コラム

街を歩けばアートに出会う
美術探偵の“街中あーと”めぐり  第8回

文・写真=勅使河原 純

歌舞伎町を闊歩するゴジラ

水爆実験の影響を受け、人々の前にその姿を現わしたという伝説の怪獣ゴジラ。この謎の巨大生命体については、以前にも「閑静な住宅街で咆哮するゴジラ」として、本シリーズでとり上げさせてもらった。小田急線「成城学園前駅」にほど近い、TOHOスタジオ株式会社・オフィスセンターの壁面に描かれた縦横とも11メートルを越えるアクリル壁画を取材したときのことである。戦後間もないころに封切り・公開された映画『ゴジラ』は、2014年に生誕60周年を迎え、ハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』も公開されている。常識をはるかに超えた手描きの壁画は、このことを記念して制作されたものなのだ。

だが驚くなかれ。早くもその翌年、今度は街中も街中。元々新宿コマ劇場と新宿東宝会館があった歌舞伎町のど真ん中に、よりリアルな立体物として再び雄姿をみせることになったのだ。二つの建物の敷地跡に、複合施設「新宿東宝ビル」が出現したのは2015年4月17日である。新しいビルには、ホテルとともに最新のデジタル機器を備えた映画館、「TOHOシネマズ 新宿」が入っている。東宝の映画を象徴する戦後最大の人気キャラクターが、第1作目の映画で設定されていた通りのサイズで闊歩するには、まさに打ってつけのロケーションといっていいだろう。

新宿東宝ビルの「ゴジラヘッド」画像

新宿東宝ビル:「ゴジラヘッド」(以下同)

ゴジラは内側からみると、新宿の街を一望できる高層ビルの8階(高さ40メートル)から張り出した屋外テラスに陣取っている。全身をそのままみせるには至らないものの、屋外テラスのコンクリート・スペースから突然頭部(つまりゴジラヘッド)と右腕をのぞかせ、身をのり出して街を見降ろしている状態とでもいえばいいのだろうか。映画のなかでは、東京湾から上陸したゴジラが不気味な表情で国会議事堂を見降ろし、観客たちを震え上がらせたものだ。ここでは『ゴジラVSモスラ』の、緊迫した一瞬を想わせたりもする。

それにしてもテラスに出た人々は、いきなり怪獣が口を全開にして咆哮している、すぐ脇に立たされることになる。その迫力たるや半端でない。一瞬にして5人くらい呑みこまれてもおかしくない、凍りつくように凶暴な表情だ。通行人の手からはアイスクリームがポロリと床に落ち、辺りには女性の切り裂くような悲鳴が轟きかねない。スケール感でいえば多分ヒッチコック監督の『鳥』を超え、『ジュラシック・パーク』のティラノサウルスが人間たちの臭いを嗅ぎつけようと、地上に頭を寄せてくるシーンに優るとも劣らないだろう。
新宿東宝ビルの「ゴジラヘッド」画像
一方、地上から見上げるとゴジラはビルのなかほどから首を伸ばし、行き交う人々に突然吠えかかる形となる。鮫(ジョーズ)さながらに二重となった牙は剥き出しにされ、おまけにビルの外壁をつかむ腕からは、すべてを壊してしまうような鋭い爪が伸びている。初めて映画に登場したとき、ゴジラはサーチライトに照らされながら夜の街をのし歩く、どこか夜間空襲を想わせるデーモンだったのだろうが、ここでは高層化した都市のなかへと巧みに潜りこんでいく。そして不意に頭上から襲いかかってくる、まさに予測不能の現代的スリルのイメージへと転換したようだ。

折から歌舞伎町自体も、目下変身の真っ最中だ。2023年の春には、歌舞伎町シネマシティ広場をはさんで、新宿東宝ビルの西側に「東急歌舞伎町タワー」が完成するはずである。国内最大級のエンタメ複合タワーとして、スカイツリー以後もっとも注目される高層建築物になっていくだろう。それにつれコロナ後の人々が、ゴジラに寄せる夢もまた際限なく広がっていくに違いないと思われるのだ

勅使河原 純
美術評論家。1948年岐阜県出身。世田谷美術館で学芸業務のかたわら、美術評論活動をスタート。2009年4月、JR三鷹駅前に美術評論事務所「JT-ART-OFFICE」を設立、独立する。執筆・講演を通じ「美術の面白さをひろく伝え、アートライフの充実をめざす」活動を展開中。