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藤田美術館リニューアルオープン

藤田美術館 外観

藤田美術館 外観

藤田美術館は1954年、明治時代に活躍した実業家・藤田傳三郎と息子の平太郎、徳次郎によって築かれた美術工芸品コレクションを公開するため、大阪の網島に開館。展示室としても利用された旧藤田邸の「蔵」は明治時代に建てられ、100年以上の歴史を刻んできた。
しかし、老朽化や利用客の利便性向上のため、2017年6月から建て替え工事に着手。長期休館を経て、2022年4月1日にリニューアルオープンを迎えた。

国宝《曜変天目茶碗》

国宝《曜変天目茶碗》

古いものを次の世代に伝えたい

国宝9件、重要文化財53件を含む世界屈指の日本・東洋美術のコレクションを有する同館は、世界に4碗(国宝3、重文1)しか現存しないといわれる《曜変天目茶碗》を所持することでも知られている。所蔵品には新しいもので100年前、古いものでは紀元前から伝わっている美術品もあるという。
藤田清館長は、「藤田家が所持し藤田美術館で展示されることも、私がその美術品に直接触れたり携わったりすることも、“もの”が辿ってきた長い時間からすればほんの一瞬。そう考えると自分たちが所持しているというより、長い歴史の中で先達の皆さんからお預かりしているもの。きちんと次の世代にバトンタッチしていかなければならないという意識があります。昔の人はこれをどう楽しんで、どういうふうに面白がったのか。その面白いことが共有できれば、きちんと今後も文化として残る。それを疎かにしてしまうと、すぐではないけれど数十年から百年後には、何をするものなのかわからなくなって捨てられてしまう。その“もの”の面白さも伝えていくのが美術館の役割だと思っています」と話した。

それは、旧大名家や寺社に伝えられてきた文化財の多くが、明治維新の影響で海外へ流出したり、国内で粗雑に扱われたりすることに危機感を覚えたという傳三郎の思いにも通じる。「たくさんの人に観てもらおう」という目的で法人を設立したものの、空調設備がなく春と秋にしか公開できなかったことも、リニューアルに踏み切った理由のひとつだった。

次の100年を見据えて

国の宝を100年守り続けてきた旧館の建物。“蔵の美術館”として親しまれてきた藤田美術館がどのように生まれ変わったのか、そのこだわりは随所に見ることができる。
「昔の記憶をどこかに残したい」という思いから、以前使われていた部材を様々な形で新館に取り入れることにしたのだ。
展示室への入口である黒く重厚な扉や、ロビーに敷かれた石材の一部は旧館から移設されたもの。壁に映し出されたプロジェクターの映像を眺められる場所に置かれた腰掛けは、蔵の梁の一部をそのまま利用したのだそうだ。
左官職人の久住有生氏が手掛けた漆喰塗りの壁はよく見ると真っ白ではなく、蔵の雰囲気に馴染むような淡い色をしている。入って右手にある「あみじま茶屋」のカウンターも同氏による漆喰塗りで、その敷板にも旧館の部材が使われているという。

壁やカウンターに使われている漆喰は、経年によってどうしてもひびや汚れが生じる素材だ。木という素材も同様。それでも、こうした素材をあえて人の手に触れるところに配しているのは、変化そのものを「味」として楽しんでもらうため。
一見するとガラス張りの現代建築だが、内部の空間に身を置くと漆喰や旧館の部材を活かした味わいが感じられ、写真を観ただけではわからない柔らかな雰囲気を醸し出している。

「古い建物を取り壊すときに部材を残すためには、機械で壊さずに職人が一つひとつ手作業で外していかなければなりません。そうすると構造がよく分かる。いかに昔の人達が美術品を守ろうとして作っていたか、当時の最新技術を使って大事に作っていたかわかります。職人さんや工事に携わる人たちにとっての財産にもなれば、単に建物を建て替える以上の価値がある」と藤田館長は語る。同館では、工事の様子を動画や資料でアーカイブ化し、今後それらの情報を閲覧できるようにする予定だ。

藤田美術館らしさ

藤田美術館は建築だけでなく、展示や鑑賞方法などの細部に至るまで個性が光っている。
展示室の前に小さな部屋が設けられており、入館者はそこでまずスタッフの案内を受ける。ここにはかつて展示室を支えた梁の一部が展示されており、その年輪を見ることができるのだ。

展示されている蔵の柱。

展示されている蔵の梁。この部屋の床板には蔵の棚板が使われている。

展示室に向かう通路

展示室に向かう通路。

最初の部屋をあえて暗く狭い空間にすることで、鑑賞前にほどよい緊張感を演出しているのだという。自然と気持ちが引き締まる感覚は茶室の躙口にじりぐちの考えに近いかもしれない。狭い一本の路地のような通路を進んだ先が展示室となっている。
展示品同士の間隔が広く天井が高いため、暗い空間にいても不思議と圧迫感は感じられない。可動式の黒い壁を利用して展示室は4つに分けられ、常に3つのテーマによる展示が観られるようになっている。残る1つの展示室をローテーションで休室することで、十分な準備期間でメンテナンスや展示替えをおこなうことができるという工夫だ。

藤田美術館 展示室

藤田美術館 展示室「蔵」

展示品に目を向けると、3つの展示室を合わせても、鑑賞できる作品は30点前後と、美術館・博物館施設としては少ない。また、展示のキャプションに表記されているのはタイトルと時代のみで、解説文は書かれていない。それは作品数や文章が最小限に絞られていることで、一つひとつの作品と向き合う時間を十分に取るための配慮である。作品の解説はスマートフォン上で読むことができる。スマートフォンの扱いに慣れない方も、館内や展示室内には作品解説をおこなう学芸員・案内スタッフがいるので安心だ。

スムーズな入館、利便性の向上のほか、感染症対策の観点から藤田美術館ではクレジットカード、電子決済などキャッシュレスによる入館・決済システムを取り入れている。作品保護のため展示室の壁は二重構造になっており、電波はつながらない。そのため入館時には、Free Wi-Fiに接続する方法も案内される。「ここで作品を観たことが、鑑賞者の何かにつながってほしい」との考えから、作品の撮影も可能。Wi-Fiに接続していれば、その場でSNSに投稿することもできるのだ。

約2000件の収蔵品の中には、まだ一度も展示したことがないものもある。そのため、展示公開に偏りが生じないように、まずは藤田美術館がどのような美術館なのか知ってもらえるような展覧会を企画したいと藤田館長は語った。

国宝 玄奘三蔵絵

国宝《玄奘三蔵絵》(展示期間外)

 

誰でも気軽に入れる美術館に

藤田美術館の所蔵品の多くは茶道具や仏教美術などで、敷居が高く感じるためか、若い世代の入館者は少ないという。「できるだけ若い世代に、美術館にいったという経験や記憶が残ってほしい」という願いから、同館では19歳以下の入館料が無料となっている。

また、年末年始以外に休館日はない。博物館施設は月曜日が休館であることが多いが、業種によっては休みが合わず美術館に行きづらい人もいる。そうした利用者からの意見を取り入れ「休まない美術館」が実現したのだ。春と秋だけしか開館できなかった旧館時代からの念願だった「たくさんの人に観てもらおう」という望みが叶ったと言えるだろう。
そこには、「美術館というと少し固いイメージがあるかもしれないが、いつでも誰にでも気軽に訪れてもらえるようにしたい。美術館に行くことのハードルを下げたい」という思いがある。

 

藤田美術館 外観

藤田美術館外観。スロープを設置し、バリアフリーにも対応している。

地域に根づくということ

美術館の大幅なリニューアルにあたり、地域のランドマークとして人々の交流の場になることを目指した藤田美術館。「本当の意味で地域に根づく」とはどういうことなのか、リニューアル計画の過程で熟考が重ねられたようだ。

「単に、この場所に建物が新しくできました、では面白くない。ここに建物ができたことで、街の雰囲気が少しずつ変わっていけば嬉しいです。美術館があるから飲食店を周りに建てようとか、ギャラリーや美術商が店を出すとか、少しずつ美術や文化に関わるものが集まりだすということが地域に根づくということかもしれません。そうなることで、地域の人にも受け入れてもらいやすいのではないかと思います。そのためには美術館は開放的で、どんな人でも気軽に入ってこられる雰囲気を作りたいです」

そうした思いから、館を取り囲んでいた塀を取り払い、自由に人が行き来できるように歩道を設置。交差点に面した壁は全面ガラス張りとなり、開放感のある空間に生まれ変わった。雨の日には、大きくせり出したひさしの下で雨を避けながら通る人の姿も見られるという。

茶室広間「晴雨亭」

広間「時雨亭」

ガラス越しに見える「あみじま茶屋」や広間「時雨亭」を備えたスペースは、土間をイメージして作られている。日本家屋における土間は、炊事場、仕事場、商談の場、客人をもてなす場など、用途にあわせて様々な空間に変化する。
美術館として作品の展示をするだけでなく、今後このエントランスをワークショップや演奏会など、様々なことに活用しようと考えているようだ。

あみじま茶屋の団子セット(500円)。

あみじま茶屋の「団子セット」(500円)。

「あみじま茶屋」は“峠のお茶屋さん”をコンセプトにしており、誰でも利用することができる。メニューは「団子セット」(500円)の一種類。醤油とあんこの団子が一本ずつ。それに、煎茶か番茶、抹茶のどれかを選ぶ。抹茶は自分で点てることもでき、陶芸家が制作した茶碗を使って抹茶を味わえるのだ。
峠の茶屋は人々が行き交い、道中の疲れを癒やしたり情報交換をしたりする場所。このあみじま茶屋には、漆喰のカウンターを囲むように円座や椅子が並べられている。

様々な人に大切に扱われてきた美術品のように、藤田美術館も多くの人の交流の場となり、使うことで味わいを増しながら地域に根づいていくにちがいない。

藤田美術館 ギャラリー

藤田美術館 ギャラリー

 

展覧会情報

重文 交趾大亀香合

重文《交趾大亀香合》

■Exhibition1「阿」
・会期 2022年4月1日(金)~5月31日(火)
すべてのはじまりを意味する梵字である「阿」。美術館のはじまりは、コレクションの蒐集と言えるだろう。この展示では、藤田傳三郎父子が情熱を傾けて蒐集したこだわりの美術品と、それらにまつわるストーリーを知ることができる。

 

《砧青磁袴腰香炉 銘 香雪》画像

《砧青磁袴腰香炉 銘 香雪》

■Exhibition2「傳」
・会期 2022年5月1日(日)~7月31日(日)
数寄者すきしゃ(茶道を好む風流人)たちは独自の審美眼によって美術品を蒐集し、箱や仕覆などの付属品を誂えたり、自ら銘をつけたりして大切に扱ってきた。数寄者の好んだ流儀や形などは、その人物の名前をとって「〇〇好み」と呼ばれることがある。ここでは「傳三郎好み」として数寄者・茶人だった傳三郎の美意識を感じてほしい。

 

国宝《曜変天目茶碗》画像

国宝《曜変天目茶碗》

■Exhibition3「曜」
・会期 2022年4月1日(金)~6月30日(木)
中国・南宋時代に禅宗寺院で使われた天目茶碗と、禅僧がしたためた墨蹟は、どちらも漆黒の中に精神世界を重ねた美術品。天目茶碗は室町時代以後に日本でも高い人気を誇り、中でも最高峰とされたのが青い斑紋の浮かび上がる曜変である。この展示では、曜変天目茶碗と同時代の禅僧の書、二つの漆黒を味わうことができる。

■Exhibition Next「花」
・会期 2022年6月1日(水)~8月31日(水)

[information]
公益財団法人 藤田美術館
・住所 大阪市都島区網島町10-32
・電話 06-6351-0582
・時間 10:00〜18:00
・入館料 1,000円(19歳以下無料)※19歳以下の方は年齢確認できるものをご提示下さい
・休館日 年末年始のみ
・交通 JR東西線「大阪城北詰」駅3番出口より徒歩1分、京阪本線「京橋」駅片町口より徒歩10分、大阪メトロ長堀鶴見緑地線「京橋」駅2番出口より徒歩7分
・URL  https://fujita-museum.or.jp/

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