
美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します。
吉田賢治は、雄大な自然の姿に魅了され、レンズを通してそれを見事に表す写真家である。彼の作品の特徴は、色に対する研ぎ澄まされた感性。また、光を意のままに操る撮影技術から判断して、作品のクオリティーは非常に高い。
吉田は狙った構図に対して厳格にアプローチし、自然が持つ色合いを優れた感性で再現する。写真家というよりも、むしろ自然そのものについて語るストーリーテラーのような存在といって良いだろう。彼は風景を単に記録するだけではなく、生命のはかなさを捉え、自然はいかに進化するか、自然はいかに美しいかといったテーマを探求する視覚的な物語へと自らの作品を昇華させている。
彼の細部へのこだわりと思索的な取り組みによって、光と影は踊るように調和し、深い感情を呼び起こす。吉田の作品を鑑賞することが、ほとんど精神的な、時に神秘的とさえいえる体験へと変貌するのだ。それは彼が自然を前にして感じたこと、写真を撮ることで人々に伝えたいと思ったことと同じ感情である。
吉田賢治は作品を通して、人間と自然界の関係について考えるよう鑑賞者をいざなう。そして、両者を結びつける崩れやすく貴重なバランスを強調するのだ。しかし、その一方で、宇宙を構成する要素に比べれば、人間がいかに取るに足らぬ存在であるかということも浮き彫りにする。
VITA-1
凍る滝

写真 2000
この作品で吉田は、水が凍り始めた時季の滝を写している。いわば、冬の圧倒的な力が支配する瞬間を捉えたものだ。彼自身が語っているように、その象徴的なイメージは、滝行に励む僧侶の姿を想起させる。
垂直の構図が特徴的な作品であり、重力にあらがうかのように立ち現れた氷の存在感が際立っている。岩と氷が織りなす複雑な質感が極めて精密に表現されており、不動の固体と凍りはじめた水の流動性との間には、明確な対比が生まれた。
光と影の戯れがこの場面に深みとドラマ性を与え、冷たい色調が厳かで瞑想的な雰囲気を強調している。画面全体に冬の冷たさが表れているといえるだろう。
吉田がこの作品で取り組んだのは、季節の移ろいや時の流れ、そして変容。「万物は流転する」と説いたギリシアの哲学者ヘラクレイトスの思想のメタファーとも考えられる。
VITA-2
朝焼け

写真 2003
岩山や雲を炎のように鮮やかな赤で染め上げる朝焼け。この作品で吉田は空に広がる鮮やかな色を捉え、夜明けの美しい風景を賛えている。
再生と希望に対する賛歌でもあり、新たな一日が始まり、燃え上がるような空が夜の闇を追い払う瞬間を永遠のものとした。
広々とした範囲をカバーできる広角の構図が用いられ、山頂を見上げる視点は風景の壮大さを伝えている。色彩に関しては申し分なく、広がっていく暖色が朝の冷涼な空に映え、鮮やかさが際立つ見事なカラーバランスを生み出した。
柔らかな雲の質感は、いまだ光が当たっていない下方の山の堅固さと対照的である。それは、空や宇宙がいかに偉大かを、さらには精神が物質よりもどれほど優位にあるかを暗示するものだ。
VITA-3
強風のパイネ

写真 2003
絶えず強風が吹き付けるパタゴニア地方の空と山を捉えた写真。巨大なレンズ雲が、まるで宇宙から飛来した存在のように空を支配している。
この作品からはエネルギーとダイナミズムが感じられ、鑑賞者の視線は、雲の中心部へと自然に導かれる。雲こそが、このシーンの真の主役なのだ。印象的なほど鮮明に表現された空は、画面の約3分の1を占める、より柔らかな印象の光に包まれた下部の風景と好対照を成している。
吉田賢治は、レンズ雲の特殊な形状を利用して、回転しながら一定の方向へと進む雲の動きを示唆しているようだ。それは、地表上の要素と大気との相互作用を強調すると同時に、自転しながら太陽の周囲を公転する地球の役割をも想起させる。
瞑想を表す青と、変化を表す白、この二つの色のコントラストも象徴的なもの。人間を取り巻く環境と未来について深く考えることを暗示するような作品である。
VITA-4
火点し頃

写真 2003
この『火点し頃』と題した作品で、吉田賢治はこれまでの3点の作品よりも親密さを感じさせる方向へと舵を切った。ここに捉えられているのは、家々の明かりが点り、蛍が舞い始める夕暮れ時である。
自然の要素と人の手によって精巧に作られた建物が混在する不思議な次元にいるかのような郷愁を、この作品は鑑賞者に呼び起こすだろう。バランスが取れ、慎重に調整された構図は、鑑賞者の視線を画面中央の上部にある家から漏れる人工的な光と、右側の蛍が放つはかない輝きの双方へと導く。
画面全体を支配する暗色を中心とした色彩は、温かみを感じさせながらもメランコリックな雰囲気を醸し出している。それが鑑賞者それぞれの記憶の領域を活性化し、近づきつつある夜の休息と瞑想の時間を想起させる。
はかなげな光や虫のかすかな動きさえ捉えることを可能にした、吉田賢治の写真技術と感性は非常に優れたものだ。彼の詩的な表現は、蛍が生み出す自然の光と人工的な光との対比に焦点を当てている。人間が屋内にいれば、蛍は危険にさらされることなく、自由に飛び回ることができる。つまり、人間が自然にとって危険な存在になり得ることを、吉田はその作品によって我々に思い起こさせているようだ。
吉田賢治の芸術は、ありとあらゆる自然を賛美するものであると同時に、自然と人工物との対比を注意深く分析するものでもある。彼は作品を通して、さまざまな対象が持つ強さともろさ、光と影、はかないものと永遠なるものとの間の緊張を物語るのだ。
彼のレンズによって不朽の存在となったそれぞれの写真、それぞれの風景は、単なる表現ではなく、鑑賞者を自然界に深く没入させ、その美しさを再発見するようにいざなう視覚的な瞑想であるともいえる。
宇宙の壮大さに比べると、人間は小さく、取るに足らない存在である。吉田賢治の写真作品はその事実を念頭に置きながら、地球上での人間の役割を再認識するよう促すものだ。
評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏
[Profile]
吉田 賢治 Kenji Yoshida
国内展、海外展出品多数。全日本山岳写真展文部科学大臣賞、山と渓谷社賞、なら写真展富士フイルム賞、AMATERAS展小森重隆賞、 他受賞多数。 全日本山岳写真協会会員