コラム

日々是好日 −画家の書斎から−
第9回

      文=佐々木 豊

画家も文をあなどるなかれ

文をする画家はヘボ絵描き?

「文をする画家はヘボ絵描き」と言われた時代があった。安井、梅原全盛のころだ。絵バカがもてはやされたわけだ。
ところがである。
「画家は文章を書かなくてはダメ」という御仁が現れたので、びっくりした。
東京藝大の二年先輩で、『仏滅』と題する幻想画で、新作家賞を受賞し、華々しくデビューした渡辺恂三氏である。小生が影響を受けた一人だ。
藪野健氏が館長だった早稲田大学の會津八一記念博物館へ出かけた帰りだった。
「美術史に残る名だたる画家は、みな文章を残している」と渡辺氏は言った。博識で、勉強家、「大型新人現わる」と、評論家の瀬木慎一氏が絶讃しただけに、説得力があった。ゴッホだけではない、と氏は、何人かの画家の名前を挙げた。

佐々木豊《描く男》130.3×162.1cm 2016年

 

画家の字は、絵のうち

文ではなく書を残している画家は、あまたいる。
香月泰男を支えた瞬生画廊の藤田士朗氏が、わがアトリヱを訪ねてくれたことがあった。
「アトリヱで何に注目しますか?」と聞いてみた。
1. 筆の数 2. その画家の書く文字、と氏は答えた。
筆を沢山持っている画家は色がきれい、と藤田氏。
そういえば、野田弘志のアトリヱの写真をポスターで見たことがある。二つの大きな壺に筆がびっしり。
銀座の並木通りにある瞬生画廊の看板の文字は香月泰男が書いたものだ。
高校生の頃、青木繁にかぶれた。絵もさることながら文字にも参った。
青木と東京美術学校で同級生だった熊谷守一の書も有名だ。書だけを編んだ本を持っている。
梅原龍三郎の書の個展を銀座の鳩居堂で見たことがある。絵と同様、豪快な書だった。
中川一政の味のある字は、誰もが知るとおり。「字も絵のうち」。小生の持論である。

文に苦悩する画家

小生の文章が初めて活字になったのは『美術手帖』誌である。
毎年、入学の季節になると、「美術学校でなにを学ぶか」と題する特集をしていた。
編集長の愛甲健児氏が、雨の中を田端のおんぼろアパートを探しあて、原稿の依頼をしてくれた。この一文が小生の人生を大きく変えることになる。
当時の『美術手帖』は美術関係者なら誰でも読んでいた。卒業の年と次の専攻科入学時に国画賞を得ていたので、藝大代表として選ばれたらしい。ほかに有名美大代表との競演という形をとっていた。
書いては消し…。何度、書き直しただろう。
締切の日、市ヶ谷の美術出版社まで歩いて行き愛甲氏に手渡した。氏は一読すると、新しい原稿用紙を手渡しながら、「団体展について書いてくれませんか」と椅子をすすめた。
また苦闘が始まった。たった200字のために。
「団体展は今ではイズムを失くしているので、忠臣蔵も上演すれば、ハムレットも舞台にのせるのである。」
「画家は個人企業である。商品を自分の店で並べることもできれば、デパートに出しておいても悪くない」原稿を愛甲氏に手渡して外へ出たら、真暗だった。
10日後、上野の美術館の前で、画家仲間の一人に会った。「『美術手帖』読んだゾ。あれ、誰に書いてもらったんだ」
この一文がきっかけで、愛甲氏は、連載の仕事をくれた。
作家訪問記である。
鶴岡政男、元永定正、岡田謙三、前田常作ら気鋭の画家たちのアトリヱをカメラマンをひきつれてたずね、制作の現場を報告する仕事である。

文が文を呼ぶ

連載になると、当然他誌の編集者の目にとまる。「こんな企画で、うちにも書いて」と文章の依頼が増える。
『新美術新聞』で「きまぐれ美術大学」や「美術記者にきく」が連載され、芸術新聞社発行の『アート・トップ』誌では、松井冬子や、千住博氏らとの対談のホスト役に指名され、単行本にまとめられる。10版を重ねた『泥棒美術学校』などの技法書を含め同社では今までに2ケタ以上の単行本を出版してくれた。

最高の書斎とは

原稿は全て電車の中で書く。
いっとき5ヵ所へ絵を教えに行っていたので、乗りものの中で書くクセがついてしまった。次に好きな場所は、夏ならばプールサイドだ。
東京タワーを仰ぎ見る芝公園プールは最高だ。このあたりは大使館が多い。ひと泳ぎした後、パラソルの下で、目の前のタワーと、足元に寝そべるボインを交互に眺めながらペンを走らせるのはいい気分だ。
アトリヱではいっさい書かない。一文字でも書こうものなら、「そんな暇があったら、いじってくれ」と、描きかけの絵が、いっせいに騒ぎ出すからだ。

 

佐々木豊著『絵が売れないことを誇りに思え!』は芸術新聞社から絶賛販売中。
公式サイト:https://www.gei-shin.co.jp/books/books-6898/

佐々木 豊
画家/1935年愛知県出身。1959年東京藝術大学油画科卒業、1961年同専攻科修了。受賞:1959年国画賞(1960年も)、1961年国画35周年賞、1992年第15回安田火災東郷青児美術館大賞、1993年・2001年両洋の眼展:河北倫明賞など多数。1991年〜2006年明星大学教授。日本美術家連盟理事。技法書『泥棒美術学校』(芸術新聞社)は10版を重ねる。他に著書多数。

[information]
Le Rire 表紙展 —渡辺恂三の集めた夢—
・会期 1月15日(月)~2月7日(水)
・会場 東京藝術大学附属図書館 上野本館2階入館ゲート前
・住所 東京都台東区上野公園12-8 東京藝術大学上野キャンパス内
・時間 平日のみ9:00~17:00
・MAIL visitlib[at]ml.geidai.ac.jp ※送付時は[at]を@にしてください。
・FAX 03-3828-8298
※学外の方は要事前予約。希望日の1週間以上前にメールまたはFAXでお申し込みください。
【記載内容】
タイトル: 2024年○月○日展覧会観覧申請
本文:
1. 展覧会観覧希望者氏名(複数名の場合は全員)
2. 観覧希望日時(平日17:00までの1時間)
※この予約による入館では図書館資料、閲覧席の利用はできません。
※電話でのお申し込みは受け付けていません。