関して薄々思っていたことを深く考えたり全く新しいアイデアを出すことができたり、まるで瞑想のような効果があったと思います。
また、滞在中は常に雪が積もっていたので毎日雪景色を描いていたのですが、最初はどう表現すれば良いか全くわからず手探りだったのが、最終日にはかなり慣れていました。新しい表現を見つけられたようで嬉しかったです。
3週間の滞在期間で思いついたこと全ては表現しきれなかったので、これからの作家人生でじっくり形にしていければと思います。
その場所、その時間の空気、温度、雰囲気
──作品を描くにあたっては、どんなことに苦労しますか?また、その反対に楽しいと感じることも教えてください。
人物画や風景画、買ってきた静物一点だけなど、自分以外の人や自然が関わっているものは、比較的スムーズにモチーフを用意して作品に取り掛かれることが多いです。
でも、「家にあるものを自分で組み合わせて並べた静物画」や「自分で作って盛り付けた料理」など、一人でいくらでも構成をいじったり作り直したりできるモチーフだと、自分の完璧主義的な部分が出てしまい、モチーフの準備だけで何カ月もかかってしまうことがあります。ここが一番苦労する点で、油絵を描いている間は常に楽しくて、いまだに時間を忘れるほどです。
──人物画や風景画も多く描いていますね。
絵を描く段階では、モチーフが食べ物でも人物でも風景でも、描き方や考え方に特に違いはありません。
どんなモチーフでも、モチーフそのものだけではなくその場所その時間に流れていた空気、温度、雰囲気などを少しでも伝えることができるよう、心がけています。
──モチーフの周辺も描きとることを、大切にされているのですね。その描き方は、誰か特定のアーティストから影響を受けているのでしょうか?
油絵の描き方に関して特定のアーティストに影響を受けたということはないと思います。
唯一好きなのがムンクの『太陽』という作品で、4年くらい前にたまたま出会ってからずっとPCのスクリーンセーバーにしています。この絵だけは毎日見ているので、意識したことはないですが気付かないうちに何かしらの影響は受けているかもしれません。
──2019年ごろを境に、作風には技術的にも表現的にも大きな変化があったように感じたのですが、何かきっかけがあったのでしょうか?
自分ではそこまで大きな変化は分からないのですが、もし技術が向上しているとすれば、2018年末に学校も長く勤めたアルバイトも辞めて自由な時間がかなり増えたため、前述の絵の練習(独学ですが)をはじめ、毎日のように絵を描く時間が取れるようになったのが理由ではないかと思います。
また、課題に沿った絵を描いたり順位を競うことからも解放されたので、以前に比べてのびのび描けている部分もあるのかなと思います。
「食べ物の絵」
──「FOOD ‐おいしいを創る‐」に出展する作品は、どういった点を意識して描いたのでしょうか?
回答の前に補足をすると、以前から食べ物を描いたつもりではない絵が「食べ物の絵」と言われたり、食べ物の絵をそんなに描いた覚えがないのに「食べ物の絵の人」と呼ばれることが多いことに疑問を感じていました。
もちろん、そのように覚えていただいたり感想をいただくことはとても嬉しいことですし、モチーフに食べ物を選んでおいて「食べ物の絵」と言われることが嫌だと言うつもりは無いのですが……言葉に言い表すのが難しいですが、例えるなら自分がやった覚えのないことで何年も褒められ続けているような罪悪感、違和感のようなものを感じていたように思います。
──ご自身の中では葛藤があったのですね。
はい。でもそんな中、「FOOD」というタイトルのグループ展にお誘いいただき、そんなモヤモヤと真っ向から向き合うチャンスだと感じました。鑑賞者が「食べ物の絵」だと感じるのはどんな絵なのか。逆に、私が「食べ物の絵」と認識する基準は何なのか。
具体的に言うと、雑貨など食べられないものと一緒にモチーフの一部として食べ物を並べた絵は「食べ物の絵」なのだろうか? 袋に入った状態の食品や皮を剥く前の果物も食べ物と感じるのだろうか? 調理する前の食材は? ガムなど、口に入れるけれど最終的に吐き出すものはどうなんだろう? ……などと、自問自答しながら描きました。
また、思いっきり食べ物を主題にしながら「これは食べ物の絵じゃない……」と強く意識して描いてみた絵も、出展作の中には紛れています。これに関しては自分でも何をやってるんだろうと半ば呆れた気持ちになりましたが、同じ意識を持ちながら描いた作品群として、面白いものになったと思います。
──「食べ物の絵じゃない」という意識を持って描かれた作品、とても気になります。
ご来場いただける方には、せっかくの機会ですので思い切って顔を近付けてインターネット上の画像では見えない筆の跡や絵の具の重なりも見ていただけると嬉しいです。
鑑賞の一助になればと思いタイトルやコンセプトを書かせていただきましたが、鑑賞して感じたこと、気付いたこと、受け取ったものに決して間違いはありませんし、もしそれが私の意図と正反対だったとしても、かえって面白いと思っています。
どんな感想でも、ご自身の中で大切に大切にしてください。
そして、もし機会があればぜひ私にも教えてください!
──最後に、今後、新たに挑戦したいことなどがあれば教えてください。
挑戦したいことだらけです! まだ30号より大きい絵を描いたことがないので大きい絵も描いてみたいですし、油絵以外の画材もいろいろと使ってみたいです。
「食べ物を描く」という、シンプルだが究極の命題を追い続ける倉持リネン。この画家が描く食べ物は、私たちの胃袋と記憶を刺激する。そして、体内で“いつかの思い出”と結合し、鑑賞者にとって唯一無二の栄養となるのだ。
今回のインタビューでは、その素顔に迫り、早くから注目を浴び葛藤も抱えながら描き続けてきた一面を垣間見ることができた。作家自身も語ったように画像では分からない細やかな表現を、ぜひ会場で味わってほしい。
[Profile]
倉持 リネン
Linen Kuramochi
1999年
埼玉県生まれ
2020年
SHIBUYA STYLE Vol.14(西武渋谷店/東京)
2021年
still life <私の好きなもの>展(DESIGN FESTA GALLERY HARAJUKU EAST/東京)
個展「麻100%」(アートスナック番狂わせ/東京)
2023年
個展「Somebody to Love」(DESIGN FESTA GALLERY HARAJUKU WEST/東京)
公開制作+ミニ展示「絵を描く日」(River COFFEE & GALLERY/東京)
個展「Drifting Along」(百年/東京、一日/東京)
2024年
軽井沢アーティストインレジデンスSIZENNECTION VOL3
成果展「Road to Nowhere」(ART HOTEL DOGLEG Karuizawa/長野)
「FOOD -おいしいを創る-」(REIJINSHA GALLERY/東京)
現在、埼玉県にて制作
[information]
FOOD ‐おいしいを創る‐
・会期 3月15日(金)~3月29日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル 1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜、祝日
・URL https://linktr.ee/reijinshagallery