アートを学ぶ

河合 光子 Mitsuko Kawai
QUATTRO VITE -4つの命-

 

美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します

 

河合光子の芸術表現で特に印象的なのは、都市や自然の風景を独特な感性で描き出すということだ。そこには過去との強い結びつきがあり、日常生活の中で経験する静寂の瞬間も存在する。

ここに掲出した4点の河合作品のうち、3点が油絵具でキャンバスに、もう1点がパステルを用いて紙に描かれている。そこには空気や光を捉える優れた能力が発揮されており、単なる視覚的な観察を超えた、魂から湧き出る物語としての感情を呼び起こす。

掲出作からは、時間や空間、さらに人間と風景との関係性に対する深い関心がうかがえる。同時に、河合は現代における関係性の力学にも特別な関心を寄せており、それは過去と関連づけられているようだ。

彼女の作風は、綿密な構図と印象的な色遣いを組み合わせたもので、写実的なディテールと抽象的な感情表現のバランスが取れている。静寂、記憶、詩、そして自然との対話が河合作品に繰り返し登場するテーマ。そこに流麗で鮮やかな筆触を織り交ぜた技法が用いられている。このアーティストは、シンプルなものの美しさや生活空間の魅力を探求し、観る者を思索的な雰囲気へといざなうのだ。

 

VITA-1


サンマルタン運河Ⅱ

油彩/キャンバス 38.0×45.5cm 2017

 

世界的に有名なこのパリの運河を、河合は20世紀の巨匠たちを彷彿ほうふつとさせる繊細かつ詩的なアプローチで描いている。

水の描写は特に重要である。柔らかな色調と陰影を巧みに操る筆遣いを駆使して、この画家が空や周囲の樹木を映し出す水面を描き出していることが分かるだろう。河合はまるでこのシーンの細部まで見逃すまいとしているかのようだ。この色彩戦略は、時間と空間が停止し、雑音が消え去ったかのような静謐な感覚を生み出している。

自然と人工の要素を巧みに配した構図の中で、船は何の苦労もなく川に浮かんでいるようだ。河合は静寂が支配する情景を捉え、自身が絵を描いている最中に感じたことを含めて、その場にいた人々の感情全てを伝えることに成功している。

作品の舞台となった場所は、青と緑が支配的な色彩で構成されている。それらの色は一瞬の純粋さと静謐な雰囲気を強調するが、一方で土手に使われたアースカラーは、構図全体を視覚的に支える役割を果たすのだ。

 

VITA-2 


ホテルの窓から

油彩/キャンバス 38.0×45.5cm 2017

 

親しげな個人的視点を探求し、この画家自身がホテルの部屋の窓から見下ろした街の様子を描いた作品。この視点は鑑賞者を被写体から切り離すアングルを提供し、描かれた人物の身振り、行動、表情に注意を払う思索的な視野を強調している。

人工的とも思える光に照らされた人々は、想像の余地を残すような印象主義風のタッチで描かれている。おそらく河合は、その光景を写真のように描写することに興味があるのではなく、その瞬間に抱いた感情や感覚を永遠のものにしたいと考えたのであろう。不滅の存在である人々の姿と、彼女自身が感じていることの双方を。

暖かな光と冷たい影のコントラストは躍動感のあるダイナミズムを生み出し、都会の喧騒の中で立ち止まり、考えを巡らせている一瞬を思わせる風景が描かれている。

この作品は、窓の外の景色をそのまま写したものではない。鑑賞者に作品の境界線を越えた向こう側にあるものを想像させる絵画。彼らはこのアーティストの親密な世界に参加しているような感覚になり、物語性まで感じ取ることができるのだ。

 

VITA-3 


モレの休日

油彩/キャンバス 53.0×65.2cm 2017

 

この作品で河合は、鑑賞者をパリ郊外にある歴史的なモレ村(モレー・シュール・ロワン)へといざなう。

その印象的な構図から、構成面で優れた作品であることが明確に分かる。緑豊かな自然に囲まれた古い建物や橋のディテールが捉えられ、作品の焦点となった。暖色系の色が中心となって、ロマンチックな郷愁を呼び起こす画面。時の流れとの強い結びつきも感じられる。植物部分に使われた描写法は特に効果的で、鑑賞者に動きと生命感を十二分に伝えることができた。

自転車を停めて川べりに腰掛ける二人は、水の流れを静かに眺めているようだ。その様子は、静謐な瞬間の詩的な美しさを際立たせる。しかし、河合の筆が伝えているのはそうした美しさだけではなく、この風景が鑑賞者に思い出させる自然が持つ力や軽やかさと、人間が築き上げてきたものとのバランスだ。それは、我々に人生の真の価値について考えさせてくれる。

まるで深い幸福感を味わっているように描かれた二人の登場人物。彼らと同じように、この作品を観る機会に恵まれた人もまた幸福感を覚え、時間を超えた場所に留まり続けるだろう。

 

VITA-4 


緑陰

パステル/紙 100.0×72.7cm 2021

 

画家本人の言葉によると、この作品はモンパルナスの緑地を散策した際のスケッチから制作したものらしく、風景をより親密で身近なものとして捉えている。ここでも河合は、フランスの風景に捧げるオマージュを表現した。自然な雰囲気と新鮮さが感じられる、掲出作の中では唯一、パステルで描かれた作品だ。

パステルの柔らかく重層的な筆触が豊かな色彩の密度を生み出し、木々を通して放たれる光と影の戯れに深みを加えている。緑を基調とする色調にアクセントとして使われたのは、暖色系の色。そのために舞台となった場所の静寂と調和が強調され、穏やかで瞑想的な感覚が呼び起こされる。

他の3作品と比べてより大きなサイズであるため、鑑賞者はさらに深く画面に没入できるだろう。だからこそ、自分がこの風景の一部になったような感覚を味わえるのだ。

 

河合作品は、日常生活の些細な物事の中にも見出すことができる、美に対する詩的なオマージュだ。その光、色、構図は、時代を超えた感情や感覚を生み出すための手段となっている。

一見シンプルでありながら、強烈な印象を与えるディテールを通して心理状態を伝えるこのアーティストの能力は、技術と感性を兼ね備えた熟練のあかしといえる。河合がいかに時代を強く意識しているか、また、社会や自身を取り巻く世界を注意深く分析しているかを示すものでもある。

河合光子はフランスを旅して美しさを探求する中で、自らのまなざしで捉えた風景を描写した。それらの作品は、人々を取り巻く世界の魅力を再発見させてくれる。

 

評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏

 

[Profile]
河合 光子 Mitsuko Kawai
1938年生まれ。東京都出身。大学卒業後、家庭人の趣味として、油彩画を市民グループにて樋口洋に師事。1991年示現会初出品。佳作賞、奨励賞を受賞。オーストリア・チロル、パリ、東欧、東南アジアを旅行、各地でスケッチ。グループ展、公募展等に出品、個展開催。現在はパステル画も学び発表。 示現会会員/現代パステル協会会員