コラム

温故知新 vol.16
「空想上の生き物を描くⅡ」

写真や動画のない時代には、空想上の生き物と未知の生き物の違いは曖昧だったのだろう。前回の主なテーマの「龍」に関しても当時の画家は見たことがないだけで実在する生き物として考えていたのかもしれない。その伝承から想像力を逞しくして描いていたのだろう。
現代の私たちから見ると、空想上の生き物に見えるものも、当時は存在する生き物と信じて描かれていたのかもしれない。そんな現実と想像の狭間に生まれた生き物を見ていきたい。

《画竜点睛Ⅲ》2019年 40.9×31.8cm アクリル、墨/板

松本亮平《画竜点睛Ⅲ》2019年 40.9×31.8cm アクリル、墨/板

 

海の未確認生物
東京国立博物館の「国宝展」(創立150年記念事業 特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」)で『聖徳太子絵伝』の中に未知の海洋生物を発見して心躍った。左は麒麟に似た動物、右は巨大魚、中央はワニやカバにも似た不思議な生き物である。その右上には大きなカメも描かれており、絵具が剥落する前にはもっと多くの生き物が描かれていたのだろうと想像が膨らむ。この絵は、平安時代の1069年に摂津国(現在の大阪府)の絵師、はたの致貞ちていが描いたと記録されている。大阪の四天王寺から画面左の中国に渡る海にこれらの生き物は描かれている。未知の海外や大きな海に対する興味と恐れが生み出した生き物なのだろう。

秦致貞《聖徳太子絵伝》第5面(部分) 東京国立博物館出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

秦致貞《聖徳太子絵伝》第5面(部分) 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

秦致貞《聖徳太子絵伝》第5面(部分、拡大) 東京国立博物館出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

秦致貞《聖徳太子絵伝》第5面(部分、拡大) 東京国立博物館
出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

1100年頃に制作されたスペインのジローナ礼拝堂の『天地創造』にも不思議な生き物が登場している。『天地創造』では旧約聖書の創世記に基づき、光と闇、天と地、陸と海が分けられ、やがて植物が創られ、動物が創られていく様子が表現されている。私が最も興味を持ったのは円の下部で泳ぐ動物のような顔をした大きな2匹の魚である。左は耳があり犬に似た顔をしているので、もしかするとアシカだろうか。右は細い顔と鋭く細かい歯の特徴から考えるとイルカをイメージしているのかもしれない。どちらも目や眉毛など人間に似た表情をしており親しみやすい。当時は海の中は分からないことが多く、海中の哺乳類を描く際には人間や身近な動物を参考にして描いていたのかもしれない。

《天地創造のタペストリー》11〜12世紀 365×470cm ジローナ礼拝堂キッペルボーイ, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

《天地創造のタペストリー》11〜12世紀 365×470cm ジローナ大聖堂 
Tapestry of the Creation, 11th – 12th century, tapestry, 365 × 470 cm, Cathedral of Girona, Girona.
写真:キッペルボーイ, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

《天地創造のタペストリー》(部分)<br />写真:カルロス・テイシドール・カデナス, CC BY-SA 4.0 &lt;https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0&gt;, via Wikimedia Commons

《天地創造のタペストリー》(部分)
写真:カルロス・テイシドール・カデナス, CC BY-SA 4.0
<https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons

不思議な神の創造
ヒエロニムス・ボスにより描かれた『快楽の園』(1490〜1510年頃、諸説あり)も天地創造の一場面「エデンの園」を扱った作品である。キリストの姿をした神とアダムとイヴが画面手前に描かれ、周囲は様々な動物や植物に囲まれている。一見すると画面は明るく、穏やかな楽園のように感じられる。しかし一頭一頭の動物を丁寧に見ていくと様相が変わってくる。不思議で不気味な動物たちで満ち溢れていることに気づく。画面奥の方から二足歩行の犬、一角獣、三つの頭を持つトカゲと鳥、本を読む半獣半魚など興味が尽きない。これらのバラエティに富む生き物は神の創造の無限の豊かさを讃えるものなのだろう。画面の奥ではライオンが草食動物を捕食し、手前でもネコ科動物が爬虫類を捕らえており、完全な平和な世界とは言い難い。画面の右端に蛇が現れていることからもアダムとイヴが禁断の実を食べて楽園を追放されることが暗示されている。

《快楽の園》(部分)

ヒエロニムス・ボス《快楽の園》(部分) 1490-1510年 220×389cm プラド美術館

怪物の発明
近代になると写真や映像の技術も発達し、実在する生き物と実在しない生き物は明確になる。
そんな中でシュルレアリスムの画家サルバドール・ダリは、その作品『怪物の発明』(1937年)によって新しいタイプの生き物を生み出している。本作においてダリは発展しすぎた科学の力と戦争への恐怖を怪物として描いたようだ。

参考画像:サルバドール・ダリ《怪物の発明》1937年 51.4×78.4cm シカゴ美術館
https://www.artic.edu/artworks/151424/inventions-of-the-monsters

画面右奥には背中の燃えるキリン、右手前にはうっすらと青い犬が見える。また左奥に見える奇妙な方向に体の曲がった人々と画面中央の馬の顔のついた女性が不穏な空気を感じさせる。手前の怪人が手に持つ砂時計は死の伝統的シンボルであり、その横にはダリ自身とその妻ガラが描かれている。
この作品を制作する頃にダリは、スペイン内戦の影響により地元のカタルーニャを離れパリに逃亡し、護衛や友人、自らの家を失う経験をしている。兵器という怪物が発明され、安全な場所のない世界を身近に感じていたのだろう。その不安感が表れた作品だと思う。
平安時代の日本で描かれた『聖徳太子絵伝』では怪物は大海への恐怖であったのに対し、約900年後のスペインでは怪物は戦争と科学への恐怖に変化している。

現代は写真撮影だけでなく、その合成や加工までもスマートフォン一つでできる時代である。現代において空想上の生き物を創り描く際には、それを超える発想と表現が必要だろう。

 《架け橋》2023年 31.8×40.9cm アクリル/板

松本亮平《架け橋》2023年 31.8×40.9cm アクリル/板

 

松本 亮平(まつもとりょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
REIJINSHA GALLERY https://www.reijinshagallery.com/product-category/ryohei-matsumoto/