アートを学ぶ

THE 書法「探究・文房四宝」vol.1

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──書は決して難しくない。
日本は中国書の伝統を受け入れ、発展させ、かな文字という日本独自の文字を生み出してきた。しかし平成に携帯電話が普及すると、文字を書く機会がめっきり少なくなり、自筆で手紙を書く人も激減。さらに、コロナ禍以降はリモートワークが普及するなど、DX(デジタルトランスフォーメーション)化が急速に進んでいる。そんな今こそ、「心に響く『書』の本質」に立ち返る時ではないだろうか。知れば知るほど面白い、日本と中国の書文化を学ぼう。
(以下は書籍『THE 書法』から、一部を抜粋して掲載/記事内の情報、写真等の一部は2010年現在のもの)

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探求・文房四宝ぶんぼうしほう──筆紙硯墨 文房四宝の源流を訪ねる中国の旅

中国の南北朝の頃、「文房」という言葉は文書を司る役職名を指していた。その後唐の時代になり、書斎を意味する言葉へと変わった。そして、宋代以後「文房四宝」と言えば筆、紙、硯、墨を指すようになったのだ。
文房四宝は、それ自体が長い年月をかけて人々が創造し、磨き抜いて現代まで受け継がれてきた伝統工芸品だ。そのひとつひとつが独特の美しさ、機能性を持ち、書作に欠かせない道具としての一面を持つと同時に、美術工芸品としての価値を持つものも少なくない。
今回私たち取材陣は文房四宝の故郷・中国を訪ねた。そこで見聞きした中国の筆、紙、硯、墨の歴史や現状についてレポートする。

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宣筆せんぴつ
中国の無形文化財となった伝統の技。

中国の毛筆の歴史は古い。紀元前には存在していたとされ、実在する最古の毛筆は春秋時代(紀元前770-403年)のもので、湖北こほく随州ずいしゅう市で発掘された。また、「蒙恬もうてん造筆」の伝説も有名だ。蒙恬はしん(紀元前221-206年)の将軍で、大将である王翦おうせんと一緒にを征伐し、今の安徽あんき省の宣城せんじょうけい県一帯に南下した。この辺りには丸くて細長い円竹が茂り、軟らかくて丈夫な毛をもつ山うさぎが生息していた。彼はこれを利用して筆を改良したと言われている。

唐、宋の時代、中国の製筆業の中心地は宣州、徽州(現在の安徽省の宣城、黄山こうざん市周辺)だった。宣州の筆は「宣筆せんぴつ」と称され、白居易はくきょい黄庭堅こうていけんなどの著名書家がこぞって求めた。伝統ある宣筆は中華人民共和国成立後、国の無形文化財となり、今も職人たちによってその技が伝えられている。

宣筆の流れを汲む、老街ろうがい徽筆きひつ

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1990年12月に世界遺産登録された黄山。ここは安徽省にある中国を代表する景勝地であり、伝説の仙境せんきょう(仙人が住む世界)を彷彿させる独特の景観から、古代より「黄山を見ずして、山を見たというなかれ」と言われ、数多くの文人たちが訪れた。
黄山市の名所はこの山だけではない。市内中心地・屯渓とんけい区にある屯渓老街は、何世紀も前にタイムスリップしたかのような風情ある街並が郷愁を誘う商店街。数百年の歴史を持つ全長832mの遊歩道の両側には宋や明、清様式の商家が建ち並び、名産品である文房四宝を扱う店も多い。その中の一軒、宣筆の流れを汲む徽筆の製作・販売を行っている「楊文筆荘」を訪ねた。

「楊文筆荘」を切り盛りする楊文氏は、安徽省政府から「高級工芸美術師」の称号を与えられたベテラン筆職人。200年前から続く筆作りの家系で、彼が8代目に当たるそうだ。
楊文氏は穂の部分を作り、軸などその他の部分は彼の兄弟が製作を担当するなど、一族約20人が筆作りと店の運営に携わっている。外部に漏れることを防ぐためなのか、詳しい製法は代々親から子に、そしてそのまた子供へと伝えられてきた。云わば企業秘密である。

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筆作りは、72の工程に細分化されている。その中でも「錐穎すいえい」(日本では「命毛いのちげ」と呼ばれる、筆の穂の最先端の中心にある毛のこと。弾力のあるごく細い毛を使う)に関する工程が最も大切らしい。
墨や水につけた時、錐穎を中心に筆先が円錐状にまとまるのが良い筆であり、筆先が割れたりバラバラになってしまうのが悪い筆だと、楊文氏は教えてくれた。
この店には求めやすい価格帯の筆もあるが、そういう筆であっても穂先が開くことなく、美しい形を保ったまま滑らかに進む。また、耐久性にも優れており、毎日1時間位使い続けたとしても平気で2年は保つということだ。

徽筆には「せん」「せい」「えん」「けん」の4つの特徴があると言われている。
尖とは筆先がとがっていて、穂先に力があり、美しくまとまっていること。また、穂先の透明な部分は長いほど使いやすいとされる。斉とは穂先を抑える際は内と外の毛並みが揃い、開いた時はその反対にむらなく開き、墨の濃淡を思い通りに加減できることをいう。円は筆頭が丸く、穂が膨らみを帯び滑らかなこと。穂先の毛が凹凸なく密集した筆は書き心地が良く、思うままに動かすことが可能だ。健とは穂が弾力を持ち、剛にも柔にもなれる様をいう。こうした筆はしなやかで筆力を表現しやすく、長持ちする。
まさに楊文印の筆は、この「尖」「斉」「円」「健」、4つの特徴を備えており、宣筆の伝統を引き継いだ名品なのである。

(次回に続く)

※この記事は2010年11月30日に発行した書籍「THE 書法」の内容を再掲載したものです。社会情勢や物価の変動により、現在の状況とは異なる可能性があります。



THE 書法
発行:麗人社 
発売:ギャラリーステーション/価格:本体3,619円+税
仕様:A4判・500ページ/発行日:2010年11月30日
ISBN:978-4-86047-150-7
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