
美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します。
渡辺翠瑶は、伝統的な書と絵画的な抽象表現の接点を探求する日本人アーティスト。彼女の作品は、大胆かつ独創的なフォルムと独特の墨色による魅惑的な芸術だ。その表現は、純粋に視覚的あるいは描写的な表現というよりも、むしろ書芸術らしい所作の本質と躍動するフォルムを強調するアプローチによって、支持体の上に流動的な幾何学模様を構築していくものである。
主に和紙と墨を使い、渡辺は伝統と現代性を見事に融合させる。点と線の有機的なつながりが強調された、内面的かつ感情的な探求へといざなう彼女の作品は、鑑賞者に「この作品はどのように書かれたのだろう?」という疑問を抱かせるだろう。
渡辺は、筆に加えて一般的には使われることが少ない道具も利用して、書と絵画の境界を超越したフォルムと動きを作品に与える。その結果、優美であると同時に独創的な墨色の組み合わせを生み出してきた。
日本の文化や感性に根差しつつも、世界に通用する普遍的なアイデンティティーをも備えている渡辺作品。彼女の試行錯誤と新しい表現は、自然や記憶、想像力といったテーマを象徴性と概念的な深みに富んだ流動的な視覚言語へと変換している。
VITA-1
深海底遺産の未来

墨/和紙 136.0×139.5cm 2011
この作品で渡辺は、深海の深淵に秘められた謎にフォルムと声を与えようとしている。
墨が静と動の対比を表すために使われ、流れるような線は水中に響く音を暗示するかのようだ。一方で、泡は画面に動きを加え、鑑賞者の想像力の中に深海をイメージさせるような感覚を伝える。
和紙という素材の質感とリズミカルな筆の動きが相まって、深度や密度が持つ独特の雰囲気が醸成された。さらに制御された混沌と正確な筆致による緊張感が構図に生まれ、墨の濃淡で表現された曲線は画面に滑らかさを与えている。
作品タイトルにある「深海底遺産」という言葉が示唆するのは、未知の深海に沈む遺跡の物語だろうか? いずれにしても、抽象的な概念を詩的なものに変える書家の能力は際立っている。墨の黒と和紙の白から成るコントラストは、まるで水深探査機によって深海の風景を観察しているかのようだ。それが鑑賞者を深い想像力の世界へと浸らせる。
この作品は、書という伝統的な日本美術の技法によって、現代的な視点を表現したものだ。
VITA-2
風巻

墨/和紙 85.5×173.0cm 2000
この作品は、かつて自分が窓越しに見たすさまじい風とその時の風景を書作品に仕上げたものだ、と渡辺は語っている。その風景は決して忘れられるものではなく、強風が吹き荒れる中で彼女が抱いた感情や感覚は、和紙の上に永遠にとどめられることになった。
荒々しい線と大胆な筆致は、強風の渦巻くような動きを伝え、渡辺がその時に直面したものと同じ臨場感を鑑賞者に呼び起こす。一方、何も書かれていない余白の部分は、自然の無垢な力とその壮大さを強調するもの。墨で表現された風との対比が興味深い。おそらく白は自然の巨大な力の象徴であり、人間の限られた能力とは対照的な存在だ。
躍動感のある構図は、見事な白と黒によるコントラストと相まって、自然の力が持つ自発性やはかなさを想起させる。偉大な自然と比べれば、人間など取るに足らない無力な存在に過ぎないことを思い知らされるだろう。
この作品は、渡辺が遭遇した視覚的な体験を詳細に記録するものではない。体験よりもむしろ詩的な瞬間や、その時に抱いた感情を、独創的なフォルムとして表現したものである。
VITA-3
平和の輝き

墨/和紙 68.0×69.5cm 2021
まるで色を感じさせるようなさまざまな濃度の墨を駆使して、渡辺は希望と平和の象徴である花々を和紙の上に表現した。
花々はそれぞれの個性を持ちながら、互いに協力し合って和紙を埋め尽くさんばかりのようだ。個々の花は、墨の濃度が違えば、形も違う。acさらに花弁の枚数も異なっているが、そこにはこの書家が強調したかったことが込められている。それは、平和とは決して硬直した概念ではないということ。平和は硬直した概念ではなく、流動的で、どのような状況であっても、どのような文化であっても、あるいはどのような個人に対しても応用することが可能なのである。
平和とはここに表現された花々のように、似ているようでそれぞれが異なる美であることを、渡辺は示唆している。ただし、それが理解できるかどうかは人間次第。人間は本来、あらゆる紛争について平和的な解決策を見出そうと努力できるものだ。
この書家は墨に加える水の割合を自在に変えて、絶妙な濃淡を作り出す。そこから生まれる洗練された描写が、立体感と花々が舞い踊るかのような印象を与えている。
渡辺のメッセージは、優雅で明確な感情が込められたこの構図に表現されている。それは、記号論的な感性を通して伝えられる、人生の概念や哲学であり、日本の文化的感受性にも共鳴する平和への願いだ。
VITA-4
真昼の銀河

墨、アクリル/和紙 31.0×24.5cm 2021
これまでの3点とは異なり、この作品には和紙と墨に加えて、アクリル絵具が組み合わされている。目にすることさえ難しい真昼の銀河を表現するという、渡辺による革新的な試みだ。
画材として使われているのは、「銀」の墨と赤のアクリル絵具。その両者が輝きと不透明性のコントラストを作り出し、色調の違いを通じて表現された概念を、心を開いて捉えるようにと鑑賞者を促している。
独自の生命力を宿しているかのように見える銀とアクリル絵具の赤が、絶え間ない対話の中で互いに作用している。他の3点と比べれば小さなサイズの作品であるためか、細部へのこだわりや、伝統的な技法と実験的な表現とのバランスが特に重視されたようだ。
流動的なフォルムは、光によって形作られる構造を想起させ、銀河のさまざまな要素の動きを伝えている。
渡辺翠瑶の芸術は、伝統と革新を融合させた彼女独自の感性を反映したものであり、実験的な試みを通じて、洗練された感覚を持つ作品に生命を吹き込んでいる。
黒と白のコントラストを中心とする彼女の表現は、それぞれの作品を象徴的で魅力的なものにすると同時に、鑑賞者の想像力を刺激する。
各々の作品は美的な産物であるにとどまらず、概念的で感情的な旅でもある。それは、この書家が抱いたものと同じ感情を鑑賞者と共有し、深い共感を呼ぶのだ。
平和と調和を呼び掛けながら、世界に対する彼女の考えを表現する渡辺は、現代の哲学者的な存在であると同時に、注目すべき視覚的な語り部でもある。
評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏
[Profile]
渡辺 翠瑶 Suiyoh Watanabe
1940年生まれ。秋田県出身。2000年第33回現代書展大澤賞、2019年モナコ・日本芸術祭輝く未来賞、2021年第26回オアシス展大阪府知事賞等受賞。2019年バジェ・デ・ロス・スエニョス財団へ「朧月」寄贈。スペイン・サラゴサ美術館へ2022年「冬木立」、2025年「朝靄にけむる厳冬の情景」寄贈。 A.M.S.C.スペイン本部芸術家会員/元・現代書作家協会理事