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ICA京都 開設記者発表会
片岡真実×浅田彰トークセッション

ICA京都ロゴ

現代アートの研究機関であるICA京都(Institute of Contemporary Arts Kyoto)は、2020年4月、京都芸術大学(旧京都造形芸術大学)大学院芸術研究科の附置機関として設立された。Institute of Contemporaryは、日本語に直訳すると「現代芸術研究所」だ。

2022年3月4日(金)、京都河原町に位置するQUESTION(クエスチョン)4Fで開催された記者発表会では、浅田彰所長をはじめ中心メンバーがICA京都の設立の趣旨や、今後の活動について説明。その後のトークセッションでは、森美術館館長でICA京都顧問の片岡真実と浅田が、現代アートを取り巻く状況について熱く意見を交わした。

ICA京都中心メンバー

 

ICA京都の活動内容

1. 国際シンポジウム、トークセッションの企画・運営

現代アートを中心に、現代社会を取り巻く様々な仮題を多様な視点で読み解きながら、京都と世界をつなぎ、国内外のアーティスト、キュレーター、研究者などを招聘した国際シンポジウム、トークセッションを企画・運営する。京都芸術大学大学院グローバルゼミの海外ゲスト講師による、「グローバル・アート・トーク(GAT)」を年6回開催。
GATは、2016年から京都芸術大学の大学院とHAPS(東⼭アーティスツ・プレイスメント・サービス)が共同企画してきたもので、同学の学術研究センターが企画してきた公開講座が、ICA京都の企画事業として継承された。
2022年8月〜9月には、タイのチェンマイと、インドネシアのジャカルタのアーティストやキュレ―ターを呼び国際シンポジウムの開催を予定しているようだ。

2. 特別研究員制度、ネットワーキング支援、共同研究

ICA京都では、京都に滞在して調査・研究・制作を希望する海外のアーティスト、キュレーター、研究者などを支援するため、半年間に約5名の特別研究員を受け入れている。ICA京都のオフィス内にデスクを設け、調査やスタジオ、技術などのコーディネーションも実施。そのほか、ICA京都と特別研究委員による共同研究もおこなわれる。

3. 批評、インタビュー、トーク等を通した議論の場「Realkyoto Forum」

ウェブマガジン「Realkyoto Forum」は、芸術文化をめぐる批評を中心としたコミュニケーションのためのプラットフォーム。現代アートや舞台芸術、音楽、映画をはじめとした国内外の様々な話題が、インタビュー、トークなどの形式をとりバイリンガルで表現される。
これは旧京都造形芸術大学と小崎哲哉事務所で共同運営していたサイト「Realkyoto」が、ICA京都の発足とともにICA京都のサイト内に移転したもので、すでに何本かのレビューが掲載されている。

4. アーティスト・イン・レジデンス支援

「ICA RESIDENCIES」では、海外・国内のアーティスト・イン・レジデンスへの参加を希望する作家を応援している。グローバル化した社会の中では、個人も作家も多様な文化の価値観の中で立ち振舞うバランス感覚が要求される。旅行とも留学とも異なり、作家として参加するアーティスト・イン・レジデンスは、参加するという経験そのものが、国際的なバランス感覚を養う、実践的な訓練の場所になるかもしれない。
受け入れ先から条件を指定される場合もあるが、ICA京都では日本を拠点にして活動している作家ということ以外、年齢も国籍も問わない。ICA RESIDENCIESの支援は、資金的な援助やレジデンスプログラムへの受け入れを確実に約束するものではないが、海外で経験を積みたいと思う人と進みたい方向をともに話し合うことでそれを明確にできると考えている。

ICA京都中心メンバー

今という時代においては、美術館、ビエンナーレ、ギャラリー、アートフェア、レジデンスなど現代アートを取り巻く状況は非常に複雑化しており、アーティスト、キュレーター、研究者といった現代アートに携わる人材が、実社会でグローバルな世界と接続していく道のりは単純ではない。日本の固有の伝統文化が深く根付いた、世界に類を見ない場である京都。その社会的、歴史的、文化的な文脈の上に立ちながら、現代の京都がいかにグローバルな現代アートの動向と呼応し、新しい世界を創出しうるのか。ICA京都は、そうした問いを人々と共有しながら京都と世界を繋ぐ開かれたプラットフォームだ。


ICA所長で批評家の浅田彰とICA顧問で森美術館館長の片岡真実によるトークセッションでは、現代アートを取り巻く状況のほか、ICA京都の存在意義についても語られた。Zoomによる一般の方の参加もあり、トークの後に設けられた質疑応答では、作家からの質問が寄せられた。ここでは、トークセッションの内容を要約して紹介しよう。

片岡×浅田トークセッションの様子

ICA京都とは、多様な文化を尊重しながら、忌憚なく批評し合える場所

今私たちがどのような時代に身を置いているのか、多文化主義とグローバル資本主義の二重構造について、まず浅田は語った。

それは、「多文化主義(マルチカルチュラリズム)はグローバル資本主義と背中合わせであり、多種多様な文化を通じた価値の比較衡量が難しくなるとき、市場による価値だけが残るということになりかねない」というものだ。

例えば、日本では中国から伝わった漢字などの文明を受け入れながら、仮名を作り出し、さらに仮名を使う大和歌など日本固有の文化を発展させてきた。いわば「普遍化する文明に対して、個別制を強調する文化」が生まれた背景がある。しかし、現代では「日本文化」としてイメージされるものの多くが、およそ20代から60代までの男性主体の文化ではないだろうか。女性、性的マイノリティ、沖縄の“うちなーんちゅ”や北方の“アイヌ”と呼ばれる人たちなど様々な先住民、あるいは健常者だけでなく手話のようなろう者の文化など、ほかにも様々な文化があるだろう。そうした無数の小さな文化が集まっている状態が、現代では「ポストモダン」という言葉で表される。

「マイノリティが市民権を得て、自由に表現できるようになったことは素晴らしいが、かえってお互いのことを批判しづらい状況も生まれる」と浅田は語るが、実際にアートの世界でも、公共性の高い場では批判的な作品、物議を醸すような作品は展示や発表が敬遠されるという事例が見られる。やはり、他者をリスペクトする一方、当たり障りのないことしか言えないような状況が存在するのは確かだろう。

片岡×浅田トークセッションの様子

様々な文化同士の間で共通して利用できるような価値評価が難しくなったとき、誰にでもわかりやすく評価できる要素として、通貨価値が挙げられる。つまり、「アートマーケットで売れているからこの作品や作家はすごい」という評価になりかねないということだ。

いま、国際的なレジデンスや批判(浅田は「クリティック=批評」という言葉で表した)を含めた相互作用やコミュニケーションによって、表現者や鑑賞者がともに変わることが求められているのではないだろうか。それは、既成の作品を並べて展示する美術館でもなく、売れ筋の作品価格を釣り上げるアートマーケットの世界でもない。忌憚のない批判や相互作用によって変化を生み出すような場所である。

相手を傷つけることを恐れたり、不用意な発言で自身の立場を脅かしたりはしたくないという潜在意識は、特に他者との調和を重んじてきた日本人ならば誰もが持っているものだろう。しかし、恐れるあまり何も発言できないよりは、たとえお互いに傷つくことがあったとしても、対話し、前へ進むほうがずっといいのではないかと私は思う。間違えた時にはそれを認め、謝罪し、社会にとってよりよい方向を探っていく。そんな風に、トライ&エラーを受け止める場所が必要なのだと感じた。ICA京都が、そうした第三極のような場所として機能することに期待したい。

 

「現代アート界の循環系」の中で、何を目指すのか

片岡×浅田トークセッションの様子

浅田の話に続いて、片岡は上の図を示しながら現代アート界の現状について話した。そこには先ほど浅田が述べた多文化主義とグローバル資本主義との因果関係も描かれていた。

「現代アート」と口にする時、属しているコミュニティや背景によって、それぞれの人が全く違うものをイメージするのではないだろうか。
例えば、アーティストが制作した作品は美術館で展示されるほか、ビエンナーレ、トリエンナーレなどの芸術祭に招聘されて、そこで展示されることもある。最近よく言われる「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」とは、社会のコミュニティの中に入り、そこで一緒に何らかの活動を行なうことで、参加や対話そのものに美的価値を見出すものだ。
こうした非営利の領域において、作品の借用料や制作費などは支払われるが、作品は作家のもとに戻る。あるいは、物理的なものが生産されないことが多い。

広く一般的に、観客がアート作品を享受するという構図の中では、誰にでもわかりやすいスペクタクルな体験や大型インスタレーション、マルチスクリーン(同一ユーザーが、スマートフォン、パソコン、テレビなど様々なタイプのディスプレイにアクセス・利用する状態)の大きなスクリーン作品などが求められ、好まれる。一方、それぞれの作品が長い美術の歴史の中でどのように評価されるのかという歴史的価値、あるいは芸術的価値が一部の鑑賞者から重視されている。

片岡×浅田トークセッションの様子

しかし浅田の話にあったように、この評価軸そのものがそれぞれ固有の文化や社会に属しているので、統一した評価基準を設けにくくなっている。
国際展では、それぞれの場所や文脈にあった作品の制作を依頼されることもあり、社会性、政治性を帯びた作品が多く展示される傾向にある。
片岡は「現在、準備を進めている国際芸術祭『あいち2022』でも、愛知県美術館というニュートラルな空間とは別に、一宮市、常滑市、有松地区(名古屋市)という文化的な歴史の濃い場所が選ばれており、それらの文脈に合った作品を制作している人も多い」と話す。
例えば以前、美術屋・百兵衛ONLINEでも取り上げた「紀南アートウィーク2021」では、「籠もる牟婁、開く紀南」というサブタイトルをつけ、和歌山県紀南エリアの歴史的・文化的背景を活かした作品の展示演出やトークイベントなどが行なわれた。

つまり、それぞれの地域の歴史の中にあるアイデンティティの問題、社会構造や経済構造の問題などが作品や活動のテーマになるということが、この30年間のグローバルなアート業界の中で大きな潮流を成していると言えるだろう。

片岡×浅田トークセッションの様子

一方、作品の売買を伴う営利の領域はどうだろうか。
単に展示する場所を提供するレンタルギャラリー(貸画廊)と区別して、作家と直接契約して作品を展示・販売するギャラリーは、コマーシャルギャラリー(企画画廊)と言われる。このコマーシャルギャラリーが集合する見本市、アートフェアという制度が今や世界各地に広がった。アートフェアには一般の人も訪れることができるが、主な顧客は専門家やコレクターなどの購買層だ。
マーケットの中で流通している作品は物理的に所有することが前提となるため、 絵画・彫刻・素描・版画などが全体の約90%以上を占める。また、この数年で存在感を強めているNFTも、昨年は市場の5%のシェアを獲得したという。

営利の領域で売買される作品はトリエンナーレ、ビエンナーレなどの国際展や、美術館などで展示されている作品とは若干種類が異なる。両方で認められ、活躍しているアーティストも多いが、どちらか一方にしか属していない人もいる。
こうした状況は、“現代アートとはなにか”ということを複雑にしている。

片岡は芸術祭、アートフェア、近現代美術館のある場所に印をつけた世界地図の画像を示し、香港の美術館「M+エムプラス」やソウルに新しく拠点を置いた「Frieze Art Fair」などををアートのグローバル化の例として挙げた。アートの拠点と呼ばれる場所は世界中に広がっており、アジアでは台北、上海、ソウルが、芸術祭、アートフェア、近現代美術館が充実している地域だと言える。世界の中でどのように切磋琢磨しアート活動を活性化させるかという時代に今や到達しており、そこに日本がどのようにして参加できるかが重要となるだろう。

世界に比べて日本は、アートに割り当てられる公的支出が少ないことでも知られる。芸術家がアートだけで生計を立てるのは難しく、スポンサーの存在は、アーティストが制作活動や生活を続ける上で少なからぬウェイトを占めており、そのために作家の活動の方向性が「売れる作品」や「受け入れられやすい作品」に偏る可能性があることも、私は懸念を抱かずにはいられない。

DSC09845片岡×浅田トークセッションの様子

こうした様々な現代アートを巡る状況を踏まえた後、片岡からICA京都のモデルについても聞くことができた。
ICAと名の付く施設は世界各地にあるが、ICA京都設立の際に参照したのは、ローランド・ベンローズやハーバート・リードらが中心となって1946年に設立したICA Londonである。ICA Londonは、作品の収集・展示・保存などを中心とする「美術館」ではなく、領域を横断し、若手作家に機会を提供する「Institute」を目指したもの。Instituteとは直訳すると、研究所という意味になる。
ICA Londonのステイトメントでは次の3つの柱が重視されている。

①「新しいInstituteは、多様なアートのかたちを集めることで協調し、アートの進歩的な瞬間のためのコモングラウンド(共通基盤)を構築する試みであるべき」
②「より商業的な視点からは評価されないようなアート作品の展示、コンサート等の公演、演劇のプロデュースを通じて、実験的であるべき」
③「既存のアートの在り方(レディ・メイド・イン・アート)に自らを閉じ込めるのではなく、新しい表現のかたちを模索するあらゆるアーティストを対象にしたクリエイティブなものであるべき」

このようなICA Londonの精神は、複雑化する現代のアートシーンに適応しながら、ICA京都にも取り入れられたようだ。既存のシステムの中で足りないもの、あるいは大きな力からこぼれ落ちてしまうようなものをつなぎとめ、アートを取り巻く環境を考えていくという意味では共通する部分があるかもしれない。

ICA京都中心メンバー

運の悪いことに設立した2020年が、パンデミックに見舞われたICA京都。コロナ禍の状況が少し落ち着きを見せたこともあり、おそらく2022年の秋からはバーチャルだけでなくリアルなやり取りも含めて、ようやくICA本来の機能を発揮していくことができるだろうと浅田所長は語った。

シンポジウム、国際的な共同研究、アーティスト・イン・レジデンス、ウェブマガジンといった多岐にわたるICA京都の活動が、今後のアート情勢にどのように変化をもたらすのか。
2019年にはICOM(国際博物館会議)が開催されるなど、国際社会への窓口として特徴的な役割を果たしている京都。そしてそこに、ICA京都が一つの拠点として根を下ろし、蔦のように枝葉を伸ばして、これから多くのアートシーンに彩りを与えていくだろう。 〈文・山田望〉

 

浅田彰氏

浅田 彰(あさだ・あきら)
京都大学卒業。京都大学経済研究所・准教授を経て、京都芸術大学教授。哲学・思想史のみならず、多種多様な分野において批評活動を展開している。著書に『構造と力』、『逃走論』、『ヘルメスの音楽』、『映画の世紀末』、『20世紀文化の臨界』など。

片岡真実氏

撮影:伊藤彰紀

片岡 真実(かたおか・まみ)
ニッセイ基礎研究所都市開発部研究員、東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターを経て、現在森美術館館長、京都芸術大学大学院客員教授、東京藝術大学客員教授。国内外にてインターナショナル・キュレーター、芸術監督を務め、日本及びアジアの現代アートを中心に執筆・講演等も多数行っている。