ひとり、山の上に暮らしている。そう言うと、さみしくないのか、こわくないのかと聞かれることがよくある。「さみしい」や「こわい」と、人里離れた場所に「ひとり」であることは果たしてイコールだろうかとよく考える。山の上の不便な家は交通の便も悪く、景色だけは贅沢で、それ以外は誰にとってもよい家というわけではきっとない。(別荘というような家でももちろんない)
2021年、12月のある日。山を降りて、小田原へ向かいバスを乗り継いで山の上にあるポーラ美術館へ行った。山を上がるにつれて、どこからか硫黄の匂いが広がり、熱海の山々とはまた違う様相を感じる。目的は、ロニ・ホーンの国内の美術館として初となる大規模個展「水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」だった。
米出身のロニ・ホーンは写真、彫刻、ドローイング、本など多様なメディアでコンセプチュアルな作品を制作。1975年から今日まで継続して、人里離れた辺境の風景を求めてアイスランドに繰り返し滞在し、この中で経験した「孤独」が、彼女の人生と作品に大きな影響を与えたという。
人間の身体の約60%が水で出来ているように、水は人間と関係が深い。そんな水を通して映る自分は、鏡とはまた違うゆらぎがある。それは自分のようでもあるし知らない誰かのようにも思える。ふと、人間も動物もあらゆる「羊水」という存在の中で脈々と繋がっているのではないかと思ったりする。
熱海で塩気の強い温泉に浸かっていると、水の中へ預けていくような安堵に包まれ、これもまたある種の羊水なのでは、と感じさせる。そして、この身体ごと溶けていくような感覚は、コミュニケーションの本質と似ているような気もしている。
人間に限らず「他」の中に自分を見た時生まれる感情は、表れ方は違えど愛と呼ばれるものにとても近い。ひとりでいようと誰かといようと変わらないのかもしれないと思うことがよくある。私たちはすでに母体を通して生まれ、常に誰かや何かと関係して生きている。たとえ人里離れた山にいようとも、都市で大勢の人に囲まれていようとも、本質的なところに変わりはない。きっと、そうである事を何よりも自分の身体が記憶している。どうあがいてもひとりではないのだと、ひとり、山の上であらためて思う。
熱海のまちは日々、空も海も山もおもしろいほどに表情を変え、ここへ来て初めて彩雲の存在を知った。この目でその奇跡のような天界の芸術を前にぐうの音も出ずにいる。冬になるとカラスたちはとても正確に日が暮れる頃に山へと集まる。まるで、ねぐらへ帰ろうと合図を出すかのように空いっぱいに広がる群舞は実に見事で、燃えるような夕焼けに終わりゆく今日を思う。そんな山の上で、雄弁な自然に呼応する日々を見つめながら、このエッセイを綴っていきたい。
■ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?
Roni Horn: When You See Your Reflection in Water, Do You Recognize the Water in You?
・会期 2021年9月18日(土) 〜2022年3月30日(水)
・会場 ポーラ美術館 展示室1・2、遊歩道
・住所 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山 1285
・電話 0460-84-2111
・時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
・休館日 年中無休
・入館料 大人1,800円、シニア割引(65歳以上)1,600円、大学・高校生1,300円、中学生以下無料、障害者手帳をお持ちのご本人及び付添者(1名まで)1,000円 ※他の割引との併用は不可
・URL https://www.polamuseum.or.jp/
ヤマザキ・ムツミ
東京生活を経て、京都→和歌山へと移住。現在は熱海在住。ライターやデザイナー業のほか、映画の上映活動など映画関連の仕事に取り組みつつ、伊豆山で畑仕事にいそしんでいる。