アートを学ぶ

蝶野 麗子 Reiko Chono
QUATTRO VITE -4つの命-

 

美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します

 

蝶野麗子は、感情豊かな物語を表現することで、エレガントな雰囲気を醸し出す画家である。彼女の作品は主に、怒りや悲み、憂鬱といった女性の感情や、母と子との深い絆などをテーマとしいる。

日本の伝統に根差しながらも、現代的な感性によって再構築された視覚言語によって芸術表現をおこなう蝶野麗子。彼女が用いるのは、雲肌麻紙、岩絵具、墨そして顔彩など。それらの画材によって描く優美な線、幾重にも重なる色が、感情が渦巻くかのような時空を超えた幽玄な雰囲気を呼び起こし、自らの作風を際立たせている。

彼女の芸術が持つ特徴の一つは、作品の中に能面と思われる仮面が登場すること。この仮面は、人間の感情を隠しながらも、その逆に強調するという要素も併せ持っている。なぜなら鑑賞者は、視覚だけでなく、あらゆる感覚を働かせて描かれているものを理解し、分析せざるを得ないからだ。

蝶野作品には物語が秘められており、鑑賞者と何らかの会話を交わしているかのようだ。そして美、あるいは深く純粋な愛、精神的な強さといったテーマについて、彼らを深い考察へと導いていくだろう。

 

VITA-1


春風

岩絵具、墨、顔彩、アクリル/雲肌麻紙、板 53.0×45.5cm 2023

 

満開の桜の下でたたずむ仮面を着けた女性の姿に象徴される、美のはかなさを捉えた作品である。詩的でロマンチックなイメージには、表面的な容姿の美しさにはとどまらず、女性の個性や独自性までも含んだ魂の美しさ、深遠な美に関連した意味が込められている。

彼女の着物にそっと触れる風は、春の訪れを連想させる前向きなイメージを象徴しているが、同時に季節などの移り変わりやさまざまな変化を表すものでもある。

蝶野は、人物を描いた雲肌麻紙を水で切る「食い切り」という技法を用いた。こうして板に貼り付けられた女性の姿は柔らかな浮遊感が醸し出され、背景と見事に調和している。

着物に使われた淡い色調と、絶妙な強弱の変化がついた木目とのコントラストによって、構図は見事にバランスが取れている。女性の顔を覆う仮面は、外見の美しさと内面の深みという二面性を強調し、その人物の魂や個性とも結び付いているようだ。こうした外見と内面との対話は、作品を詩的な物語に仕立て上げ、このアーティストの内省的な感覚を表現することとなった。

 

VITA-2 


愛で虫・夏の虫

岩絵具、墨、顔彩/雲肌麻紙 72.7×60.6cm 2013

 

一見して謎に満ちた作品。面を着けた人物が、炎の中で絡み合う二匹の蝶の様子を観察しており、燃え上がるような情熱と破壊の危険性との対比を想起させる。

日本画特有の顔彩という絵具を使うことで、蝶の羽には鮮やかな輝きが与えられ、はかない美の象徴となる。そしてそれは、蝶を焼き尽くしてしまう炎の舞の残酷な調和と対照を成しているようだ。

暖色を中心とした濃密な色彩による構図は、潜在的な感情の葛藤を暗示し、面の下に隠されている涙、あるいは怒りの意味についての思考を鑑賞者に促す。

蝶野はこの作品で、「八方にらみ」という目の表現を使っている。これは、どの角度から見たとしても、登場人物の視線が鑑賞者を追ってくるように感じるというもの。不安感を際立たせると同時に、真実を語る目の力を強調するものだ。

 

VITA-3 


無 浮き世の果て

岩絵具、墨、顔彩/雲肌麻紙 91.0×72.7cm 2018

 

この作品は、兵士の帰還を待ちわびていた妻の目を通して表現されている。時代がもたらす変化と、戦いの後で顕在化したトラウマをテーマとしていると、私は感じた。

戦地から戻った夫は、悲しいことに小さく、変わり果てた姿になっていた。肉のない、骨だけの存在。まるで背後が透けて見えるような不穏なその姿からは、距離感と疎外感が漂っている。女性の心の痛みを表現しているのは、これも「八方にらみ」の鋭いまなざしだ。

メランコリックで、モノクロームであるかのような雰囲気を醸し出す墨によって、物語はより力強さを増している。『無 浮き世の果て』というタイトルそのものが、葛藤が人間関係に残した感情的な空虚感と断絶を想起させる。まさに静寂と平穏の終わりではなかろうか。細やかな線と繊細なディテールに支配された構図は、壊れてしまった絆のはかなさや、平和で穏やかな生活への回帰を願うこのアーティストの気持ちと呼応しているようだ。

女性が着ている白い着物の、生き生きとした表情に注目してほしい。白は希望と変化の色であり、この作品では、まさに前向きな意味での進化への願いが的確に表現されている。

 

VITA-4 


母の鬼

岩絵具、墨、顔彩/雲肌麻紙 91.0×72.7cm 2024

 

蝶野麗子によるこの作品は、幻想と現実とを織り交ぜた物語であり、母性本能が持つ保護的側面を比喩的に表現している。

鬼として描かれた母親の姿は、愛と凶暴性という同じコインの裏表を体現するもの。一方、子供と小鹿は無邪気さや傷つきやすさとの象徴的な類似性を示している。

母親の着物は鮮やかに描かれているが、風景には落ち着いた色調が用いられ、対照を成している。それはまるで、母親の力強く中心的な存在感を強調するかのようだ。また、岩絵具は雲肌麻紙の上の色彩構成に深みを与え、動きが強調されると同時に緊張感も生まれている。

母性という普遍的なメッセージに物語の要素を織り交ぜることで、この作品には時代を超越した意味が加わった。母親は本質的に優しく穏やかな存在ではあるが、ひとたび子どもが危険にさらされ、命を脅かされた時には、鬼にも悪魔にさえ変貌することがあるのだと、蝶野はその作品を通して思い起こさせてくれる。

 

蝶野麗子の芸術は、強い感情と技術、伝統と革新、哲学と情緒、物質的で具体的な側面と内面的な無意識の領域との間の深い対話だといえる。

素材や象徴性を巧みに使った彼女の作品は、日本の歴史や文化から着想を得た言葉を通じて、男女や母子の関係性における愛や、最も純粋な真の感情などの時代を超えたテーマについて哲学的に表現されている。それは、現代人の感性に響く普遍的な物語を伝えるものだ。

蝶野の個々の作品は、単にあるイメージや場面を表したり、あるいは技術の高さを示したりするものではない。物語に満ちた世界へと向けられた窓であり、美意識と内省、さらに純粋な感情が交錯した、人生経験の複雑さと美しさを明らかにするものでもある。

蝶野麗子は、人間的な深みと魂の純粋さを探求し、人間関係の魔法を物語るアーティストなのだ。

 

評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏

 

[Profile]
蝶野 麗子 Reiko Chono
1969年生まれ。愛知県出身。2011年~2024年サロン・ドトンヌ入選。2009年パリ国際サロン・ザッキ賞。2010年フランス美術賞展優秀賞、日中書画連合展文化局長賞。2011年日本人物画協会人展奨励賞。2012年サロン・ブラン展新作家賞。2013年モナコ・日本芸術祭名誉賞。2014年モナコ・日本芸術祭文化芸術賞。