デジタル版画による肖像画で、人間の内面を描き出す作家・佐井章重。彼の作品『記憶の畏怖』は、今春芸術の都・パリで開催された「第6回 サロン・ド・アール・ジャポネ 2023」で出展作101点の中からグランプリに輝いた。
佐井は、インダストリアルデザイナーとして第一線で活躍してきた経歴を持つ。定年後から、鉛筆で細密に肖像画を描くなど、本格的に美術活動をスタートさせた。そんな彼に「美術屋・百兵衛」編集部はインタビューをおこない、海外展に参加した感想や、美術に対する思いを聞いた。
受賞作『記憶の畏怖』について
──グランプリ受賞おめでとうございます。まずは、受賞作『記憶の畏怖』のコンセプトについて教えてください。
この作品のテーマは記憶という概念。今まで、記憶というものをベースに、人間の感情や深層心理を表現したいと思ってきました。そして、それを平面にどう描いていくかを追求してきました。
モチーフにしている「顔」は、感情やその人の生き方、経験、性格など、全てが内包されているのではないかと、僕は考えています。
──「記憶」をテーマに表現してこられたとのことですが、「畏怖」という言葉がタイトルに付いているのはなぜでしょうか。
夜、夢を見たんです。いろんな経験や体験したことが出てきました。そこで、ある種の怖さみたいなものが表現できたらなと思ったんです。ただ単純に楽しさを表現するよりもおもしろいと思いました。
辛い思い出とか怖い思い出は、みなさんにありますよね。そういう感情のほうが印象深いというか。だから見る方にも共感してもらえる。自分の中に作品を取り込み、考えてくれるんじゃないかと思うんです。そういう作品を描こうとするとどうしても、明るい色よりも暗い色のほうが、自分自身も含めて共感を得るんです。
──デジタル版画とは、デジタルで作画してシルクスクリーンのように版を重ねていくということでしょうか?
今回の作品には、グラファイト(黒鉛)によってアナログで精密な原画を描き、それをベースにデジタルでレイヤーを使うという形でもう一度組み立てるプロセスがあります。人の顔を何層にも描くことで、リアルだけれど架空の世界が生まれるんです。
デジタルにすることで多様な表現が可能になるので、プロセスと目的をうまく融合させることができたと考えています。支持体には和紙を使うのですが、若干出る「滲み」が、表現として一番適切だと思っています。リアルとは言っても「写真」にならないように、木版画のような質感を出したいんです。
緻密に描き、抽象化する
──制作では精密に描くことが重要なのですね。
そうですね。まずは人の顔を精密に描きます。それを変化させてもう一度組み立てるというのでしょうか。具象で描いたものを、デジタル版画によって抽象化していく感覚です。アナログとのハイブリッドという感じですね。
似ている、似ていないではなく、ものの本質から抽象化してかたちを残しつつ、別の表現ができないかと思ったのが版画の世界に至った経緯です。
──細密に描くことと同等に、抽象化することも大事だとわかりました。抽象化についても考えを詳しくお聞かせください。
かたちがなくても、ものを感じるということでしょうか。
りんごの絵を正確に描き、その要素を残しながら抽象化していくと詰まるところ「甘い」とか「酸っぱい」になってしまう。でも僕の場合は、そのもう少し手前、かたちが少し残るくらいで抑えることにしています。
完全にかたちが無くなってしまうと、模様やパターンのようになってしまい、伝えたいものではなく作者が感じたものになってしまうからです。
デザインとファインアートについて
──一流のデザイナーとしてご活躍された経歴がありますが、デザインとファインアートに違いはありますか?
デザインには目的があります。ユーザーがいて、使う目的があり、製品の機能などの条件がありますよね。それらに対してアプローチすることがデザインです。でも、絵は自分を中心に、自分がどう表現するか。対象がずいぶん違うという気がしますね。
──作品を制作する際にデザイナーとしてのご経験が活きていると思うことはありますか?
デザイン思考でコンセプトは考えますね。目的とか意味とか、人に説明できる内容がないと。「良い」とか「綺麗」とか「可愛い」とか、そういう概念だけでなく、なぜそうなのかを言語化していくことがプロセスの中にないと、通じない。言語化していく作業が必ず必要なんです。
表現したものがどう見えるかという着地点は、似たような感覚かもしれないですね。
──データを作成する工程でも、ご経験を活かすことができそうです。
そうですね。レイヤーによっていくつか色の組み合わせを検討しています。決めるというよりは、いくつかの候補から選ぶ。試すことができるのは、デジタルの良いところですね。
別のレイヤーを作ってみることもできるし、それが案外おもしろい表現になったりすることもある。いろんなシュミレーションができることが、デジタルの良さです。
──抽象画の世界は、作家の感覚が優先されるものだという認識を持っている方も多いように思いますが、佐井さんの場合、とてもロジカルな考えをお持ちですね。
スーパーリアリズムで有名な画家・野田弘志さんの講演を聞いたことがあります。その方は、作品を文章化させて、それがきちんと書けていないと良い作品じゃないとおっしゃっていました。それが無いと薄っぺらい絵だと。
パッと見てよく描けているとかではなく、言語化したものを著作にするくらいに書けないとダメだと。僕は講演を聞いた中で、それが印象に残っているんです。
海外展の魅力
──これまでも海外展に参加されたことはあったのでしょうか?
2019年にロンドンの展覧会に参加しました。日本人だけでなく、様々な国の方が出展されていた展覧会です。
それが初めてで、今回のサロン・ド・アール・ジャポネが2回目です。
──今回のサロン・ド・アール・ジャポネで渡仏されたそうですが、どう感じましたか?
パリの美術観を巡り、作家の力がすごく伝わってくるところに感化されました。絵の描き方に「こうじゃないといけない」というのがないと、改めて感じました。
それから、現代美術の作品をたくさん見ることができたのも良かったです。文脈を読み解くところや、ものを抽象化させていくアプローチにとても興味があります。現代美術は何でもありな世界ですよね。タイトルとその作品を見ると、なるほどなと、頭が活性化されるところが好きですね。そう考えたか、と。
──次の作品について何か得るものはありましたか?
フランスで多くのマティス作品を見て、色彩が豊かでとても明るいところに刺激を受けました。こんなふうに明るい色彩の絵も描いてみたいと思うくらい。そういう絵もおもしろいなと想像しました。
──海外展の魅力はなんでしょうか?
国内展は展示することだけが目的になってしまいがちだけど、海外展にはオープニングパーティーがあって他の作家と交流したり、話し合ったりできる場がある。ワインを飲みながら、とか、ふれあいが魅力ですよね。今後も機会があれば海外展に出展したいです。
「第6回 サロン・ド・アール・ジャポネ 2023」についてはこちら
佐井 章重 Akishige Sai
1951年
神戸市に生まれる
1975年
武蔵野美術大学学部産業デザイン学科工芸工業デザイン専攻卒業
1975〜2011年
パナソニック株式会社 デザインカンパニー
1985年
Gマーク大賞グランプリ
雑誌POPEYE DESIGN OF THE YEAR 金賞
1987年
国際デザインコンペティション「高度情報都市」2席受賞
1988年
発明賞
1989年
ミズノ 未来のシューズデザイン 入賞
2011年
横浜北部美術公募展 入選
2012年
芦屋市展 入選
三木市展 三木市商工会議所会頭賞
神戸市展 入選
福井サムホール展 奨励賞
2013年
兵庫県美術家同盟展 入選
アートムーブ2013、2014、2015年 入選
伊丹市展 入選
2014年
神戸新世紀秋季展 入選
2015年
新世紀展 奨励賞
兵庫県展 デザイン部門 佳作
Heart Art in TOKYO 2015 入選
福井サムホール展 奨励賞
美術の杜 Vol.39 「オルセー世界芸術遺産認定作家」選定
2016年
三田市美術展 入選
神戸新世紀美術協会 神戸新聞社賞
新世紀美術協会展 新人賞 くさかべ賞
花美術館 Vol.43 「現代作家 生命の息づかい」掲載
Art JOURNAL Vol.87 「第一回世界アートグランプリ受賞者」選定
2017年
銀座画廊 暁 新世紀美術協会受賞者展 出品
心斎橋大丸 Art Stream展 出品
2018年
福井サムホール展 奨励賞
国画会展版画部 入選
全日肖像美術協会 会友 入賞
2019年
国画会展版画部 入選
武蔵野美術大学校友会兵庫支部 支部長 委嘱
全日肖像美術協会 準会員 銅賞
関西国画会展版画部 奨励賞
London Premier-art 2019 推薦出品
2020年
国画会展版画部 入選
2021年
第二回丹波アートコンペティション 文化協会会長賞
第67回全日肖像美術展 小品の部 金賞
関西国画会展版画部 新人賞
全日肖像美術協会 会員昇格
2022年
第68回全日肖像美術展 入選
国画会展版画部 入選
関西国画会展版画部 関西国画賞
2023年
第6回 サロン・ド・アール・ジャポネ 2023 グランプリ
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