
美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します。
中島茂夫は、洗練された思索的アプローチを駆使して、山岳風景や自然全般を表現する画家だ。彼は壮大で力強い山に対する強い愛と尊敬の念を抱きながら、伝統的な技法と現代的な感性とを融合させている。
ワトソン紙に墨と水彩絵具で描く彼の芸術表現は、自然との深い結び付きを示すもの。その色遣いは、山々の威容や変化する天気を際立たせるが、それはこの画家にとってのインスピレーションの源であり、エネルギーの糧でもある。中島は人間と自然の関係を探求し、彼の芸術の中で常に主役の位置を占めている山岳風景の壮大さと親密さをしばしば独特な視点で捉えるのだ。
卓越した絵画技法と、鑑賞者の感情に訴えかける色と光の使い方に基づいた、繊細さと力強さを併せ持つ中島の制作スタイル。光と影からドラマが生まれる時間帯や、太陽が作り出す雰囲気を追うことで、彼は情景をより劇的に演出している。
雄大な自然の力強さと比較すると、人間の命とはいかにはかないものなのか。中島作品は、そんな人間という微力な存在、そして脆いからこそかけがえのない時間や生命に関する思索を促す絵画だといえる。
VITA-1
大山

墨、水彩/ワトソン紙 91.0×116.7cm 2023
中島はこの作品で冬の山岳風景に取り組み、冷たい色調を見事に駆使して草木の生えていない岩そのものの生々しさを捉えた。ここで表現された大山は、雄大であると同時に恐ろしい存在でもある。
この作品の構図では大山の存在感が際立っており、画面のほとんどを占める堂々とした山の姿が浮かび上がってくる。一方、空は作品の上部に追いやられてしまった。素早く正確な筆遣いで描かれた岩の立体感は、鑑賞者に厳しさと孤独感を伝え、まるで氷のように荒涼とした場所に迷い込んだかのような感覚にさせるだろう。
墨が画面に深みを与えている。濃淡を自在に操られた水彩絵具は、微妙な色彩の変化を加えるとともに、氷のような白い雪の表面に光と影が織りなす相互作用を及ぼすのだ。冬の厳しさに直面した自然や山の強さを象徴するのは、暗色と明色とのコントラスト。それは、人生の途上で直面せざるを得ない困難のメタファーにもなっている。
中島茂夫は、山々と同じたくましさや強さを持って試練や苦難に立ち向かうよう、我々に呼びかけているのだ。
VITA-2
弓折岳稜線と笠ヶ岳(夏)

墨、水彩/ワトソン紙 91.0×116.7cm 2022
この作品は鮮やかな色彩と、中島ならではの特別な視点から弓折岳の稜線と笠ヶ岳を描いた夏への賛歌である。
流れるような稜線と鮮やかな緑の色彩から、山がまるで液体のように流麗な存在だと感じる。次々と連なる峰々の姿を、中島は波を思わせる動きと躍動感で表現した。
中島茂夫は強烈な緑によって青々とした植生を描き出した。黄と青による筆触は夏の風景の明るさを強調すると同時に、太陽の暖かさまでもイメージさせる。
この作品は、対象となる風景と向かい合う別の山からの視点で描かれている。それが鑑賞者に、周囲の山々に抱かれているようなイメージを与え、環境との精神的なつながりを感じさせるのだろう。細部に至るまでバランスが取れており、山岳風景がもたらす画面への没入感と驚きの念を増幅させるのだ。
VITA-3
南アルプス遠望(夜明け)

墨、水彩/ワトソン紙 91.0×116.7cm 2021
南アルプスの日の出を描いたこの作品は、中島作品の中でも最も力強く、最も詩的な絵画の1点といってよいのではなかろうか。
夜明けの光を巧みに利用することによって、息をのむほどに美しいシーンが生み出された。それと同時に、再生と幸運を力強く物語るメタファーでもある。山々はまるで光を放たんばかりに見え、雪に覆われて白く輝き、神聖なオーラを放ちながら画面に姿を現す。新しい日の到来とともに、迫り来る未来と変化を受け入れる準備ができているかのように。
この作品の真の主役は、おそらく色と光であろう。オレンジ、黄、赤などの暖色系と、青やグレーの寒色系とが混ざり合い、おとぎ話に出てくるような空が生まれている。そこには、眼下の山々を見守る静けさと力強さのバランスを感じさせる雰囲気があるのだ。
繊細で透明感のある筆致が、朝の光の幽玄な効果を呼び起こした。一方、墨は線を強く際立たせ、作品に構造と安定感を与えるとともに、再生のメタファーをより真実味のある力強いものにしている。
静止した画面でありながら、力強い躍動感や生命力を感じさせるこの作品は、永遠に続く昼と夜のサイクルを鑑賞者に連想させる。
VITA-4
弓折岳稜線と笠ヶ岳

墨、水彩/ワトソン紙 91.0×116.7cm 2020
樅沢岳から見た美しい雪景を表現した作品である。
純白に支配された画面は、山岳風景の広大さだけでなく、脆弱さまでをも象徴しているように私は感じた。もしかすると、作者の積極的な傾向も表わされているのかもしれない。白は単に風景の一部、雪など観察したものをそのまま表現したわけではなく、哲学的な意味における白が象徴するものとも強く結び付いていると考えてよいだろう。
白は純粋さを表し、変化や創造に対する前向きな姿勢を意味している。我々が絵画や文章を新たに創作しようとする際に、白いキャンバスや紙を使うことは偶然ではない。中島は、白を単なる色としてだけではなく、フォルムを形作り、構図に比喩的な深みを与える能動的な要素として使っている。
日光に照らされた雪の繊細さを表現しているのは、青とグレーの影によって作られたディテール。同じような山が連なるこの作品の構図は、平穏と孤独の感覚を呼び起こす感情的なニュアンスに富んでいる。
中島は何もない空間を生かすことによって、風景の広大さと自然の前に立つ人間の謙虚さを強調している。
中島茂夫は、巧みな色遣いと、自由自在に変化する光を捉える並外れた能力によって、自然に対する深い畏敬の念を画面に込めることに成功している。
彼の作品全てが、山岳風景の美しさと力強さについて熟考するよう我々に促す。鑑賞者にはかなさと永遠との関係について考えさせ、威厳ある自然の前では人間の命などいかにささやかなものであるかを理解させるのだ。
中島は、自らが観察したものを最高の状態で表現できる風景画家である。さらに山岳風景をモチベーションの源として、人生の価値や意味について考えるきっかけを人々に与える芸術家でもあるのだ。
評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏
[Profile]
中島 茂夫 Shigeo Nakajima
1944年生まれ。神奈川県出身。日本大学商学部卒業。国内展、海外展多数出品。2016年第69回南画院展南画院賞受賞、2024年第77回南画院展南画院大賞受賞、その他受賞多数。2023年第76回南画院展同人推挙。個展:上野の森美術館、西山美術館2回、お江戸日本橋ギャラリー、海外1回 特定非営利活動法人南画院理事・同人/雪舟国際美術協会会員