コラム

心鏡 #15
2023年4月13日

文=小松美羽


作家にとってのライフワークとライスワーク

ライブペイント
受験シーズンに美術研究所(美大専門予備校のこと)付近の画材屋さんに行くと、初々しい若人が油画・アクリルの絵の具コーナーの前で悩んでいる姿が見られる。友達同士で「絵の具、高いなー」「ジェッソで白を代用するか」「バイト代を全部画材に注ぎ込んでいるから、誰かご飯奢ってくれないかなー」と語っている。懐かしいな……、この子達にとって、今はライフワークが主体で、ライスワークは二の次なのだろうと感じた。人にはライフワークとライスワークの見えない心の天秤が存在している。このバランスがどちらかに傾いたり、時にどことなく均等になったりする。漫画「ブルーピリオド」には、こうした画学生のリアルな一面が描かれているので、おすすめだ。

作家の多くはライフワークと呼ばれる、自分の掲げた夢にまっしぐらに進んでいくことで、衣食住などよりも目標達成へ向けた動きを優先にする方が多いように感じる。ライスワークは生活において食事などをしっかりと自分の経済に取り入れていく動きで、この2足の両立がしっかりとできるようになってくると、きっと「画家は一生食えないもんだ。画家が経済的に余裕があるのは変だ。画家は貧乏な方がいい」という、なぜか苦労し続けることが美徳だと言うように諭す人々との出会いから脱出できるのかもしれない。

現在の小松のスタジオ画像

現在の小松のスタジオ

また、良心的なコレクターのふりをして、貧乏な作家に近づき「スタジオを見せてほしい、連絡先を教えて」とか「僕は美術業界に詳しいから、色々と教えてあげるし、口もきく」などと言い、人の心の弱みに付け込んだギャラリーストーカーが問題になっている。今はインターネットでもすぐに作家とコンタクトが取れてしまうので、悪意を持った人かどうかを見極めるのは容易ではないかもしれない。いわゆる売れる作家になるのは、そんなに簡単な道じゃないと言うことだけを認識していれば、多少の罠にも気がつくきっかけになるかもしれない。甘い誘惑やうまい話には多少の警戒を持った方がいい。

女子美術大学時代画像

女子美術大学短期大学部時代の小松(左端)

作家としてどう生きていこうか混迷している時ほど危機管理が甘くなる。ここで断言する。本物は「作家の道が厳しいことを知っている。だから、中途半端な嘘や甘えは言わないし、知ったかぶりな助言はしない」。だからこそ作家たちも本物と出会えるように心身ともに制作を通じて成長していかなくてはいけない。
余談だが、コロナ前の私はライブペイントを各地で行っていたことにより、小売店よりも絵の具を遥かに多く発注していたためか「小松さんは絵の具を食べてる?」という噂が出たこともある(笑)。
思い返すと、20代の頃の私はライフワークが当たり前で食べ物を疎かにしていた。当時の高橋プロデューサーからは「もう少し食に関心をもつ気ないか?」と言われていた。仕事でお世話になっていた方が、不健康に痩せていた当時の私を哀れんで「明日は小松さんの誕生日だし、これで何かいいものを買いなさい」と言われ、3万円もの大金いただいた。お札の入った封筒を握り締め、真っ先に神田にある文房堂で銅版画用品を購入している私を見て、高橋プロデューサーは笑いながら「カレーでも食べにいくか?」と誘ってくれた。あの時食べたカレーの味は今でも忘れない。

チーム小松 in ベネツィア(後列中央が高橋紀成プロデューサー)画像

チーム小松 in ベネツィア(後列中央が高橋紀成プロデューサー)

しばらくはなんとか生きることができていたが、ある日、貧乏な私を見た祖母(現在・他界)が「親戚に絵を売ったから、3日後に絵を持って挨拶に行くからね」と言ってきたのだ。私は絵を売った経験があまりなかったので「お気遣いありがとうございます」と伝えた。祖母は私がどこの美術学校に行ったかも覚えてくれず、いつも綺麗な花の絵を描けと長時間説教をする人だった。厳しい人だったので子供の頃から会話は敬語でビクビクしていた。だからか、私の画業に興味を持ってくれていたことに少し驚いたし感謝もした。3日後、祖母と親戚の家の門まで到着すると、家から出てきた家主は罰が悪そうに私たちに近づき、一言・・・「昨日、骨董品を買ってしまったんだよ。だから今はお金がないから買えないわ。親戚のよしみで了承してしまったが、申し訳ないけど絵はそのまま持って帰ってくれるかな?」と、言われた。

小松美羽《産道》 ※親戚に売る予定だった作品

銅版画の制作風景

銅版画の制作風景

私は「そうですか、私にとっては全ての作品が大切な存在ですから。無理に買うのはいけません。帰りますね、お時間をとってしまいすいません」とだけ伝え、祖母の家に戻った。それから少しして祖母から「美羽の従姉妹が結婚するから、そのお祝いに絵を送っておいたから」と言われた。私は結婚式には呼ばれていなかったため日取りなども知らされていなかったので、いつの間にそんな事になっていたのかと驚いた。でも、もし大切にされないようであれば引き取りに行こうと思っていたので特に問題にはしなかった。

小松美羽《ロリ☆》 画像

小松美羽《ロリ☆》 ※お祝いとして従妹に贈られた作品

数日後、祖母から「美羽、従姉妹の母親から電話が来たんだけど、絵を送られてきても場所に困るからって言われた」
私はすぐに「それなら作品が可哀想なので、引き取ります」と言うと、祖母は「まぁ、とりあえず受け取っておくって」「いいかい、もっと綺麗な風景画とか花とかを描けば売れるようになるし、人からも喜ばれるんだ」と、祖母が淡々と語る。余計なことをしないで欲しいとは思ったが、昔から「美羽はどうしてこんなに要領が悪いんだ。トランプもうまくきれないし手先も器用じゃない」と叱られていたので言葉に詰まってしまうだけだった。祖母はずっと私と妹に「看護師になって医者と結婚しなさい」と言い続けていた。

2010年ニューヨークの小松美羽

2010年ニューヨークにて

2013年パリ(プチパレ」美術館)にて

2013年パリ(プティ・パレ美術館)にて

そんな祖母もきっと生きていたら喜んだであろうことが起きた。我々にとって「達成」の年である2023年、故郷にある長野県立美術館に作品がコレクションとして収蔵されたのだ。画業において多くの達成があると思うのだが、長野県出身の私にとっては、達成の年にこのお知らせが来たことは喜ばしいことだった……。4月からはすぐに覚醒の年が始まる。
世界中がコロナ自粛モードから解き放たれてきている。私も、私ができる役割を1つ1つこなして行き、しっかりと1人の魂を持った人間として恥じない生き方をしていきたい。

小松美羽《灯し続け、歩き続け》画像

小松美羽《灯し続け、歩き続け》 100.5×190.0cm/長野県立美術館蔵

美術館でのコレクションの話も簡単ではなかった。何年もかかった。その間に応援とお力を貸してくださる方々の温かさも感じた。反対や否定的な目で見る人もいたし、否定的だった方が心強い協力者になってくれることもあった。
1つ1つ何かを成し遂げることは簡単なことではない。陰と陽、白と黒、一対で世界は回っている。陽を目指しすぎて陰を憎むのは違う。陰になりすぎて陽から逃げるのも違う。

2019年香港の小松美羽

2019年香港にて

人を羨むことも、人を羨ましがらせることも違う。自分自身がどうであるか、自分の優秀な魂をもっと大切に想いながら新たなる3年周期のスタートである覚醒の年を私は進化に向けて歩んでいく。

強い意志が窺える背中

NAMコレクション2023 新収蔵品展

長野県ゆかりの作品を中心に形成された、長野県立美術館のコレクション。この展覧会では、近年新たに収蔵された作品が紹介される。小松美羽の『灯し続け、歩き続け』も展示。

会期:4月22日(土)~ 6月18日(日)
会場:長野県立美術館 展示室1
住所:長野県長野市箱清水1-4-4 善光寺東隣
時間:9:00~17:00(展示室への最終入場は16:30)
休館日:水曜日(5月3日は祝日のため開館)
観覧料:(本館・東山魁夷館共通)一般700円、大学生および75歳以上500円、
高校生以下または18歳未満は無料
TEL:050-5542-8600(ハローダイヤル)
URL:https://nagano.art.museum/exhibition/namcollection2023_shinshuzo

小松美羽『灯し続け、歩き続け』特別公開

G7長野県軽井沢外務大臣会合期間に合わせて、G7ゆかりの新収蔵作品『灯し続け、歩き続け』が「NAMコレクション2023 新収蔵品展」に先駆けて特別公開される。この作品は、2016年に開催されたG7長野県・軽井沢交通大臣会合のアンバサダーである小松美羽が描いた開催記念作品。

会期:4月13日(木)~ 4月18日(火)
会場:長野県立美術館 1階 オープンギャラリー
住所:長野県長野市箱清水1-4-4 善光寺東隣
時間:9:00~17:00
観覧料:無料
TEL:026-235-7282(長野県 県民文化部)URL:https://nagano.art.museum/news/news_2023g7