コラム

温故知新 vol.18
「ゾウの絵に学ぶ」

 

いろいろなゾウ

ゾウは動物園ではその目玉として大変人気がある。それは古来より共通するようで、伝統的に美術のモチーフとされてきた。人々はその巨大さや大きな耳、長い鼻などの特徴的な見た目、また賢さに惹きつけられ、ゾウに特別な意味を見出してきたのだろう。

松本亮平《再会》 2024年 アクリル/板 40.9×31.8cm
※画面右手がアジアゾウ、画面左手がアフリカゾウ。

 

真正面を向いたアジアゾウ※1

アジアゾウはアフリカゾウ※2と比較すると温和な性格で人と共に生活をすることができた。そのためインドなどアジアゾウの生息域では身近な存在として美術作品に反映されてきた。実際にゾウの頭を持つヒンドゥー教の神、ガネーシャの形で多くの絵や彫刻が残されており、現代でも大変人気がある。

日本でも伊藤若冲の描いたゾウの絵は人気がある。若冲が実際にアジアゾウを見たことがあるかは不明であるが、この『象図』にはアジアゾウの穏やかな気質と神秘性がうまく描き出されているように思える。

伊藤若冲《象図》 1790(寛政2)年 紙本墨画 軸装 155.5×77.3cm 東京富士美術館蔵

真正面を向いた動物の絵は珍しい。動物がこちらを向いた状態は襲われる危険を伴うため、ゆっくりと観察することは難しい。しかし、アジアゾウの場合はその温和な性格からそれができたのかもしれない。そんな温かな想像をさせてくれる作品でもある。1728年にアジアゾウが日本に持ち込まれ、翌年、長崎から江戸城まで歩いて移動し、大変な騒ぎになったそうである。少年時代の若冲は、その途上の京都でアジアゾウを見て、その穏やかな性質を掴んでいたのかもしれない。

ギュスターブ・モローの『聖なる象(ペリ)』でも若冲の『象図』と同様にアジアゾウが真正面から描かれている。この構図の一致は偶然かもしれない。しかしモローは日本美術を熱心に研究しており、若冲の『象図』を参考にしていたとしても不思議ではないだろう。
いずれにしても真正面を向いたポーズにはアジアゾウの礼儀正しさや穏やかさ、さらには神々しさがよく表れている。

霊獣としての象

モローの『聖なる象(ペリ)』からもわかるように、象には神聖なイメージが備わっている。『普賢菩薩像ふげんぼさつぞう』に描かれた象は威厳ある佇まいで、また豪華ながら繊細で気品ある装飾品を身につけており、霊獣としての品位を感じさせる。体色は真っ白で、よく見ると牙は左右に各3本ずつ合計6本生えており、超自然的な存在として描かれていることがわかる。
この『普賢菩薩像』は日本に象が入ってくる以前の13世紀に制作されている。当時の画家は「象」を「龍」や「麒麟きりん 」のように未知の生き物として捉えていたのかもしれない。

《普賢菩薩像》 鎌倉時代・13世紀 絹本着色 113.7×53.8cm 東京国立博物館蔵

 

名画を通して、改めてゾウの荘厳な姿、神聖なイメージが、画家に刺激を与え絵に神秘性や生命力を与えていることがわかった。私も自身が体感しているゾウの魅力を作品に残していきたい。

 

松本亮平《Creation》 アクリル/板 2023年 45.5×53.0cm

 

※1:アジアゾウについて
現在、アジアゾウとサバンナゾウ、マルミミゾウの3種が生存しているといわれている。アジアゾウは南アジアから東南アジアにかけて、後者2種(ここでは併せてアフリカゾウとする)はサハラ砂漠以南のアフリカに分布している。

日本で伝統的に描かれてきたゾウは史実に基づいて考えると、アジアゾウだろう。生きたゾウが日本へ初めて渡来した記録は1408年6月のことで、若狭国(福井県)の小浜へ入港した南蛮(東南アジア)の船にゾウが載せられていた。この後もアジアの国々から将軍への贈り物などとして複数にわたってゾウが贈られている。

※2:アフリカゾウの絵画作品について
今回はアジアゾウを中心に見てきたため、アフリカゾウを描いた有名な絵画も例示したいと考えたが、思い当たるものがなく、また検索しても見つけることが難しかった。そこにはアフリカゾウの気性の荒さやアジアゾウよりも体が大きく当時輸送が難しかったことなどが関係しているのかもしれない。今後アフリカゾウをテーマに描いた作品を見つけた際にはまた考察してみたい。

 

松本 亮平(まつもとりょうへい)
画家/1988年神奈川県出身。早稲田大学大学院先進理工学研究科電気・情報生命専攻修了。
2013年第9回世界絵画大賞展協賛社賞受賞(2014・2015年も受賞)、2016年第12回世界絵画大賞展遠藤彰子賞受賞。2014年公募日本の絵画2014入選(2016・2018年も入選)。2016年第51回昭和会展入選(2017・2018年も入選)。2019年第54回昭和会展昭和会賞受賞。個展、グループ展多数。
HP https://rmatsumoto1.wixsite.com/matsumoto-ryohei
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