アーティスト

山本 有彩 インタビュー
-松本隆作詞活動50周年トリビュートアルバム『風街に連れてって!』コミッションワークを終えて-

©︎2021 NIPPON COLUMBIA CO.,LTD.


2021年夏に発売された松本隆作詞活動50周年トリビュートアルバム『風街に連れてって!』。
この記念すべきアルバムのカバーアートを担当したのは日本画家・山本有彩だ。
彼女にとって初となるカバーアートの制作は、一体どのようにおこなわれたのだろうか。
今回美術屋・百兵衛はその作品の依頼から完成まで、制作の裏側を取材した。

 

制作依頼を受けて


──カバーアートの制作依頼が届いた際の心境をお聞かせください。

驚きと嬉しさが6:4くらいの感情でした。そんなご依頼をいただけるとは予想もしていなかったので、メールをいただいてから一週間程は、現実に起こった出来事かどうかが信じられませんでした。心が震えました。

 

横顔の作品は初回限定生産盤のLP版ジャケットに使用された  ©︎2021 NIPPON COLUMBIA CO.,LTD.


──アルバムのタイトルにある「風街」に対してどのようなイメージで制作を進められましたか?

ひとの心の奥に在るふるさとのような場所をイメージしました。ご依頼をいただいてから長い時間「風街」について考えながら制作しました。松本隆さんが青春時代を過ごされた青山、渋谷、麻布界隈の同じ景色を、当然ながら今見ることはできませんし、同じ環境にタイムスリップできたとしても人それぞれ感じることは違うと思います。しかし、誰しも人生のなかで大事な時間を過ごした原風景があって、その懐かしくも戻ることのできない場所が「風街」というキーワードを通し共有できるのかなと思いました。わたしは子供時代を過ごした石川県の草の音や風の匂いなどを思い出しながら制作しました。

 

山本が生まれ育った石川県の風景

 

個人での作品制作とコミッションワークの違い


──イヤホンを着けた少女が印象的ですが、制作にあたってテーマや要望を伝えられましたか?
表情や髪型、服装などに関してどのような指示があったのでしょうか。

テーマや要望はある程度指定していただきました。しかしその内容も自作の特徴を意識してくださっている内容でしたので、違和感なくすり合わせることができたように感じます。いただいた要望としては、「ピュアで芯のある少女。イヤホンで音楽を聴いていると、ふと風を受けている瞬間。できるだけ寄り・・で、黒(髪など)、ピンク(唇)、肌色、イヤホンや服を入れる場合は白でまとめる。肌色が多くなりますが、艶めかしい感じというよりピュアな感じ」といった内容のものでした。
最終的な仕上がりや細かい部分などは任せていただきましたが、最初に簡単なイメージを共有していただいてから本画に入るまでは、入念にイメージをすり合わせてご指示をいただきました。


──作品の制作にどのくらい時間がかかりましたか?

総合すると2か月程でした。構想やラフ、草稿までに一カ月弱、本画に入ってから1カ月とすこしで完成しました。

──制作する上で苦労された点はありましたか?

やはりイメージのすり合わせに時間がかかりました。普段は自分のなかでイメージから制作まで全て完結しているので、不慣れな作業のためです。ラフを見ていただけるとわかるのですが、正面構図の絵は特に目の描写で大きく印象が変わります。はじめは芯のある雰囲気を意識するあまり、少しまなざしがきつくなりすぎていたようで、ギャラリーの方や日本コロムビアの担当さん、さらには松本隆さんご本人にも確認していただきながら何度も修正していきました。手の位置や構図なども調整していったので、最後の“OK”をいただいたときは心からほっとしました。

 

初稿ラフでは少しきつい印象であったまなざし。調整を重ね、芯がありながらも柔らかい印象に。

 

──優しく落ち着いた色合いの中にも透明感がある作品だと感じました。制作へのこだわりをお聞かせください。

普段からこだわっていることですが、肌の風合いを表現するために薄い絵の具を何層も重ねて制作しています。そうすることによって透明感のあるやわらかい肌を表現できるのです。基底材は絹で、墨、岩絵具、染料、胡粉といった比較的シンプルな画材で作られています。あとはやはりアルバムのイメージに近づけるのが一番大事だと思い、ピュアな面と意志の強さを共存させられるようにまなざしの表現に気を配りました。

山本が使用している絵筆の一部


──美術屋・百兵衛No.53(2020年4月13日発売)のインタビューでは、大学で日本画を学ぶ以前に工業高校のデザイン科に在籍していたとおっしゃっていました。CDジャケットもデザインの一種ですが、今回の作品制作にデザイン科の経験が活かされましたか?


全体のデザインは予め日本コロムビアさんから共有していただいたイメージ画をほとんどそのまま使用していますが、手の位置やイヤホンの紐の曲線など細かい部分はジャケットになったときの構図を意識して調整しました。あとはラフを描く際にデジタルで作画したのですが、調整が効きやすかったのでそういった点でもこれまでの学びが活きた気がします。

 

作品の完成。そして発売へ。


──作品が完成したときの心境はいかがでしたか。

喜んでいただけるだろうかとドキドキしていました。デジタルで描いた大下図が終わり本画制作の段階に入ると、すべてお任せいただいていたので……。長い時間作品を見ていると正解が分からなくなってくることも多いので緊張しました。最終的には喜んでいただけて本当にほっとしました。

実際に発売されたアルバム ©︎2021 NIPPON COLUMBIA CO.,LTD.

 

──ご自身の作品を使ったアルバムがCDショップに並び、またテレビなどで目にする機会も多かったかと思います。どのようなお気持ちでしたか?

見るたびに心臓が高鳴っていました。昔からジャケットや本の装丁を手がけるのが夢のひとつだったので、幸せな時間でした。たくさんの方にお力添えいただき、このような素敵な形で夢を叶えていただいて、今も感謝の気持ちでいっぱいです。

──ご家族やご友人など、周囲の方々の反応はどのようなものでしたか?

驚くほど大きな反響がありました。家族は涙ぐむほど喜んで、テレビで松本隆さん特集が放送されると欠かさず録画していました。友人もすごく喜んでくれて、初回限定盤を買ってくれるなど励みになりました。展覧会にいらっしゃるお客様にも喜んでいただいたり、またジャケットで知って展覧会場を訪れてくださる方もいたりして、あらためて松本隆さんの影響力の強さを感じました。


──今回のカバーアート作品制作を終えて何か心境の変化はありましたか?

もっと俯瞰した視点で生きたいな……と感じました。ふだん制作活動をしていると、行動や思考の多くが自己完結してしまうことが多く、井の中の蛙になりがちです。今回、色々な方の意見や考えに触れながら制作したり、ジャケット画の発表後に色々な感想をいただいたりすることができて、大変刺激になりました。こういった形で多くの方に絵を見ていただく機会を得られたことは運が良く、豊かな時間でした。
また、松本隆さんの詩や考え方について触れる機会をいただけたことも心境の変化につながりました。アルバム発売後に拝読したのですが、株式会社マガジンハウスから出版された『松本隆 言葉の教室』(延江浩著) は、はっとさせられる言葉がぎゅっと詰まった一冊でした。なかでも、「創作するためにインプットしようとすると、それは不自然。なにかのためになにかをするというのはとても不自然なこと。不純な動機で得た知識は不純な作品しか生みません。」という言葉がずっと頭の片隅に刺さっています。私も永く愛されるいい作品を作りたいな……と改めて感じました。


──今後の展望をお聞かせください。

制作において、いい意味で変化し続けていきたいと考えています。それでいて、根っこの変えられない部分も大切にしていきたいです。個展の予定もあるので、今の自分が描ける一番いい作品を出していければと思います。
今回のカバーアート制作は本当にいい経験になったので、また違った形でもこういった機会があると嬉しいなと思います。

 

今回のカバーアート制作について

松本隆作詞活動50周年記念トリビュート『風街に連れてって!』を制作するにあたり、本作の主役である松本隆氏には「アルバム・タイトル」と「ジャケットに使用するイラストを誰に依頼するのか」、この2点をご検討いただきました。
まず『風街に連れてって!』というタイトルが氏から発案されました。松本隆の作品に住む少女の無邪気で軽やかな「いざない」が感じられ、アルバム全体の輪郭がハッキリと形作られました。
次にジャケットに使用するイラストに関して氏から山本有彩さんのお名前を告げられ、そこから山本さんの今までの作品を制作陣で拝見しました。
薄いベールに包まれた透明感のある可憐な少女たち、まどろみとも凛とした強い意思とも取れる彼女たちの印象的な目線、作品から発せられる独特な雰囲気すべてが今回のトリビュート盤のビジュアルにぴったりだと感じました。
発注にあたってはCDジャケットに着地させるための簡易的な構図と採り入れてもらいたい小道具とを指示させていただいた他は、アルバム・タイトルから感じられる少女性を山本さんなりに表現してもらいました。
画廊で作品を受け取ったとき、額装の中から見つめる少女の目線に鳥肌が立つような感動を覚えました。アルバムを手に取った方々を軽やかに「風街」に誘っていく、そんな少女が眼前に現れていました。
また絹本彩色による何層にも重ねられた色合いが、半世紀にわたる松本隆の作詞活動の重層性を想起させ、アルバム全体に奥行きを与えていただけたのだと思います。

(日本コロムビア 田中亮平)

 

[Profile]

山本有彩 Yamamoto Arisa
1992  石川県生まれ
2015  金沢美術工芸大学 日本画専攻 卒業
2017  金沢美術工芸大学院修士課程 絵画専攻 日本画コース 修了
[個展]
2017 「とき、かさねては、いき」The Artcomplex Center of Tokyo、東京
2018 「第52回レスポワール新人選抜展山本有彩個展」銀座スルガ台画廊、東京
「きょうも生きたね」The Artcomplex Center of Tokyo、東京
2019 「山本有彩展」Gallery ARK、神奈川
2020 「薄膜と均衡」KIYOSHI ART SPACE、東京
「愛のけもの」REIJINSHA GALLERY、東京
2021 「山本有彩展」Gallery ARK、神奈川
[グループ展]
2015 「粟津画廊特集展示vol.4」粟津画廊、東京
「装幀画展」Café & Gallery musee、石川
「山本冬彦推薦作家によるカレンダー展」ギャラリー枝香庵、東京
2016 「50の顔」REIJINSHA GALLERY、東京
「装幀画展」Café & Gallery musee、石川
「INTRO5」The Artcomplex Center of Tokyo、東京
2017 「ACT小品展」The Artcomplex Center of Tokyo、東京
2018 「美の饗宴展」Gallery ARK、神奈川
「アウラ展」Gallery ARK、神奈川
2019 「L’espoirDecad展」銀座スルガ台画廊、東京
「美の饗宴展」Gallery ARK、神奈川
「山本冬彦が選ぶ若手作家小品展Ⅴ」ギャラリー枝香庵、東京
「開廊45周年記念展」飯田美術、東京
「むつぼし展」アートギャラリー北野、京都
「八丁堀・涼風会展」美岳画廊、東京
「八月に囁く。」KIYOSHI ART SPACE、東京
「招き猫作品展」ギャラリー枝香庵、東京
2020 「美の饗宴展」Gallery ARK、神奈川
「GINZA入札販売会」美岳画廊、東京
2021 「30の顔」REIJINSHA GALLERY、東京

■山本有彩
オフィシャルサイト https://arisa-yamamoto.com
instagram https://www.instagram.com/ymmt.ars/
Twitter https://twitter.com/ymmtarsdoumo
REIJINSHA GALLERY アーティストページ 山本有彩  https://www.reijinshagallery.com/product-category/arisa-yamamoto/

■松本 隆 作詞活動50周年トリビュートアルバム『風街に連れてって!』 特設ページ
https://columbia.jp/matsumototakashi/

■松本 隆 作詞活動50周年トリビュートアルバム『風街に連れてって!』 購入ページ
コロムビアミュージックショップ https://shop.columbia.jp/shop/g/gS3469/

ECサイト(通常盤購入) https://va.lnk.to/MatsumotoT2
ECサイト(初回限定盤購入) https://va.lnk.to/MatsumotoT1