コラム

DIG A PICTUREBOOK
写真集を掘れ! Vol.006

「もしも 私たち シャドウがお気に召さないならば」
超セレブたちのポートレイト写真集

皆さんはファッション写真家、と聞いた時、どんな印象を持つだろう? スタジオでストロボを飛ばしながらテンポよくモデル撮影をしている、売れっ子で、経済的に成功していて、ルックスもなかなか良くて、というイメージを持たれる方が大半ではないだろうか?
こうした華やかなイメージは、写真界の帝王と言われるリチャード・アヴェドンの言動や、彼をモチーフにしたと噂される1960年代後半の映画「Blow-up / 欲望」を通じて出来上がり、あとはドラマやサスペンスでいかにもありそうなステロタイプとして行き渡ったのだと思う。

しかしそれだけではない。優秀なファッション写真家は、セレブやアーティストを写し止めるポートレイト作家という側面を強く持っていて、このことが大元にあって、アーティストに尊敬されるアーティスト、という最高のポジションを得ている。パリ、ニューヨーク、ロンドンの写真家に多い。

イギリス生まれの写真家デヴィッド・ベイリー(David Bailey, 1938-)は、1960年代の「ヴォーグ」を舞台に、幻想的なファッションが溢れかえるロンドンで、まさにファッションに軸足を置きながらポートレイト作家として尊敬を集めた男であり、その上に、やりたいことを全てやり遂げた男として知られる。若者たちが時代の中心に躍り出た攻撃的なファッション写真、新しい時代の画家や彫刻家、現代アーティスト、ザ・ローリング・ストーンズなどの反逆児やお行儀の悪い大スターたちのポートレイト、考えうるありとあらゆるヌード、生と死のイメージ。ベイリーはあらゆる世界を、ブローニーフィルム*1に焼き付けた。「ヴォーグ」は常に彼のにぎやかなギャラリーであり続けた。ユーモアはややブラック寄りで皮肉屋の顔もまた魅力である。そのかたわらで有名女優たちと浮き名を流す。それがデヴィッド・ベイリーである。

 

ところがポートレイトは正攻法なのである

そんなにぎやかな顔を持つベイリーだが、彼の仕事、特にポートレイトはあくまで正攻法と言っていい。カメラを真正面からどしんと構え、被写体であるセレブたちは、負けじとばかりにレンズを凝視する。ほとんどの作品は、35mmフィルムよりも大きなブローニーフィルムで撮影されている。ほとんどがモノクローム。ほとんどが白バック。ハッセルブラッド*2を使うことが多い。まさにポートレイトの典型的な舞台だ。そして、ベイリーの代名詞とも言える広角レンズ。その緩やかなパースの中で、セレブたちは、知られた名声や表情から切り離されて、孤としての静けさをまとっているように見える。モデル、スナップ、ヌード、たくさんのポートレイトと、彼の作品集はたくさんあるのだが、今回はその中でも80年代以降に撮影されたセレブ集を紹介したい。「If We Shadows」(日本版では「光と影の住人たち」と題された)という。

このタイトルは、シェイクスピアの「夏の夜の夢」のエピローグをくくる言葉として知られる。
「もし私たちシャドウ(影法師)がお気に召さないのでしたら、こう思ってください。皆様は深い眠りに落ちていて、(見たと思ったものは)すべては幻なのだと」。
妖精がこのように観客に向けて語るのである。

 

我々は影なのである。
ベイリー自身も、居並ぶセレブたちも。我々読者も。みんな影なのだ。日本版のタイトル「光と影の住人たち」は、光があたるからこそ影が生まれる、そこで撮影されたセレブたち、という明暗持つセレブの二面性に寄せて作られたものだと思うが、オリジナルの意味するところはもっと深遠だ。私には、「彼らは最初から、実態を伴わない影法師なのだ」と言っているように聞こえてならない。セレブたちは演じ、注目を浴び、舞い踊り世界中を熱狂させるが、それとて、実態は何もなく、影法師がそうして見せただけ、すべては、ふっと消えてしまいがちな幻なのだと。

その影たちを実態として認めたい我々も、実は影に過ぎず、ベイリーも、カメラを持ってその影を追い求めている。「If We Shadows」というタイトルは難解さを伴いつつ、読者の知性を呼び覚ます効果もあると思う。

僕はこの皮肉っぽくて、冴えたインテリジェントを感じさせる彼のセンスが好きだ。
この本は、ミック・ジャガーの顔の隣に、汚れてシミだらけになったマットレスが見開き対向ページに並べられるという、高度な謎かけを挑んでくる。「スーパースターの人気に水を差したり、名声を落としかねない」こんなことをして大丈夫なのかと、いらぬ心配をしてしまう。よく見知ったセレブやスターが登場するたびに、このドキリ、ヒヤリ、ニヤリが続々と続く。このあたりかなと、解ける謎もあれば、これは一体、と首をひねり続けてしまうものもある。ベイリーは何を訴えたいのか。そのことについての種明かしはされない。

理由となるものは何も発見できないが、ただ一つだけ言えることは、セレブたちとの信頼関係を築いたベイリーだからこそ許された離れ業である、ということに尽きる。

また、ブローニーフィルムの魅力を知る人には、この本の「ノートリミング」の編集はたまらない魅力である。プリントを作る際、ベイリーはフィルムの黒フチも一緒に焼き込んでいる。完璧な構図をトリミングなしに行った、という誇りを見せつけているのだ。そして、その黒フチを仔細にみれば、カメラがフィルムを若干くわえたツメ痕が残っている。それを手がかりに、そのショットが、ハッセルブラッドによるものか、ローライフレックス*3によるものかわかる人にはわかるのである。

モノクロームで描き切るいさぎよさ。ハッセルブラッドを分身のように使いこなすクールさ。ブラックなウィットでポートレイトに深みを与える頭の良さ。こんなにかっこいい写真家はなかなかいない。

 

*1: ブローニーフィルムは、一般的な中判カメラで使用する120フィルム、および幅が同じでカメラによっては共用できる220フィルムの総称。
*2: ハッセルブラッド(Hasselblad)はスウェーデンのカメラメーカー。大型カメラ全盛期に、世界で初めて携帯に便利なレンズ交換型6×6cm判一眼レフカメラを発表した。
*3: ドイツのカメラメーカー、ローライ(Rollei GmbH)が製造した二眼レフカメラ。

高橋 周平
1958年広島県尾道市出身。1980年代中盤より、写真・美術を中心に評論。主な著作に「写真の新しい読み方」「彼女と生きる写真」、ザ・ビートルズ訳詩集「ハピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」など。
企画・編集写真集に「キス・ピクチャーズ」「イジス」ほか、エリオット・アーウィット写真集数冊、など約30タイトル。
展覧会としては「ハーブ・リッツ・ピクチャーズ」展など多くをディレクション。
1996年からスタンフォード大学研究員、1998年より多摩美術大学。現在、美術学部・教授。

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