
美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します。
福山雅子は日本文化の本質を捉え、それを洗練された色彩表現を駆使した油彩画によって伝えてくれる画家である。
彼女の作品の特徴として、次のようなものが挙げられるだろう。細部へのこだわり、日本の歴史や文化に対する敬意、芸妓と舞妓、象徴的な風景など。彼女はこうした伝統的なシンボルを愛してやまない。それぞれの作品には、日本文化を想起させるさまざまな記号やシンボルが用いられている。写実主義に始まり、シュルレアリスム、夢を思わせる表現までの幅広いスタイルで描かれた作品群だ。
福山は、鮮やかな色調と抑制された色調の間を行き来する色遣いによって、物語的な構図と演劇を思わせる感性とを融合させた。彼女が色に吹き込んだ活力と輝きは、福山作品の重要な特徴であり、その独創性を証明するものでもある。作品のテーマは、主に文化的な記憶。歴史や郷愁といった概念を探求するものだが、時に彼女は人間と環境の相互作用についても語る。
自らの作品に感情や意味を吹き込みながら、伝統的な人物や風景を描く福山雅子。その能力は、現代を生きる魅力的な語り部としての彼女の存在を際立たせている。
VITA-1
冨士山讃歌

油彩/キャンバス 60.6×72.7cm 2012
この作品は、普遍的な日本の象徴である富士山を描いたもの。静謐でありながら荘厳な山の姿が見事に表現されている。
青々とした空と自然の伊吹が感じられる濃緑の大地という、鮮やかな色のコントラストが強調された部分に囲まれた富士山。その大部分を覆う白い雪によって、富士山の存在感が少しだけ柔らかく感じられるように意図されているようだ。
画面下部、大木の根元には人物が配置されている。当初ここには何も描かれてなかったそうだが、「制作後に空間が寂しいと思い、人物を描き込んだ」と、作者自身が語っている。人物を加えることで、自然の風景と人間の経験との相互作用を示唆する、物語的な次元が導入された。とはいえ、人物が構図を圧倒することはない。山の静寂を打ち破る動的な要素が加わり、視覚的に過不足のないバランスが生まれたのだ。また、山と比較して小さな人物の存在は、地球や宇宙全体と比較して、人間がいかに取るに足らない存在であるかを伝えている。
福山雅子は、最後に加えられた小さな人物が示唆する孤独感だけでなく、自然の力強さや環境に対する尊敬の念など、さまざまな感情を伝えることに成功している。
VITA-2
白川女と京の古民家

油彩/キャンバス 60.6×72.7cm 1999
白川女とは、平安時代から京都の北白川に住み、四季の草花を頭上に載せて売り歩いた女性たちのこと。平安時代中期以降は御所にも花を届けていたようだ。そんな白川女にインスピレーションを得て描かれたこの作品は、鑑賞者に京都の伝統を垣間見せてくれるものであり、日本文化の豊かな詩情が表現されている。
往時をしのばせる衣装を身に付けた女性が、細部に至るまで並々ならぬ注意を払って丁寧に描かれている。その構図は、背景に使われた古き良き日本を彷彿とさせる古民家と、この作品の主人公である女性との対話を強調するかのようだ。また、色彩は柔らかなアースカラーを中心に展開されている。それは、時の流れによってセピア色に変色した写真に似ており、郷愁の思いと歴史の信憑性を呼び起こすだろう。
大地を想起させるこのアースカラーは、伝統やルーツ、真の家族の価値観につながるものでもある。もしかすると福山は、こうした古くから伝わる日本の規範を、作品を通して肯定しようとしているのかもしれない。
この画家が建物の構造と前景の白川女に与えた立体感は実に刺激的だ。女性は、まるでキャンバス上を滑るかのように移動している。
VITA-3
屈折した恋情(能「葵上」より)

油彩/キャンバス 72.7×60.6cm 2008
この作品は、『源氏物語』という日本の古典物語を元にした能楽『葵上』の象徴的な場面に着想を得たもので、伝統的な舞台に対するオマージュである。
嫉妬に狂った主人公(シテ)の顔は般若の面で覆われているが、その右面は怒りではなく、苦悶や後悔を表現したもの。一方、この作品に描かれていない左面は、僧侶の祈祷によって成仏した主人公が最後に見せる安堵の表情を示している。右面、左面ともに一種のメタファーであり、全ての人間にはしばしば矛盾する顔が宿っていることを、そこから私は思い起こした。
福山は、主人公が着けた仮面を精緻に描き、ドラマチックな陰影を表現することによって、複雑な心理を伝えることに成功している。さらに女性の情念を表したような背景の赤が、視覚的にも印象的な作品となった。
構図はバランスが取れており、高い場所から見下ろすような般若の面と他の要素との位置関係により、視覚的な緊張感が生まれている。主人公の苦悩や改悛に焦点を当てるという福山の選択は、作品に感情的な深みを加えることになった。
画家のメッセージを伝えるために必要なストーリーが、これまで説明してきたような演劇的表現と色彩との相互作用から紡ぎ出されたのだ。
VITA-4
師走の京舞妓

油彩/キャンバス 72.7×53.0cm 2023
外国人にとって日本文化の象徴の一つである舞妓をテーマにした作品が、ここで紹介する『師走の京舞妓』である。おそらくこの舞妓は、お茶屋と呼ばれる場所で舞を披露しているのだろう。
彼女が身につけた着物の生地や装飾品の細部に対する画家のこだわりは、目を見張るものがある。その描写は、洗練された着物の優雅さを引き立て、舞妓を一つの芸術的な存在として表しているのだ。
鮮やかな赤や金などの多彩な色は、舞妓のイメージである華やかさと活気を思い起こさせる。顔と着物に焦点を当てた構図によって際立つのは、彼女のきらびやかな外見と静謐さが感じられる背景とのコントラストである。着物の青は、瞑想と理性を表す色。私はこの色から、日本文化ならではの優れた精神性を感じた。
背景に描かれた雪見障子など、舞妓以外のディテールにも注目してほしい。ガラスから見える庭の雪景色と、白い障子越しにうっすらと写る木の枝が特に印象的だ。
福山雅子は、日本文化を芸術作品へと昇華させることによって、その意義を物語っている。
豊かで重層的な視覚言語を通して、彼女は伝統や風習を再現し、鑑賞者を過去へと導くのだ。それにより、我々は往時の価値観や肯定的な側面を思い起こし、現代をより良くすることもできる。
日本の象徴や伝統の深い意味を探求し、視覚的な物語へと変換することで、感情的にも知性的にも共鳴できるようにする福山作品。まるでかつての自分、あるいは原点ともいうべきものを忘れることなく、アイデンティティーの価値を強調するかのようだ。それは、過去と現在をつなぐ架け橋であり、進化と革新を遂げることのできる知性を持った人々に、日本文化に対する視点を提供する。
評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏
[Profile]
福山 雅子 Masako Fukuyama
1942年生まれ。京都府出身。1988年~2005年新槐樹社展毎年入選(東京・大阪・京都巡回)。京都市長賞他。1998年~2021年カルチャーで油絵講師。2000年よりガラス絵を始める。2001年から現在、洋画グループ「21世紀展」会を創設、主宰。 各美術誌社より「デオトビアス賞グランプリ」、東欧再発見号で「特選」、「日本評論家大賞」、世界基準国際芸術文化協会より「奨励賞」。世界向けのバイヤーズガイド2019及び2024に掲載。