コラム

街を歩けばアートに出会う
美術探偵の“街中あーと”めぐり  第14回

文・写真=勅使河原 純

白い虎が見ている

中谷ミチコ《白い虎が見ている》(2020)

江戸城には、内ほりに面した11個所に城門があり、そのほか現存してはいないが外濠用の門もいくつかあったようだ。それらのなかで、赤坂見附のあたりで一度濠をせき止め、ひとつの溜池を形成していたのが「虎の門」である。日時や方角を示す干支のならいで、「虎」ではなく「寅」の字を当てられる場合が多い。だが、いずれにしても動物でいえば全てトラのこと。そんなわけで、彫刻家・中谷ミチコが東京メトロ銀座線「虎ノ門駅」ホームに設置する公共彫刻の依頼を受けたとき、すぐさま頭に閃いたのが猛獣トラであった。それも青龍、朱雀、玄武などと並んで、太古より四神のひとつと数えられてきた「白虎」だ。
中谷ミチコは東京に生まれ、多摩美術大学彫刻科へと進み、在学中はひたすら人体の塑像制作に打ちこんでいる。2005年に卒業後、さらに幅広い可能性をもとめてドイツへと旅立つ。ドレスデン造形芸術大学でマイスターシューラ―ストゥディウムを修了し、以後VOCA展奨励賞、「20th DOMANI・明日」展、「越後妻有トリエンナーレ 大地の芸術祭」展出品と、活発な創作活動を展開している。現在は三重県の津で、最後に帰還する場としての住居とアトリエを営んでいる。
渋谷行のプラットホームに設置された、大型のレリーフ『白い虎が見ている』では、可愛らしい12人の少女が並んで登場している。あたりを気にしながら、思い思いにトラのお面を顔(頭部)につけたり、外したりしてはしゃいでいるのだ。きわめて風変わりな、それでいてひどく好奇心をくすぐられる情景だ。ところが近寄ってよくよく眺めると、膨らんでいるはずのところが、逆にへこんでいるではないか。従って前後関係も真っ逆さまで、どこが少女の顔でどこからがトラのお面であるのか、俄かにはつかめない。写真に撮って図版に置き換えてみても、この不可解な状況はさして変わらない。

中谷ミチコ《白い虎が見ている》部分(2020)

彼女は私費と公費を合わせ7年間の留学生活を送るうち、ドレスデンである不思議な体験に遭遇する。粘土でつくった原形を石膏で型取りしたもの、つまり実際のデコボコを逆さまにした雌型に頭を突っこみ、内側を覗きみたのである。「気持ち悪いものができてしまった」と感じながらも、そこへ原図を重ね描きし透明樹脂を流しこんでみた。友人たちは一様に「これは面白い」と驚嘆する。後の大型作品へとつながる、一筋のリバーサルな道だった。
粘土原型の雌型のへこみは、いままであったものが空洞になっている状態であるが、そこに樹脂を流しこむことで、原型でつくられたイメージの不在がマテリアルとして顕在化してくる。このカラクリを作者自身は、ライターの山内宏泰に対しこう分析してみせる。「実在しないイメージを粘土でつくって、それを型取りして無くなったところに透明の素材を流しこみ、『ない』と『ある』が同時に起こっていることの面白さに、当時の私は反応したのかなと思います」(インタビュー『すべての人の自刻像に近づくために…』)

中谷ミチコ《白い虎が見ている》部分(2020)

月面クレーターの陰が、太陽光の射す角度によって上下逆さまについたため、デコボコが逆にみえてしまう現象とか、水を掬おうとする両手の凹凸をそっくり逆転させた中谷作品『すくう、すくう、すくう』(2021)など。立体と反立体のあいだに横たわるグレー・ゾーンについて、われわれはまだいかほどのことも体験してはいないらしい。さらにこの巨大なレリーフの特異さを増幅させているのは、少女たちがトラのお面を顔から着脱させ、現実世界においても一種の変身・逆転作用をみせているせいかもしれない。彫刻という三次元の造形物が、同じく三次元であるリアルワールドを裏切ってまで、常識に擦り寄ろうとしたスリリングなクリーンヒットでもあるのだろう。

中谷ミチコ
1981年東京都生まれ。多摩美術大学美術学部彫刻学科卒業後、ドレスデン造形芸術大学マイスターシューラーストゥディウム修了。2010年VOCA展奨励賞、2020年第31回タカシマヤ文化基金・タカシマヤ美術賞受賞。現在、三重県を拠点に活動中。

勅使河原 純
美術評論家。1948年岐阜県出身。世田谷美術館で学芸業務のかたわら、美術評論活動をスタート。2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所「JT-ART-OFFICE」を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。