コラム

温故知新 vol.15
「空想上の生き物を描くⅠ」

文=松本亮平

空想上の生き物を描く面白さ

空想上の生き物を描くことはとても面白い。実在しない生き物であるため、リアリティのある表現は難しいが、それを克服できた際の創造の喜びは大きい。また、空想上の生き物はそれぞれ固有の意味を持つ場合が多く、そこにメッセージを乗せる楽しみもある。これは先日『四神図』を描いた私自身の実感である。四神は東西南北の四方を守る霊獣である。守り神という性質上、威厳があり力強いのと同時に優しさや親しみやすさも大切にして四神の表情を描いた。また、神々しさを感じさせるように鮮やかな色を何度も塗り重ね、深みのある幻想的な表現を目指した。

松本亮平《四神図》2023年 アクリル:木板 33.4×33.4cm

松本亮平《四神図》2023年 アクリル/木板 33.4×33.4cm

 

日本における神としての龍

古来より画家は空想上の生き物を描き続けている。画家はその物語や伝説に興味を持ち、自然界に存在しない生き物に対して不思議な力を感じ、その魅力を表現できるように工夫を凝らしてきた。特に龍は東洋では特別な存在だったようだ。龍は雨を司るとされ、大切な農耕の神様とされていた。日本にもその信仰を感じさせる威厳のある龍の絵が数多く残されている。狩野山雪の『双龍図』は降龍と昇龍からなる劇的な作品である。天を切り裂く迫力のある龍は神様として申し分のない崇高な姿である。背景の幻想的な墨のグラデーションが龍を浮かび上がらせ、実際にこちらに飛び出してくる勢いを感じさせる。また龍の形体も立体的に描かれており、空間の奥深さも感じさせている。
私が『四神図』を描いた際、「青龍」の立体的な形体については最も悩まされた。角は頭のどこから生えていれば不自然にならないのか、腕の位置はどのあたりか、など考えさせられ、最終的には粘土で簡単なモデルを作り参考にした。江戸時代、分類学の基本となった中国の医術書「本草綱目ほんぞうこうもく」において龍は「頭は駱駝(ラクダ)、角は鹿、眼は兎※1、耳は牛、うなじは蛇、腹はシン ※2、鱗は鯉、爪は鷹、掌は虎」と具体的に著されており、当時の画家は龍をリアルに描くための参考にしていただろう。
※1 眼は鬼との説もある。
※2 蜃……蛇に似た、角のある大きな空想上の生き物。

西洋絵画の凶悪な龍

西洋古典絵画に登場する龍は、神話に基づいて聖人と対立する邪悪な存在として描かれる場合が多い。パオロ・ウッチェロの『聖ゲオルギウスと竜』は典型的な聖人による龍退治を描いた作品である。人に害をなす邪悪な龍が王女を生贄として要求した。聖ゲオルギウスはこの龍を槍で倒し王女を救っている。この物語の主人公は龍ではなく聖ゲオルギウスであり、その勇気と正義の行動がキリスト教の規範として伝承されている。そのため、この作品においては聖ゲオルギウスにこそ崇高さが感じられる表現になっている。画面右上の不思議な渦巻く雲は聖ゲオルギウスを後押しするパワーを与えるように描かれているのだろう。白馬や甲冑の光沢なども美しく、暗い背景から浮き出すようになっている。一方で龍は背景と同系色で明度差も少なく、背景に沈むように描かれている。主役を明確にする工夫である。

パウロ・ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》ロンドンナショナルギャラリー

パオロ・ウッチェロ《聖ゲオルギウスと竜》ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

古典絵画における龍の描写から、当時の価値観や宗教観を見てとることができる。東洋では自然を司る龍を崇めて共存することを目指していたのに対し、西洋ではそれを克服すべき対象と考えていたのだろう。

自由な空想上の生き物たち

また日本の古典絵画には、直接的に宗教や神話に関連するもの以外にも、オリジナリティ溢れる空想上の生き物も登場する。歌川芳虎の『家内安全ヲ守十二支之図』では、十二支の動物たち全てが合体し、一頭の空想上の生き物になっている。その題名からもわかるように十二支全ての縁起の力を持つ「家内安全」の願いが込められた生き物なのだろう。日本に限らず、それぞれの文化圏には独自の空想上の生き物や伝説がある。次回は人々が自由に夢想した多様な空想上の生き物を見ていきたい。

歌川芳虎《家内安全ヲ守十二支之図》 太田記念美術館蔵

歌川芳虎《家内安全ヲ守十二支之図》 太田記念美術 

松本 亮平(まつもとりょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
REIJINSHA GALLERY https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/

※ 太田記念美術館
・住所 東京都渋谷区神宮前1-10-10
・電話 050-5541-8600(ハローダイヤル)
・時間 10:30〜17:30 (入館は17:00まで)
・休館日 毎週月曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)、展示替え期間、年末年始
・URL http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

開催中の展覧会:ポール・ジャクレー フランス人が挑んだ新版画

ポール・ジャクレー「打ち明け話の相手、連作「満州宮廷の王女たち」より」(個人蔵)Ⓒ ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2023 E5060

ポール・ジャクレー
《打ち明け話の相手、連作「満州宮廷の王女たち」より》
(個人蔵)
Ⓒ ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyo, 2023 E5060
前期展示

フランス・パリに生まれたポール・ジャクレー(1896〜1960)は、3歳の時に来日し、64歳で没するまで日本で暮らした。1934(昭和9)年、38歳の頃から南洋やアジアで暮らす人々を描いた木版画を続々と刊行。絵師、彫師、摺師の協同作業による「新版画」が盛んとなった昭和前期において、様々な国の老若男女の生活を鮮やかな色彩で描いた彼の作品は異彩を放っていた。本展では、ジャクレーが挑んだ新版画の魅力を知ることができる。

会期:2023年6月3日(土)~7月26日(水)
前期 6月3日(土)~6月28日(水)
後期 7月1日(土)~7月26日(水)
※前後期で全点展示替え
入場料:一般1,000円、大高生700円、中学生以下無料

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