アーティスト

松本亮平インタビュー 
個展「温故知新」に向けて

松本亮平《画家と助手》画像

《画家と助手》2022年  アクリル、墨/板 90.9×116.7cm

1988年神奈川県に生まれ、美術教師である父の傍で絵に親しみながら過ごした松本亮平。幼い頃から生き物の魅力に取りつかれた彼は、対象をつぶさに観察し隅々まで描こうとした。
早稲田大学大学院では構造生物学を学んだ。タンパク質やDNAの構造レベルでは、小さな虫から人間まで多様な生き物においても共通性が高いことを学び、それが生き物の姿になぞらえて人間社会を表現することにつながったという。
大学在学時に、『実験医学』(羊土社)連載の「絵で見る先端分子生物学」に遺伝子や細胞を主題にした挿絵を掲載した経験から、自分の絵が人目に触れることを初めて意識する。本格的に画家を目指すために、国画会を中心に約60年にわたり精力的に活動する画家・佐々木豊の門を叩いたのは、24歳のこと。巨大なキャンバスに見たこともない構図で絵を描く佐々木の「挑戦する気持ち」に強く影響を受けたという。松本作品の構図にも、ダイナミックに筆を運ぶ師の教えが色濃く現れている。
様々な公募展で受賞を重ね、2019年に日動画廊が主催する「昭和会展」の最高賞・昭和会賞を受賞。動物に寄り添った愉しい作風で人気を集めており、今最も注目すべき具象作家のひとりだ。

松本亮平《猫と芍薬群虫図》画像

《猫と芍薬群虫図》2022年 アクリル/板 17.9×17.9cm

そんな松本は、10月28日からREIJINSHA GALLERYで個展「温故知新」を開催予定。今まさに制作中の松本を百兵衛編集部が取材した。

好きなものをいっぱいに詰め込んだ展覧会

──今回の個展のテーマである「温故知新」は、「美術屋・百兵衛ONLINE」で連載頂いているコラムのタイトルでもあります。なぜこの展覧会名にされたのでしょうか。

「温故知新」の連載を通して、色々な絵に触れてきました。その執筆を経て自分自身が学んできたこと、感じてきたものを形としてお見せできればと思い、コラムと同じ「温故知新」というタイトルにしました。

松本亮平《Catastrophe》画像

《Catastrophe》2019年 アクリル、水墨/板 53.0×65.2cm 第54回昭和会展 昭和会賞

松本亮平《Recreation》画像

《Recreation》2019年 アクリル、水墨/板 90.9×116.7cm 第54回昭和会展 昭和会賞

──コラムは「美術屋・百兵衛」50号(2019年7月14日発行)から約3年半の連載ですね。

昭和会賞をいただいたすぐ後に、麗人社の野口社長からの依頼で連載が始まりました。コラムのタイトルは、昭和会賞受賞作品のコンセプトから取りました。それは伊藤若冲の『象と鯨図屏風』を引用した一対の作品で、『Catastrophe』と『Recreation』というものです。そうしたきっかけもあり、古典絵画から私なりに新しいものを作っていきたいと強く思いましたので、コラムのタイトルも「温故知新」に決めました。個展では、コラムを通して学んできたものを表現して、その成果を見ていただけたらと思っています。

松本亮平《十二支競争》画像

《十二支競争》2022年 アクリル、墨/板 37.9×45.5cm

──個展「温故知新」の見どころはどのようなところでしょうか。

くすっと笑えるような面白さを大切にしています。そこが一番の見どころです。古典絵画を踏まえていることに気づいた方は面白いでしょうし、引用元を全然知らなくても、ぱっと観て楽しいと感じられるようにと考えて描いています。私の絵を気に入って、そこから引用元の作品を探して見てもらえることがあれば嬉しいです。

松本亮平《毛糸肩掛けをする猫像》画像

《毛糸肩掛けをする猫像》2022年 アクリル/板 33.4×24.3cm

──ところで、F100号の作品を描かれたそうですね。

大きなユキヒョウが寝転がっていて、その周りを動物たちがぐるぐる回っている絵で、タイトルは『終わりのない旅』。古典に学んだ表現と、人間社会を重ねた表現、その両方の要素が入っているような群像画です。ピーテル・ブリューゲルやヒエロニムス・ボスの絵が好きなので、以前からインスピレーションを得ています。例えば彼らの絵は、一つ一つにストーリー性があって、見る人によって違う物語が想像できますよね。絵って正解が一つではないので、そういうふうに見る人それぞれの楽しみ方ができるのが、群像画や物語性のある絵の良さだと思います。

松本亮平《終わりのない旅》画像

《終わりのない旅》2022年 アクリル/板 130.3×162.1cm

──ブリューゲル絵画に秘められた格言などをモデルに、ことわざや格言に沿った猫作品を作成されているそうですね。

今回の個展に向けて、諺になぞらえた猫を作っているんです。コンセプトとしては、ブリューゲルの『ネーデルランドの諺』から着想を得ているんですけど、猫に関わる諺も含め、内容自体は日本の諺を中心にしました。半立体のレリーフ状になっている猫を制作中です。

──生き物の物語に人間社会を重ねて表現した作品と、古典に学ぶような作品では、それぞれどのようなことを意識して表現されているのでしょうか。

人間社会のようなものを動物で描いたり、古典絵画をオマージュして画中画にしたりしていますけど、それは完全に2種類のパターンがあるのではなく、2つが重複しているものも多いんです。
また、きれいに二足歩行したり服を着たりといった完全な擬人化はしていませんが、生き物それぞれのキャラクターは考えています。その生き物一匹一匹の個性を考えるときに自分を投影しているような感覚があり、その子たちが絵の中で色々と動き回っている場面をイメージしながら描くので、ある意味で人間社会のようになりますね。実はそこまで人間社会に対する問題提起をしたり解決策を提示したりしているわけではなくて、「この時代にこんなことがあったよね」とその時代を経験した人なら誰もが共感できるようなことを、私自身が身近に感じたり経験したことの中から作品の表現に落とし込んでいっている気がします。

松本亮平《猫遊魚図》画像

《猫遊魚図》2022年 アクリル/板 17.9×13.9cm

──これまで動物への愛情や文化財の価値などを表現されてきましたが、この個展ではどのようなことを意識して制作されていますか?

最近は日本の古典絵画を意識して描くことが多いんですが、日本の絵は生き物との距離感が近いというか、現代に共通する日本人の“かわいいもの好き”な性質を感じます。印象派以前の西洋絵画は、基本的にはキリスト教などのテーマがあって描いているものが多く、動物は脇役なんです。物語の添え物であったり、意味づけをするために動物がいるというかたちで、動物そのもののかわいさを表現するような絵が、あまりなかったと思うんですよね。西洋と東洋では芸術における考え方が違っていたんだと思うんですけど、かわいいものをただ描くことができたというのが、日本の絵の面白いところですね。生き物に対するまなざしが優しく、人間と動物が対等に扱われているような。その辺りをテーマや描き方として意識しています。

また、今回は子どものような根源的な「作りたい気持ち」を重視して制作しました。今回はコラムの内容も盛り込んでいますし、私の趣味に沿ったテーマで本当に作りたいものを作った感じがしますね。

松本亮平《波兎図Ⅰ》画像

《波兎図Ⅰ》2022年 アクリル、墨/板 33.4×24.3cm

──個展に向けて制作する中で、新しい発見や変化はありましたか。

今回の個展の下敷きとなっているコラムに、私は印象派以前の古典的な西洋絵画と、江戸時代末期までの日本の絵を中心に取り上げてきました。その実物の展示を観に行ったり、自分でもそれを題材にした作品を制作したりと、研究を積み重ねてきた中で感じたことがあります。それは西洋絵画は絵具を塗り重ねることによる厚みや絵具の硬さがあるのに対し、日本画はどちらかと言うと絵具が画面に吸い込まれていくような感覚があり、画面そのものが平面的だということです。西洋と日本の絵画にある立体性と平面性に対する意識がとても強くなりました。そして、両者を一枚に同居させようと試みました。

松本亮平《波兎図Ⅱ》画像

《波兎図Ⅱ》2022年 アクリル、墨/板 33.4×24.3cm

──その他に、特徴的な技法や特にこだわっていることはあるでしょうか。

アクリルと水墨の併用をしている方は、それほど多くはいらっしゃらないと思います。アクリルで平滑な画面に仕上げてしまうと墨を弾いてしまうので、表面を紙やすりで磨く際に、やすりの番手の粗さを変えて墨を乗せるのに丁度いいザラザラ加減を探したりしています。画面の状態によって次の手順が大分違うので、下地は重要ですね。
あと、白い絵具にもこだわっています。立体性を強く出したい、画面からぐっと浮き出るようにしたいという時はかなり濃度の高い白を、日本画的な軽くて淡い表現の時には透明性がある白を使うとか。濃度や透明度によってかなり表現が変わってくるので、色々な白を試しています。たぶん、白は皆さんも一番こだわる絵具だと思うんですけど。今回の展示はだまし絵的な作品が多くなったので、特にいつもより白の使い分けを意識しました。

アクリル絵具ホワイトの比較 画像

アクリル絵具ホワイトの比較

──最後に、これから挑戦したいことをお聞かせください。

今回はF100号までのサイズですが、今後は壁画や襖絵、屏風絵など、皆さんがパブリックな場所で見られるような大きい絵に挑戦したいです。「大作に学ぶ」というのもコラムに書かせていただきましたが、佐々木豊先生や洋画家・遠藤彰子先生をとても尊敬しているので、その影響も少なからずあると思います。機会があれば、巨大な絵をぜひ制作したいと考えています。

松本亮平《放生会》画像

《放生会》2022年 アクリル/板 53.0×65.2cm

尽きることのない生き物への愛情を溢れるままに筆に乗せる松本。その作品には、「動物博士」になりたいと願った少年時代の瑞々しい心が注ぎ込まれているようだ。巨大な絵に挑戦したいという彼の、さらなる活躍に注目して欲しい。

コラム「温故知新」はこちら

松本亮平 Ryohei Matsumoto
1988 神奈川県に生まれる
2013 早稲田大学大学院先進理工学部電気・情報生命専攻修了
2016 第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞
REIJINSHA GALLERY‘S EYE(REIJINSHA GALLERY/東京)
2018 PLUS 2018 CONTEMPORARY ART SHOW(ソウル)、ART EXPO MALAYSIA(クアラルンプール)出品
2019 第54回昭和会展昭和会賞受賞、ART ELYSEE 2019(パリ)出品、ART BUSAN(プサン)出品
2020 BAMA(プサン)出品
2021 ART BUSAN(プサン)出品
2022 昭和会賞受賞記念 松本亮平展(日動画廊本店/東京)

Twitter @Ryohei60
作家オフィシャルサイト https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei/
REIJINSHA GALLERY 作家ページ https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/

[information]
松本亮平 温故知新
・会期 2022年10月28日(金)〜 11月11日(金)
・会場 REIJINSHA GALLERY
・住所 東京都中央区日本橋本町3-4-6 ニューカワイビル 1F
・電話 03-5255-3030
・時間 12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
・休廊日 日曜、月曜、祝日
・URL https://www.reijinshagallery.com

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