アーティスト

DOUBLE ANNUAL 2023
「反応微熱 ──これからを生きるちから──」

終了直後 出展学生インタビュー

 

<取材・文/本田 莉子>

2月25日から3月5日に国立新美術館では、DOUBLE ANNUAL 2023「反応微熱 ──これからを生きるちから──」が開催された。この展覧会は京都芸術大学が毎年行なっている学内の選抜展の6回目で、今年は初めて、同学の姉妹校・東北芸術工科大学からも出展する形式となった。
この展覧会の特徴は、片岡真実、金澤こだま、服部浩之といった第一線で活躍するキュレーターやアーティストが学生の指導にあたり、学内の選抜展とは思えない規模で展覧会を開催すること。アーティストを目指す学生たちが、展覧会を一から作り上げる過程を、実践の中で学ぶことができる貴重な機会だ。

そんなDOUBLLE ANNUAL終了直後の3月8日、百兵衛編集部は出展した学生ら3名、趙彤陽ちょうとうよう(京都芸術大学 修士課程1年)、「まんじ会プラス」メンバー・齋籐だい(東北芸術工科大学 美術科洋画コース3年)、髙橋侑子ゆりこ(東北芸術工科大学 美術科洋画コース4年)にオンラインインタビューを行なった。
まずは本展ディレクターによる、各作品解説文を紹介する。

[趙彤陽]
「感染症から命と健康を守る」、「熱中症になって危ない」、「個人の特徴が隠されてしまう」、「食事中も着用するべき」、「外では外すべき」——マスクをめぐってさまざまな見解が存在する状況に私たちは生きています。そしてそれらは、ときに社会的、政治的な圧力と結びつき、強い力として私たちの身に迫ってきます。趙は、コロナ禍においてある意味私たちの生活の中心にあり続けたマスクの、矛盾をはらんだありように着目し、複数の写真やパフォーマンスによって、緊張の網目の中にある私たち自身を描き出そうとしています。小さな布と金属片とゴムに分解されるこのギアは、作品の中で武器になり、彼女自身を襲撃してきます。そこには、もとは科学で語られていたものが、やがて主義という政治性をはらんだものにまで変容する、その危うさまでもが描き出されています。[金澤韻]

撮影:顧剣亨

 

[卍会プラス]
卍会プラスは、權ミリ(美術科洋画コース3年)による「一緒にアートする人を探しています」という学内の掲示物をきっかけに、それに応答した5人が形成した集団です。見知らぬ5人が「卍会プラス」として、制作に取り組むことになりました。メンバー内の意見の相違による葛藤や妥協を経験しながら、「卍会プラス」として何を表現するのか、膨大な話し合いを重ねました。話し合いの過程で、無人の蔵王山塊の登山道でデモを敢行し、「デモ」とは何かについて思考しました。權ミリ、齋藤大、廣木花音の3人は、普段の話し合いや活動で感じことを「制作」というかたちで表現し、佐藤純一、鹿野真亜朱の2人は結成時からの記録を、様々なかたちで表現しています。本展ではプロジェクトの総体を自立する木製パネル内に凝集して、展開します。權ミリが掲示した募集の紙を起点に時系列をベースに5人の各表現を編み上げ、作家のことばを借りるなら「卍会プラスというひとつの個による作品」として提示します。 [服部浩之]

撮影:顧剣亨

 

[髙橋侑子]
公募テーマ「抗体、アジール、ミラクル」の「ミラクル」への応答からスタートした作品です。髙橋侑子は「少しのタイミングや偶然が重なり合って起こりうる、小さなハッピー」の瞬間を捉え、描いたと言います。展示された一枚一枚の絵は髙橋が見たり体験した別々の情景を描きだしたもので、どれもが小さな奇跡をあらわしています。髙橋は一枚の絵画を描くために多数のドローイングを作成し、入念に検討を重ねたうえで作品を完成させます。現実の空間や出来事がモチーフになっていますが、彼女の経験と記憶を軸に再構築されることで、不思議な歪みが生まれ、夢の世界のような浮遊感も感じられます。そして、豊かな色彩と多様なテクスチャーによる絵画世界は、深い奥行きがあり独特な空間的広がりをもつものです。[服部浩之]

撮影:顧剣亨

 

──作風が全く異なる3組ですが、それぞれの作品についてどんな感想を持ちましたか?

髙橋侑子(以下、髙橋):卍会の齋藤大くんは洋画コースの3年生で私も洋画コースの4年生。大くんは同じゼミの後輩なんです。結構仲が良くて、さっきも話しをしました。卍会プラスに参加したのは、大くんらしいと思いました。

「卍会プラス」メンバー・齋藤大(以下、齋藤):韓国と日本のメンバーがいるので、それぞれの違いがあるということを間近に感じた中から生まれた対話を、国立新美術館でも伝えたいというのが作品の核です。卍会プラスの作品は、鑑賞者が一歩足を止めてそれを観ないといけないというものになりました。
逆に、趙さんの作品は作品そのものにインパクトがあると思いました。会場で実際に作品を観て、マスクに対する二面性みたいなものを表現していて、それがすごく心に刺さりました。本人とも話すことができたので、作品をより近くに感じることができました。

趙彤陽(以下、趙):私は髙橋さんの作品にすごく強いイメージを持っています。作品を観る度に、髙橋さんのスタイルを意識しました。それは、オリジナリティが強い作品ということなので、それがとても良いと思います。作品の中で使っているオレンジ色が特に印象的で、真っ白なキャンバスの上にオレンジの有機的な線があることで、空間的な広がりを感じます。
髙橋さんとは会場で話すことがあまりなかったけど、作品を見ると髙橋さんの性格や、物事をどう捉えるのかということが少し感じるような気がします。

髙橋:確かにオレンジというのは自分の中での“決め色”です。ここで決めなきゃっていう部分に入れがちではあります。癖みたいなものですね。

:それから、私の作品は社会問題などの激しい問題を扱っていますが、髙橋さんの作品は、もっと日常生活の視点を持っている。より柔軟に、でも自分の鋭い視線を向けていると感じます。

撮影:顧剣亨

 

齋藤:卍会プラスでは、無人の場所でデモを行ない、その後にそれぞれが“デモとは何か”を考えました。だから趙さんのように外部を意識したものというよりは、考えを深めて、卍会プラスのメンバーと対話をするということが重要でした。

髙橋:私は2組とは違い、作品を制作する上で“誰かに何かを伝えたい”というメッセージ性が先行したことはありません。
好きでやってるからです。でも観てもらわなきゃ、作った意味はないとは思う。だから鑑賞者自身の人生と重ねて、作品を勝手に解釈してもらって、良い気持ちになってくれたらそれでいいなと思っています。

 

──二つの大学で展覧会を行なう初の試みはどうでしたか?

髙橋:不安というより“楽しみ”という感覚でした。展覧会の前に両校の交流会がありました。作品の話は一旦忘れて、みんなの人となりを知るための会です。その時に、2つの大学の違いが分かって、面白いと感じていました。

:私も、髙橋さんが言ったように“楽しみ”という感覚が強かったです。まず、京都芸術大学と東北芸術工科大学の学生たちは作品を制作する上でどういう考え方をするのか、それが私は気になります。
どんな考え方をするのかはみんなの国籍や学校の場所によって違うように思います。京都の人たちは似ている考え方を持っているように見えます。

齋藤:二つの大学の違いというのは、僕も面白いと思っていました。僕達はデモとは何かを考えたりするということをしていましたが、趙さんや選挙活動を基に展示をしたrajiogoogooさん(京都芸術大学 修士課程2年)をはじめ、京都芸術大学の学生の多くは外とのつながりを持とうとしている印象がありました。

撮影:顧剣亨

 

:そうですね、例えば私の作品で重要なモチーフはマスクでしたが、東北芸術工科大学のtagさんもマスクをモチーフにしていました。私はコンセプチュアルな立場からマスクを脱構築し、tagさん(東北芸術工科大学)は服装という視点から、ある意味ユーモアやリラックスをミックスさせたような視点でマスクを脱構築していて、発想や使い方が全然違います。
これは2組の作家の違いで山形と京都の区別かはわからないけど、対比が生まれてとても面白いと思いました。
でも、正直なところ、不安や緊張もありました。外国人としてどんな人間関係ができるのか、みんなと作品の会話ができるのか。私にとってはチャレンジです。
※脱構築:フランスの哲学者デリダの用語。形而上学の仕組みを解体し、その可能性の要素を抽出して再構築を試みる哲学的思考の方法。

髙橋:私は、作品を作る上で土地って関係ないんじゃないかなって思っていたんです。だけどいざ展示をしてみて「京都芸術大学の作品はこう」とか「東北芸術工科大学の作家はこう」とか、比べられたり分けられたりして感想を伝えられることが多かったんですよね。
自分としてはあまりピンときていなかったけど、見え方としてそういうこともあるんだなと思いました。

 

──本展まで、試行錯誤はありましたか?

齋藤:僕達はプレビュー展から一番変わったかも。プレビュー展の時はグループ内でも意見がぶつかっていたり、どう展示するかということがまとまらなかったので、あえてランダムな展示をしたんです。
それをキュレーターの服部さんや片岡さんからアドバイスを貰い、試行錯誤をして、国立新美術館では掲示板のような形で展示をすることになりました。
キュレーターはアドバイスというより、スパイスを与えてくれた、と言う方が近いですね。僕達5人の考え方を成長させることができました。
※プレビュー展:2022年12月に行なわれた本展の中間発表。国立新美術館での展示に向けて、本番さながらの展覧会を学内で行なった。片岡、金澤、服部のキュレーター陣が学生の作品を講評した。

撮影:顧剣亨

 

:私もプレビュー展から作品の要素を絞ることにしました。先生たちに「要素が多過ぎる」と言われたからです。要素を絞ったことで、完璧な展示ではないかもしれない、もっと良い方法があったのかも知れないけど、今自分にできる最高の展示ができたと思います。

高橋:私は作品をつくりっぱなしで終わることが多かったんですが、キュレーターと話していく中で、“そんなに細かいところまでやるの?”っていう細部まで、展示構成について考えました。初めての経験だったので、それ自体がすごく勉強になりました。

──この経験から何を得ましたか?

齋藤:卍会プラスが今後も活動していく上で、最初に大きな場所で展示できたというのは、すごく意義があったんじゃないかと思います。
展覧会を終えていろんなことをやりたいなって思いました。学内に限らずメンバーを募ってアート活動をしていきたい、おもしろいことを考えている人に参加してもらって実際にやってみたい、学内という範囲から海外とか、視野を広げることができたなと思いました。

:この展覧会に参加したことで、制作でより高い水準を要求できるという自信が高まった、と感じています。優れた作家たちと一緒にできた経験から、自分の心をもっとオープンにして、良い意見とか作品を観たりした上で制作するとか研究するという考え方が強くなりました。
今後もチャンスがあればこういう形の展示に参加したいです。

高橋:これから制作する上で、もうちょっと展示を見越した丁寧なモノづくりができる精神が育ったと思います。

スクリーンショット

髙橋の言葉にもあったように、芸術系の大学に通っている学生でもプロの作家の視点で展覧会を作り上げる経験をするということは少ない。ましてや、ここまでの規模で開かれる展覧会に関わることができるというのは、間違いなく貴重な機会だ。本展に参加した学生らの今後の糧となったことだろう。

[information]
DOUBLE ANNUAL 2023「反応微熱 ──これからを生きるちから──」
※このイベントはすでに終了しています。
URL https://www.kyoto-art.ac.jp/doubleannual2023/

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