アーティスト

重層的に紡ぎ出される夢現 ゆめうつつ 
平良優季インタビュー

会場
REIJINSHA GALLERY
会期
6/3(金)〜6/17(金)

沖縄県出身の日本画家・平良優季。彼女は、日本画材の変遷を分析しながら寒冷紗かんれいしゃという目の粗い布地に着目し、その可能性を追求してきた。鮮やかな色彩と幻想的な世界観を持つ彼女の作品は、どのようにして生まれるのだろうか。
6月3日からREJINSHA GALLERYで開催される個展「Garden」とあわせて話を聞いた。

《箱庭の詩》部分図

《箱庭の詩》部分

日本画との出会い

──絵を描きたいと思ったきっかけを教えてください。

小さい頃から絵を描くことが好きで、漫画雑誌を買ってきては、好きな作家さんの絵や漫画のコマをひたすら模写していました。当時は、漫画家になることを志していたのですが、物語を考えて絵を描いていくより、一枚の作品に思いを込めて描く方が性に合っていると思いました。
高校の時に出会った美術の先生が、当時、沖縄県内ではそれほど多くない「日本画」を専攻した方でした。先生から見せてもらった日本画作品や画材に惹かれ、その道に進みたいと思い、今に至っています。

──日本画にはどのような魅力があると思いますか?

日本画の画材に、とても魅力を感じました。水彩やアクリル絵具、油絵具などの、すでに顔料と固着剤が混ぜ合わされ、チューブから出す絵具とは異なり、日本画の絵具は、天然鉱物等を粉末にした顔料と固着剤である膠と水を自分自身で混ぜ合わせてブレンドしていきます。同じ絵具でも、膠や水の加減で発色が変わったりします。
日本画絵具のひとつである「岩絵具」の原料は、天然鉱物や着色したガラス質(釉)を粉末にしたものです。粒子の大きさで色味が異なる、光を受けるとキラキラ輝く、美しい透明感が出てくる、そして粒子状の絵具を塗り込むと、コンクリート地のような表現ができるなど、繊細なものから重厚なものまで、いろんな表情を見せてくれる岩絵具に、とても魅力を感じました。特に、天然鉱物を原料とした天然岩絵具の彩度の高さ、美しさはさらに魅力的です。

《ハナウタ》2021年 27.3 x 27.3 cm

《ハナウタ》2021年 岩絵具/寒冷紗、麻紙 27.3 x 27.3 cm

──鮮やかな色彩や幻想的な雰囲気がとても素敵な平良さんの作品ですが、インスピレーションの源は何でしょうか?

ひとつの作品に人物がいて、夢と現実とが交錯する「夢現ゆめうつつ」を表現することに惹かれ、今でも大きなテーマになっています。特にオディロン・ルドンや村上華岳が描く人物に惹かれていたことも、きっかけの一つでした。
自分自身の作品の「色彩」に気づいたのは、実はここ数年のことです。それまで、沖縄で生まれ育ち、制作をおこなってきましたが、県外で展示する機会があり、他の作家さんと比較すると、自作の色の強烈な生々しさに衝撃、というよりもショックを受けましたし、沖縄のアトリエで描いていた時との印象の違いを痛烈に感じました。
またこの頃までは、つるし雛や牡丹、金魚といったモチーフを人物と絡めて描いていたのですが、自分自身の色の感覚をより強く引き出してくれるのは、これまで見てきた沖縄の風景ではないかと感じました。それから、クロトン(植物)やリュウキュウアサギマダラ(蝶)、ハイビスカス、ブーゲンビリア、海といった身近なモチーフを描くようになり、今に至っています。

──ご自身の制作のテーマ、作品に共通する考えなどがあれば教えてください。

10代、20代、30代と、描きたい内容やテーマは少しずつ変化しているのですが、やはりどんな時も共通していることとして「重層(ダブルイメージ)」が挙げられます。
先程挙げた「夢現」と共通する部分ですが、それを表現するには「重層」が必要だと感じました。
どんな制作においても、色の重なりやモチーフ同士の重なり、光の重なり、画面構造上の基底材の重なりといったもの。あるいは何が現実で何が夢なのか、その曖昧さ、交錯するイメージに惹かれて、表現を求めている気がします。
なかでも「重層」表現においては、楽器や歌声といった重奏の奥行きや重厚感、軽快感、シャープさ、共鳴、曖昧さといった音楽を聴いた時に感じる表現の幅に、憧れや悔しさを感じます。この重層感を平面で表現できないものかと、頭の片隅で考えながら描いていたりします。

《ハナウタ》2022年 15.8 x 22.7 cm

《ハナウタ》2022年 岩絵具/寒冷紗、麻紙 15.8 x 22.7 cm

──大学院博士課程では日本画材としての寒冷紗の可能性を追求されたとのことですが、その詳細について教えて下さい。

寒冷紗を研究しようと思ったきっかけは二つあります。
まず一つ目は、学部生の頃、画材が上手く扱えず、作品の亀裂や剥落に悩んでいたのですが、「寒冷紗」を画面に張り込むと絵具の定着が良くなるということを聞き、取り入れたのがきっかけでした。亀裂や剥落の解消にも役立ちましたが、寒冷紗のテクスチャーが自分自身の作品にあっていると感じ、現在も使用しています。
当時、寒冷紗を使用している作家さんはいらっしゃったのですが、基底材としてはメジャーでないという印象でした。ですが、いろいろ技法や歴史を調べていくと、明治から「日本画」に寒冷紗を使用した記録があることがわかり、特に大正時代に描かれた、寒冷紗を使用した作品の調査などをおこない、寒冷紗と日本画材との相性や表現について分析しました。
二つ目に、県外で発表していくうちに、一緒に展示をした作家さんや作品を見に来てくださったお客さんから「なぜ沖縄で日本画を描いているのか」という問いかけがありました。このことをきっかけに、修士、そして博士課程に進学することにしました。これまで、日本画材に惹かれて絵を描いていたのですが、恥ずかしながら「日本画」の成り立ちなどはあまり理解していませんでした。この問い自体には様々な解釈があるかと思いますが、沖縄で「日本画」を描くこと、また「日本画」とは何なのかを、自分自身に問いかけるきっかけになりました。
寒冷紗を取り入れる、その技法や歴史について調べたいと思ったこと、そして「日本画」とは何かや、「日本画」と寒冷紗との関係性を調べたいと考え、特に博士課程では「日本画領域における寒冷紗の可能性」というテーマのもと調査を進めました。また、実験などを通して、岩絵具の定着や発色を良くすること、透過性があることを発見しました。このことからも、自分自身の表現テーマとなっている「夢現」を重層的に表現することに、寒冷紗がとても相性の良い基底材であるとわかりました。

──寒冷紗を使わず麻紙のみで描かれている作品もありますが、表現したい内容によって使い分けられているのでしょうか?

絵具を定着させたり、麻紙と寒冷紗を貼り込んで二つの層をつくることで、構造的に重層を表現したい時には、寒冷紗を使用することが多いです。
一方で絵具の重なりだけで表現したい、またはどこまで表現できるか探りたい時は、麻紙のみを使用します。表現したいものやことによって基底材を使い分けています。

《ハナウタ》 53.0×45.5cm

《ハナウタ》2022年 岩絵具 /寒冷紗、麻紙 53.0×45.5cm

REIJHINSHA GALLERYでの個展「Garden」について

──個展「Garden」に向けた展示計画などで意識されたことはありますか?
東京での個展は初めてなのですが、REIJINSHA GALLERYは自然光が入る空間なので、沖縄の光を受けて描いた作品を一部屋に並べた時に、どんな風に見えるのか想像しながら、楽しみながら、ドキドキしながら制作をおこないました。
また、作品それぞれの「Garden」が、一つの空間に並べられた時に、どのような共鳴が起きるのかを意識して制作しました。

──新作はどのようなことを意図して制作されましたか?
「光」によって、作品の色や奥行きがどのように見えるのかを意識して描いたこととも共通しますが、展示タイトルにもなった「Garden」をさまざまに表現できたらと思って描きました。
花々や木々、蝶などの匂いと風や音、そして遠くから風に乗って運ばれる潮の香りと音、といった自然から成る「Garden」もありますが、ほかにも人の手によって作られた理想郷であったり、記憶の中にある煌めきであったり、または箱庭といった、さまざまなイメージを意識しました。
話が大きくなってしまいますが、作品それぞれの「Garden」と昨今の状況を重ね、世界とは、国とは、日本とは、沖縄とは、人間とは、また、私とは何かということを問いかけながら制作しました。

──今展の作品を制作する中で、新しい発見や変化はありましたか?
いつもの悪い癖なのですが、展示風景を想像しながら作品を制作していくと、次の個展ではこうしたい、こういうのを描きたいという発見などが、次々に浮かんでしまいます。そのため、今回制作しながら浮かんだ新しい発見や変化は、次回にどこかで個展をする際に表現できたらなと思います。

──今回の出展作の中で、特に気に入った作品はありますか? また、その内容について教えてください。
最近は小品を描くことも多いのですが、やはり大作がとても好きです。今回の展示では《箱庭の詩》という、116.7×273.0cmの少し大きな作品を描きました。大作を描くこともそうですが、大きな画面を想像して「何を描こうか」「どう表現しようか」と考えている時間や、画面いっぱいにたくさんのモチーフを描いていく過程がとても大好きです。小品には収まりきらない思いのようなものを、大作に込めていることが多いです。

《箱庭の詩》画像

《箱庭の詩》2022年 岩絵具、水干、箔/寒冷紗、麻紙 116.7×273.0cm

これからの表現

──今後、挑戦してみたいテーマ、素材、モチーフなどがありますか?
今回は出品していないのですが、6年ほど前から絹を使用した作品を描いています。「重層」を表現するために、絹の表彩色おもてさいしき裏彩色うらざいしき、また、基底材として絹を重ねた作品を制作しているので、どこかで発表できるといいなと考えています。

──作品を通してどのようなことを表現し、伝えたいですか?
制作している沖縄という土地柄、作品やコンセプト、活動などから、作品がいろいろなことに結びつけられたり、イメージを連想されたりすることが多くあります。だからこそ、さまざまな観点から、自身の制作を振り返ることもできます。ただし、言葉の持っている力やイメージ、ジャンル、表現に頼り切ってあぐらをかくことなく、「今」を生きる人間として、「今」を生きる作家として、「今」感じたことを作品にアウトプットしていきたいと思います。

 

平良 優季 Yuki Taira
1989
沖縄県生まれ
2012
沖縄県立芸術大学美術工芸学部絵画専攻(日本画)卒業
2015
第26回臥龍桜日本画大賞展(高山市民文化会館/岐阜、岐阜県美術館 県民ギャラリー)
第15回佐藤太清賞公募美術展佐藤太清賞受賞(福知山市厚生会館/京都、京都文化博物館、横浜赤レンガ倉庫1号館/神奈川、板橋区立美術館/東京、名古屋市民ギャラリー矢田/愛知)※’12、’13年入選
2016
第9回菅楯彦大賞展(倉吉博物館/鳥取)
第42回東京春季創画展(上野の森美術館/東京)※’15年入選
2017
沖縄県立芸術大学大学院芸術文化学専攻後期博士課程(日本画)修了
平良志季・平良優季二人展「季ふたつ」(REIJINSHA GALLERY/東京)
2018
VOCA展2018現代美術の展望新しい平面の作家たち推薦出品(上野の森美術館/東京)
第6回郷さくら美術館桜花賞展推薦出品(郷さくら美術館/東京)
2019
平良優季 -overlap-(GALLERY ATOS/沖縄)
2020
美術館コレクション展(沖縄県立博物館・美術館コレクションギャラリー)
個展「日本画展」(au沖縄セルラー本社ビル)
2021
pickup2021(REIJINSHA GALLERY/東京)
30の顔2021(REIJINSHA GALLERY/東京)
第10回Artist Group -風-(東京都美術館)※’15、’16、’17、’20年入選
第48回創画展(東京都美術館)※’16年入選
第8回トリエンナーレ豊橋星野眞吾賞展(豊橋市美術博物館/愛知)※’17年入選
個展「箱庭の詩」(GALLERY ATOS/沖縄)
個展(福岡三越)
2022
花信風 第10回Artist Group-風-小品展(日本橋高島屋/東京、京都高島屋、大阪高島屋)※’16、’17、’18、’21年出品
花信風 Artist Group-風-epilogue(日本橋高島屋/東京、京都高島屋、横浜高島屋/神奈川)
個展「Garden」(REIJINSHA GALLERY/東京)
現在、沖縄県にて制作

・オフィシャルサイト https://www.yuki-taira.com/
・Instagram https://www.instagram.com/yu_ki_taira/
・Twitter https://twitter.com/Yu_kI627

[information]
平良優季 Garden
・会期 2022年6月3日(金)〜 6月17日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋大伝馬町13-1 PUBLICUS×Nihonbashiビル1F
・電話 03-5651-8070
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜、祝日
・URL https://www.reijinshagallery.com

今後の展覧会予定
■6月28日(火)〜7月17日(日) グループ展「第2回現在日本画研究会 東京選抜展」後期(UNPEL GALLERY /東京)
■6月29日(水)〜7月4日(月) 「グループ展(仮)」(福岡三越9階岩田屋三越美術画廊)
■7月26日(火)〜7月31日(日) グループ展「線と円」(京都市京セラ美術館)