
美術作品には、アーティストがそれを完成させた瞬間に生命が吹き込まれます。つまり作品は生き物と同じく、アーティストによって1点ずつに生命が与えられるものであり、その生命は何らかの目的や使命を持っています。この「QUATTRO VITE(4つの命)」では、それぞれのアーティストによる作品4点の「命」に光を当て、イタリアの美術評論家パスクアーレ・ディ・マッテオ氏が各作品の魅力について解説します。
木村睦郎の芸術は、自然と人間の精神性に深く根差した視覚的言語によって示されるものだ。作品から判断するに、彼は時間を創造的な力として受け入れるアーティスト。こうしたテーマは、『風化の刻(レ・ボー・ドゥ・プロヴァンス)』のように崩れそうな壁面を描く際にも、『怒涛』のようにドラマチックな自然を描く際にも繰り返されている。木村の絵画技法は独創的であり、色の層は単なる表現手段ではなく、時の流れを物語るものだといえる。
物理的な変化に対する木村の感性は、光への鋭い意識と絡み合いながら遠近法や空間、感情的な物語を探求するために用いられる。伝統と現代性の間に絶え間ない対話を築くことで、彼の作品は決して静止することはない。壁や岩を題材にした作品にも暗示的な動きが見られ、静止しているものと絶えず変化するものとの緊張が感じられる。
遠近法や構図は実に素晴らしい。それらは、木村が持つ高度な技術・知識を反映したものだ。それと同時に、この画家が表現しようとするテーマの理解を助けるため、鑑賞者の視線を概念的かつ感覚的な旅へと導こうとする意志も反映されている。また、色遣いから読み取れるように、木村の視覚言語には、精神性が色濃く表れている。光と影、柔らかな着物の襞とざらざらした石壁は、彼が物事の内側と外側を探求する手段となり、目に見えるものと見えないもの、物質と精神を一体化させるのだ。
VITA-1
風化の刻(レ・ボー・ドゥ・プロヴァンス)

油彩/キャンバス 162.0×130.3cm 2007
この作品で木村は、レ・ボー・ドゥ・プロヴァンスの古い建物の壁を描くことで、風化とはかなさの概念を探求している。巧みな油彩技法によって、壁面の物質性を直接想起させるような重層的なマチエールが生み出されている。
構図は見事にバランスが取れ、時を重ねて壁に刻まれた線が鑑賞者の視線を誘導する。一方、影は過ぎ去った時の感覚を呼び起こし、主題の物理的な劣化と歴史的背景との間に対話を生み出す要素となっている。
色彩面で強調されているのは、グレーやベージュ、アースカラー。木村作品の特徴である彫刻のような効果を生み出すために、絵具が何層にも塗り重ねられている。この技法によって、鑑賞者は建物の重量や密度を視覚的にも感じられるはずだ。
VITA-2
怒涛

油彩/キャンバス 45.5×38.0cm 2010 バジェ・デ・ロス・スエニョス財団蔵
木村はこの作品の中で、海の躍動感と自然の力に焦点を置いている。水が持つ流動性と陸地の堅牢さとを対比させ、岩礁に打ち寄せる波の劇的な迫力を捉えた作品に仕上げたのだ。
力強く精巧な筆致で波と水しぶきを描くことによりこの画家は、岩の輪郭を際立たせた筆致との鮮明な対比を演出している。深い青、泡立つような白、岩の茶色といった色彩の渦の中で、海の活力と崖の硬直性を表現するための手法といえるだろう。こうした色の選択は、水のダイナミズムを強調し、波と岩礁の闘いを物語るドラマを強く感じさせるものだ。
画家は実際に崖を下り、自身の目で観察した風景を描いたという。そのためだろう、さまざまな色の絵具を塗り重ねて表現された岩の質感は、見事というほかない。この絵を観る者もまた、大自然のドラマが自分の目の前で繰り広げられているように感じられるはずだ。
繰り返しになるが、木村という画家が、岩の堅牢さとは対照的に水の流動性を強調している点にも留意してほしい。
VITA-3
夜明けのソレント

油彩/キャンバス 91.0×116.7cm 2014 個人蔵
木村のキャリアにおいて特に重要な作品といえる。なぜなら、この作品で彼は初めてル・サロン(フランス芸術家協会展)の銅メダルを受賞したからだ。いわば光と遠近法に対する賛歌であり、それらの要素が描かれた風景に深みと詩情を与えている。画面に現れているのは、見事な叙情性だ。
線遠近法と空気遠近法を巧みに駆使する木村。離れた場所から仔細に観察された建物は、隅々まで注意を払って描かれており、観る者の視線をこの風景の中に誘導する奥行きを生み出している。
タイトルからは、この作品における光の重要性が読み取れるだろう。実際に、前景の暗い色調から空の明るく柔らかな色へと続く変化は、静謐で澄んだ空気を感じさせる。また、パステル調の淡い色彩は、岩のグレーと組み合わされることで、日の出の瞬間を想起させる。
木村はこの作品で、自然と人間との葛藤や共存などについて語っている。建物や岩に優しく触れる光は、まるで希望と再生の象徴のようだ。
複数の展覧会で私は木村の優れた油彩画を観たことがあるが、この『夜明けのソレント』はそれらにも増して濃密かつ精細に描かれている。例えば崖の重厚な表現、あるいは建物と建物との境界部分の絶妙な描写……。どのような技法を使えばこれほど見事な作品に仕上げることができるのか、画家本人に質問を投げかけてみたいと思う。
VITA-4
舞

油彩/キャンバス 116.7×91.0cm 2023
自らも日本舞踊を嗜む木村が、舞踊への情熱からインスピレーションを受けて描いた作品。所作と色彩との魅力的な融合が見られる。細部にまでこだわった着物の描写と動きの表現によって、この画家が芸術を通して伝えようとするいくつかのことが見事に調和した作品となっている。普遍的かつ現代的な絵画の言語を維持しながら、文化や伝統、アイデンティティーを称賛する作品だといえるかもしれない。
流動的かつダイナミックな線によって動きの本質を捉える木村。精緻に表現された着物のや裾の絶妙なたるみは、動きが止まったような感覚を与え、一瞬の美しさを切り取った画面を生み出している。身体的な表現としての舞を知り尽くしているこの画家だからこそ、舞の動作を絵画的に表現することも可能になったのだと思う。一方、色遣いは鮮やかで、象徴的な意味に満ちている。金色や紺が構図の大部分を支配しているが、これらの色調は日本の伝統の豊かさと現代の活力の双方を想起させ、優雅さと洗練の感覚を呼び起こすだろう。ここでは、色彩は単なる装飾的な要素ではなく、深遠な意味を伝える記号なのだ。
木村が探求するテーマは複雑な記号論に根差しているように思える。自然、建物、人物は単なる装飾などではなく、より深いテーマの象徴なのだ。例えば、作品に繰り返し登場する岩、壁、海は、耐久性や浸食、時の流れ、記憶を語るもの。自然界のあらゆる存在、そして人間が築き上げたものには、後世に語り継がれるべき痕跡や印が刻まれていると示唆している。彼の作品の中には、今回紹介した『舞』のように日本の伝統と文化へのオマージュも存在する。しかし、それもまた木村の他の作品に繰り返し見られる、過去と現代の調和を暗示するものなのだ。
これまでもそうであったように、木村作品はこれからも鑑賞者に緩やかな内省を促すだろう。表面的な部分を超越した作品の本質、木村の芸術が内包する題材や物語と向き合った時に感じるものをより深く探求するよう命じるかのように。
評:パスクアーレ・ディ・マッテオ氏
[Profile]
木村 睦郎 Mutsuro Kimura
1936年生まれ。熊本県出身。白亜会委員賞。白亜展文部科学大臣賞。東京都教育委員会賞。あべのハルカス近鉄本店(大阪市)、鶴屋百貨店(熊本市)等の美術画廊にて個展多数。2007年第8回小磯良平大賞展入選。ル・サロン(フランス)2014年銅メダル、2020年銀メダル受賞、他。