コラム

日々是好日 −画家の書斎から−
第5回

      文=佐々木 豊

大作の描き方

今回のテーマは「大作の描き方」である。
100号は君にとって大作? それとも小品? ま、100号が小品というのはあり得ないだろうが、国立新美術館の広い壁に3米50糎の絵を並べるようになって、小生にとって100号は大作ではなくなった。描きやすい手頃の大きさの絵である。
その国立新美術館で、昨日、日展を観た。
ほとんどが100号である。100号を縦にして、目の前のモデルを立ちポーズで描くと、ほぼ等身大でおさまる。
モデルと、絵の中に描かれる人物が同じ大きさなので、形やプロポーションの狂いなど、すぐ発見できて描きやすい。リーダー格の中山忠彦氏はもう何十年もこの構図で描き続けてきたので完成度が高い。
これをもし、200号の大きさで描こうとすると、様々な課題が浮上して手こずること必定。例えば──

  1. 余白が広すぎて2人か3人の人物を組み合せざるを得ない。それがイヤなら、風景の中に人物を等身大で描くしかない。すると、主題がぼけてしまう。風景なのか、人物なのか、主題は?
    前者に関連した思い出が小生にはある。
    山種美術館で竹内栖鳳の人物画を観たのだ。
    2、3人の人物を組み合せて描こうとして未完成に終った絵だ。あの栖鳳にして、人物たちのポーズや前後感の表出に思い悩んでいるうちに死を迎えたのにちがいない。
  2. ならば人物を等身大より大きく描いてみたらどうだろうか。例えば倍の大きさで。これは人物を組み合せるよりももっと難しい。
    ここにへそがあれば、このあたりにお尻といった、風呂などで慣れ親しんだ日常感覚がぶちこわされて描けたもんじゃない。

佐々木豊《二足の草鞋のドクターF》162.1×130.3cm 2009年


大作には大作用の道具を
ところで団体展などで、入落すれすれの絵が出口近くに二段がけで並んでいる、いわゆる追い込み部屋。ある共通した欠点が見受けられる。ふだん、20号止りの絵しか描いていないのに、無理して制限いっぱい100号に取り組んだところからくる欠点だ。100号の大きさの絵は運動場の広さに感じられるはずだ。描いても描いてもアキが埋らない。
で、様々な色彩で様々な要素を描こうとする。ゴチャゴチャ派の誕生だ。アンタいったい何を言いたいの? そこでだ。まず画材から。君のその筆は100号を描くにしては小さ過ぎるよ。ハケを用意すべし。パレットも小生のように20号キャンバスを登用すべし。そこに大きなチューヴからごってり絵の具をしぼり出そう。色数は少なくていいから。

ゴチャゴチャの絵を救う方法が無いわけではない。今年 ’23年初め、毎日芸術賞を受賞した遠藤彰子氏の絵を研究されよ。遠藤彰子氏の絵は大画面に大勢の人たちが浮遊する、一見するとゴチャゴチャの絵のようにも見える。しかし、どの絵にも例えば高速道路が画面の端から端まで、つらぬいて、画面を律しているのだ。さながら寺院建築における大黒柱や梁のように。


Big pattern ─大きな形で括る
大きな筆は穂先から脳に大きく描けと指令する。ゴチャゴチャの絵を救うもう一つの方法がある。
小生が通信教育の講談社フェーマススクールズからコネティカット州、ウエストポートにある本校へ研修を命じられた時のことだ。そこでたたきこまれたのは遠くから見ても目立つポスターのイラストや大作を描くコツである。
「Big pattern」この語をくり返すアメリカ人の教授。目の前に生徒の課題作品がある。
広い飛行場の真中に小さく描かれた旅客機に乗客が何十人も並んで乗り込もうとしている。
その絵を教授はまず、飛行機を拡大して、頭部と尾翼を断ち切りにした。そして乗客も入口附近の7、8人にしぼって後列は断ち落し。
こうして、アキが8割、飛行機と乗客のポジの形が2割だった配置が逆転。
飛行機と人物群のポジの形が画面の8割を占め、余白(ネガの形)は2割。アキの少ない絵はたしかにインパクトが強い。
余白の広い生徒の絵が一変した。なるほど、Big patternか。形を大きく括って、大きく画面に配置せよ。
これが大作を描くコツなのだ。この手で描いた絵が今年の国展に出品した顔の絵である。横巾は3米50糎ある。

佐々木豊《泳ぐ人》227.3×343.9cm 2022年


絵は密度が語る
ここで話はがらりと変る。この原稿を書いている最中に銀座の画廊へ出かけた。松岩邦男氏の個展を観るために。
松岩氏が4、5年前あるコンクールへ出品した絵を小生が購入して、教えに出向いている、渋谷の美術専門学校に飾ってある。氏の絵のボッシュのような幻想味と重厚な絵肌に魅かれたのだ。動物や人物を描いた20号止りの絵が中心だが、どの絵も密度が凄い。
観終って、すぐ近くで開かれていた小生の属する国画会の若手のグループ展をのぞいていみた。荒い絵が多い。130号の大作を急いで描いたふしが垣間みえる。松岩氏の密度のある絵を観た後なのでよけいに荒さが目立って見えたのかもしれない。大作のもう一つの難しさは、密度に欠け、説得力を失ってしまうところにある。それには時間をかけて、じっくり取り組むしかないのかもしれない。遠藤彰子氏のように。

 

佐々木 豊
画家/1935年愛知県出身。1959年東京藝術大学油画科卒業、1961年同専攻科修了。受賞:1959年国画賞(1960年も)、1961年国画35周年賞、1992年第15回安田火災東郷青児美術館大賞、1993年・2001年両洋の眼展:河北倫明賞など多数。1991年〜2006年明星大学教授。日本美術家連盟理事。技法書『泥棒美術学校』(芸術新聞社)は10版を重ねる。他に著書多数。

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