
美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します。
大久保牧夫は、現代の日本美術界の中でも特に魅力的で洗練された画家である。
原子力の研究をおこなう科学者としてキャリアを積んだ大久保は、定年退職後、絵画教室に通い絵を描き始めた。絵画との出会いは遅かったが、彼の科学的アプローチは瞑想的かつ詩的な視点で人間と自然の関係を捉えた作品に反映されている。
油絵具を使ってキャンバスに描くという洋画の技法を用いながらも、日本の伝統に深く根ざした美学による独自のスタイルを確立した大久保。彼は自らの作品で、自然の生命循環や場所が持つエネルギー、過ぎゆく時間の感覚を強調することが多いようだ。
大久保の詩学は、注意深い色遣いと構図の双方に表れている。そこから私は、鑑賞者を思索と分析にいざなうかのような静謐さと畏敬の念を感じるのだ。
大久保作品は、審美的な意味で美しいだけではなく、物理的な風景と感情的な風景、生物と自然、物質と精神とをつなぐ架け橋でもある。
VITA-1
那珂川鮭 遡上する頃

油彩/キャンバス 45.5×53.0cm 2013
鮭が遡上する晩秋の川を描いたこの作品で、大久保はダイナミックなアプローチによって種々の動きを表現した。川や植物などさまざまな要素の動きを効果的にするために、彼が用いたのは流動的で方向性のある筆致である。
画面上で色彩が振動しているように見える。青と灰色によって、川の水の流れが表現された。水の密度を強調することで、水や植生に代表される自然の要素と、鮭に代表される生命のサイクルとの間に深い関係があると示唆しているのかもしれない。
この作品の構図は、描かれたイメージを超えて、その瞬間のドラマを表現するために濃密で内容の豊かなものになっている。
VITA-2
森の小径

油彩/キャンバス 91.0×72.7cm 2001
大久保の巧みな光の扱い方と、観察した対象の本質を包括的に捉える力が発揮されたこの作品は、茨城県にある大洗磯前神社の森を描いたものである。
温かみのある緑と茶色を基調とする色遣いは、静謐で思索的な雰囲気を醸し出している。鑑賞者の視線を小径に沿って奥へと導く木漏れ日。それは冒険に対する憧れを呼び起こすが、同時に未知なるものへの不安も感じさせる。
この作品を描くために、画家は一度きりのスケッチだけでは飽き足らず、何度も現地へ足を運んだと聞く。それほどまでに強い思い入れを持っているのだろう。
実景を徹底的に観察し、表面的な森の美しさには留まらない、自然が持つあたたかさをも捉えることに成功した大久保。そのため、画面には単に木々の生い茂る姿だけではなく、森全体が醸し出す空気感までもが表現されているのだ。
構図には、この画家の他の作品に見られるような動きはあまりない。非常に落ち着いた感覚にあふれており、日本ならではの風景と大久保とのつながりを暗示するような作品だといえる。
おそらく彼は、この作品に表現上の大胆さを与えることには関心がないのであろう。むしろこの場所で感じたことをイメージとして永遠の記憶にすることに重点を置いているのだ。
大久保にとってこの作品は、他の掲出作3点以上に印象に残るものであるに違いない。少なくとも私個人としては、素晴らしい彼の作品の中でも特に優れた1点だと断言することができる。
VITA-3
富士山

油彩/キャンバス 41.0×53.0cm 2009
大久保はこの作品で、雪を頂いたシンメトリックで威厳ある山容を強調する、古典的な富士山のビジョンを提示している。
シンプルな構図が特徴的で、背景の空と前景の山の稜線によって囲まれた富士山が画面を支配している。色遣いは繊細そのもの。絶妙なグラデーションが距離感を生み、穏やかで神秘的な雰囲気を醸し出している。
富士山の荘厳さを際立たせるためか、主題を補足する物語的要素などは加えられていない。自分の想像力でストーリーを埋めていこうとする鑑賞者の意図を汲んで、大久保がこの選択を望んだかのようだ。絵画技術は申し分ない。画家の個人的な分析は排除され、まるでドキュメンタリーのように自然がそのまま描かれている。おそらくそれは、他者に透明なイメージを与えるためだろう。だからこそ、我々はそのリアリティーを観察できる。
VITA-4
五浦 六角堂

油彩/キャンバス 53.0×65.2cm 1999
北茨城の海岸と特徴的な六角形の建物が描かれた作品。この六角堂は、横山大観をはじめとする日本画の巨匠たちが切磋琢磨した場所だ。大久保は彼らに敬意を払いながら、モチーフが持つ歴史的、文化的本質を捉えている。
建物のアースカラーと海景を埋め尽くす青との組み合わせが、画面に調和を生み出した。また、水の密度や指で触れられるような岩の質感が構図に奥行きを与え、静的な陸と動的な海とのコントラストを際立たせている。
強い感情的な印象が伝わってくる作品だ。おそらく鑑賞者は、大久保が感じたものと同じポジティブな感情を吸収することができるだろう。
光と鮮やかな色遣いを強調したその作風により、大久保は伝統と現代性を織り交ぜた絵画言語を通して、日本の風景の美しさと精神性を翻訳する優れた能力を示している。
彼の作品は、ストーリーを伝えるものではない。描く対象の雰囲気や本質を捉え、自身が抱いた感情や感動を鑑賞者に伝えるものだ。
大久保は、単に風景を描くことに興味があるのではないだろう。自らが選んだ自然の美しさに接した際の感情を表現しようとしているように、私には思える。
時間と自然との関係についての思考を、我々に促す大久保作品。それは、描かれた風景に思索的かつ人間味あふれる視線を投げかけるものだ。
大久保牧夫は、作品を通して人生を語る画家だといえる。彼が描く風景画は、数十年しか生きられない我々人間に対して、周囲の環境は何千年も前から変わっていないことを教えるメッセージ。だからこそ彼は、我々を取り巻く風景の美しさと、世界における我々の役割についての深い内省へといざなうのだ。人は、人生をどのように生きることが最善なのか……。環境とどのように前向きな関係を築くべきか……。大久保作品は、そうしたことを考えるようにと我々を導いてくれる。
評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏
[Profile]
大久保 牧夫 Makio Ohkubo
1935年生まれ。東京都出身。1944年戦争疎開で母の実家、鹿児島県市来町に3年滞在(9~11才)。中学高校時代に、模型電車、ラジオ製作に熱中。1958年東京工業大学卒業後、日本原子力研究所入所、基礎研究に従事、工学博士。1996年定年退職後、油絵制作に没頭。