コラム

心鏡 #18
2024年1月1日

文=小松美羽


1人の人間としての日々の学びの恵みを受け取り、
筆と体を使って「慈愛の祈り」「平和の祈り」を描く

この世界は複雑だ。ありとあらゆる生き物たちの、種族間においてのルールであったり、自然の中で生きる上での掟が存在したりしている。それは人間だけでなく生命全てに平等で、肉体を得てから成長するまで他者や環境と関わりながら、各々が多種多様な心を形成していくように感じる。
私は小さい頃からアニメや漫画に親しむ機会が多かった。例えば魔法の世界においては、究極の魔法で1つの山を一気に消し去ったり、街1つが一瞬で破壊されたりする描写も見られる。大人になった今となると、その村に住んでいた生き物の、一生懸命に生きた時間を想像することもあり、ただのエンターテイメントでは済まされない感情を持つことがある。
家1つ建てるのだって、大変な事だ。そこに山が生成されることだって簡単なことじゃない。
あなた自身もここまで生きる上で複雑な道を辿ってきたはずだ、葛藤したはずだ。1つの生命体が構築する今の現象がこれほどまでに複雑なのに、それがいとも簡単に消し去られてしまうことの儚さと悲しさにページを捲る手が度々止まる。
理不尽な悪に対峙する通行人にだって、そこを歩くまでに至る時間、他者から受けた愛情の時間や未来があったに違いない。モブなんていないし、勇者だってこの世界にはいない。生きとし生けるもの、どのように魂の成長をしていくのか、各々がただどのように学び、生きる上での選択をしていくのか・・・それをただ平等に天は見ているのかもしれない。
ネット社会の普及のおかげか、個人個人が外に向かって発信する機会は多い。私が見ている範囲では、多くの人が悩みや不安や幸せや喜びや怒りにおいて複雑な感情を持っていて、多様な生活と学びを経ているように感じている。
派手な演出の裏に語られないまま、登場することなく消えていく存在も、例えば「ごんぎつね」や「スーホの白い馬」、ディズニー映画の「バンビ」などのような物語の観点から見ると、雄大な自然の中で光る小さな命の煌めきの尊さに共感をし、涙を流すこともあるだろう。そんな美しい感情も人は持ち合わせている。
我々のような生き物だけではなく、国や文化が辿った歴史も複雑だ。
私は幸いなことに実際に外国に行って、いろいろな国の多様な側面を見て学ぶ機会は人より少しだけ多いかもしれない。ネットの情報と実際に足を運んだ時の肌感の誤差を感じることもあるし、日本にいては知ることのなかった歴史を学べることもある。

2023年11月18日、私はフランスにある世界遺産、モン・サン=ミシェルにてライブペイントをおこなった。海上に浮かぶ修道院の美しい光景は、1度は写真で目にした人も多いだろうし、訪れてみたいと憧れる人も多いのではないだろうか。実際に島内へと足を運ぶと、海風が強く、過酷な環境の中で建築されたことが分かる。
元々はこの島はケルトの人々が信仰していた場所でもあったとされ、708年に司祭の夢の中で大天使ミカエルから3度にわたって聖堂を島に建てるようにとのお告げを受けたとされ、今もなお大天使ミカエルの金の像が島を見下ろしている。聖なる祈りの場所として建築されていった島も、百年戦争の時には島全体が要塞となった時代もあった。また、フランス革命時には修道院は監獄となり、政治的な大きな変革の歴史の象徴的な舞台の1つとしても有名だ。
神聖な祈りの場所だった島も、今に至るまで多くの複雑な歴史の側面を持っているのである。どうかただの観光で終わらせることなく、この地に足を運び、そこから自分なりに聞いて感じて学ぶ機会を得てほしいと願う。そして、そう書いている私自身もそうでありたいし、もっと学ばなければいけない。
聖堂でおこなわれる午前のミサにおいて私なりの祈りを捧げていると、慈愛の光の一片を感じて胸が安らいだのを覚えている。
刻まれた歴史から私たちは、平和へと正しく学んでいかなくてはいけないのかもしれない。
2023年はモン・サン=ミシェル大聖堂建造開始1000年の記念すべき年だ。そして、観光友好都市(姉妹都市)であるモン・サン=ミシェル市と廿日市市、両市の友好15周年に向けてのセレモニーの場においてライブペイントを島内で描ききることができた。心から多くの協力してくれた皆様に感謝。
両市は共に海に浮かぶ世界遺産である。広島での平和への学びでのご縁から、厳島神社へと繋がれ、そしてモン・サン=ミシェルへと紡がれていった。

廿日市市とモン・サン=ミシェル市長の握手

廿日市市の松本太郎市長(左)とモン・サン=ミシェル市のジャック・ボノ市長(右)

ライブペイントは2枚で一対の構成で描いた。
1枚はモン・サン=ミシェル市へ、1枚は廿日市市へ。15年から先の未来も友好が紡がれ続けることを祈り、キャンバスの前で創造する1人の人間としての日々の学びの恵みを受け取り、筆と体を使って「慈愛の祈り」「平和の祈り」を描くという役割を果たすことができた。
今一度、自分の手のひらを見る。その手が何を創造し、何を気づかせているのかを、光の中で悟っていきたい。

小松美羽とモン・サン=ミシェル市長

一対のライブペイント作品のうち、平和の象徴である白いハトと7体の天使を描いた作品が、
小松からモン・サン=ミシェル市に寄贈された。

2024年は辰年。川を泳ぐ鯉が滝登りに挑み、達成した後に龍となるように、私も小さな鮒であっても激流に負けない精神を持って生きていく覚悟である