コラム

山の上で、
Vol. 6

ヤマザキムツミコラム「山の上で、」タイトル画像

ある日の熱海(筆者撮影)

ある日の熱海(筆者撮影)

熱海に暮らしはじめてすぐの頃遭遇した、夜の海に現れた見事なムーンロードは本当に幻想的だった。このまちでは毎月のように花火大会が催され、海辺では空いっぱいの大輪が夜を飾る。地平線の向こうから昇る真っ赤な日の出。日の出で赤く染まる朝の部屋。ここは光のまちなのかもしれないと感じることがよくある。

思い起こすと、自分が心動かされるもののほとんどが光であることに気付く。幼少期から長く恋焦がれている「映画」もその一つだろう。

©国立新美術館

©国立新美術館

夏のある日。山を下りて東京・六本木の国立新美術館で開催されていた展覧会「テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」へと向かった。「Chapter1 精神的で崇高な光」から始まり、7つの構成で様々な光が紹介されていく。「Chapter4 光の効果」の中で、ハンガリーの芸術家モホイ=ナジ・ラースローの紹介に、「新しい『光の文化』である写真と映画を芸術と捉える」というテキストがあり、深い納得とともにとても印象に残っている。

《テート美術館展 光 ―ターナー、印象派から現代へ》展館内の様子

《テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ》展館内の様子

「Chapter2 自然の光」で紹介されていた、“光の画家”と呼ばれるイギリスのジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの『湖に沈む夕日』の光は、やはり圧巻だった。描写ではなく体感としての光がそこにあると思った。そのまばゆいまでの光を前に、「光」とは何かについて考えていた。

ジョン・ブレットの『ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡』は、熱海でも目にしたことのある光景で親しみ深かった。天空から海へと注がれる「薄明光線」。“天使の梯子”と呼ばれていることは、熱海に来てから知った。

ジョン・ブレット《ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡》1871年 Photo: Tate

ジョン・ブレット《ドーセットシャーの崖から見るイギリス海峡》1871年 Photo: Tate

山に籠り、山の土を使って作陶をしている友人が、「光は神様のものだ」と言っていたのを覚えている。死んだら還る場所でもある土は、森羅万象の中でもとても人間に近いのかもしれない。何より手に取り、触れることができる。でも光は決して届かない。ただそれを見つめて感じとることしかできず、実体を掴み捉えることができない。私たちでは扱いきれない場所にある。そういう印象がある。

「宇宙遊 —〈原初⽕球〉から始まる」国立新美術館での展示風景、2023年。 撮影:顧劍亨 提供:蔡スタジオ

「宇宙遊 —〈原初⽕球〉から始まる」国立新美術館での展示風景、2023年  撮影:顧劍亨 提供:蔡スタジオ

同館で同時開催されていた国立新美術館とサンローランの共催による「蔡國強さいこっきょう 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる」もエネルギーに満ちた展覧会だった。蔡國強が多用する火薬による火花もまた「光」の一つだと言えるだろう。花火玉の中にはたくさんの「星」と呼ばれる火薬が入っているそうだ。

どうして「爆発」だったのか──それがとてもよく伝わってくる展覧会だった。大きなキャンバスで、目に見える形で、どこまでも届く大きな音で、パフォーマンスで、私たちの目を覚ます必要があったのだと思う。会場でも大きな存在感を放っていた、コロナ禍を経て生まれた作品『未知との遭遇』には救われる気持ちだった。メキシコで行われたというインスタレーション映像も展示され、その様子に自然と涙がこぼれた。消えては光る、宇宙への交信。それは壮大な、何者かへのメッセージであり、宇宙に暮らすすべての生命へのエールであると強く感じた。

《未知との遭遇》 撮影: 趙夢佳 提供:蔡スタジオ

《未知との遭遇》 撮影:顧劍亨 提供:蔡スタジオ

アートとは「光」を生み出そうとする行為のような気がする。人間には創り出すことができない光を。どこに向けていいのかも分からない。ただ誰かに、何かに、届いてほしいと願い生まれたその気持ちこそが、光なのだという気がしている。
夏の夜、静かな山に鳴り響く、轟音のような花火の音とともに。

 

Information
テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ
会期 2023年7月12日(水)~2023年10月2日(月)
会場 国立新美術館 企画展示室2E
時間 10:00~18:00  ※毎週金・土曜日は20:00まで (入場は閉館の30分前まで)
休館日 火曜日
URL https://www.nact.jp/exhibition_special/2023/tate/

蔡國強 宇宙遊 ―〈原初火球〉から始まる

会期 2023年6月29日(木)~2023年8月21日(月)
会場 国立新美術館 企画展示室1E
時間 10:00~18:00  ※毎週金・土曜日は20:00まで (入場は閉館の30分前まで)
休館日 火曜日
URL https://www.nact.jp/exhibition_special/2023/cai/

 

ヤマザキ・ムツミ
東京生活を経て、京都→和歌山へと移住。現在は熱海在住。ライターやデザイナー業のほか、映画の上映活動など映画関連の仕事に取り組みつつ、伊豆山で畑仕事にいそしんでいる。